「ユミはなぁ、メンタル最強だから、7個食ってもぴんぴんしてらぁ。信じらんねぇわ」
「何それ」
「ほかの人間は1つで簡単に堕ちていったんだよなぁ。1個食わせられればあとは勝手に全部食うしよぉ、最初から正気を失ってくれるから楽だったんだが」
「……」
他にも自分と同じように呪詛を施した臓器を食わされ化け物にされた人間がいるという事なのか。
「ほら、麻薬製造の拠点施設にいた2人組の暗器使いとか、公園にいた奴らとか、街中でユミを襲わせた弱い奴らとか。あいつら全員それだぁよ」
「え……」
「元のポテンシャルが高いほど強いペットになるからぁよ。ユミはさぞいいペットになるだろうなぁ。完全な化け物になったら俺が大事に飼ってやらぁ」
「絶対嫌」
「かははっ!」
予想を遥かに上回る胸糞悪い話だった。ユミは気分が悪くなったので、ザンゾーに背中を向けて寝る。
「おま。寝るなってぇの」
ザンゾーはユミを無理矢理仰向けにする。
「しゃーねぇな。何か知りたい事あるか? 答えてやらぁ」
「……」
ユミは考える。知りたい事は沢山あるが、今1番確認したいことは決まっている。
「臓器には、心を殺して狂気を植え付ける効果があるってどういう事? 心って何?」
「へぇ。成程。その質問をするってこたぁ、ユミは10個臓器食っても生き延びる可能性が無いか知りたいわけか。かははっ! 頭良いな」
バレた。なんか悔しい。
自分はどうやら1つでも食べたら堕ちるという臓器を、7つ食べても何とかなっている。もしかすると10個食べても問題ないのではと考えた。
追加で食べることによる効果を正確に知る事が出来れば、臓器を食べた上で生き延びる可能性にどれだけ賭けられるか検討できる。
「いいだろう。教えてやらぁ。とは言っても俺は呪詛師じゃぁねぇ。心を殺して狂気を植え付けるっつー言葉は呪詛師の言葉だぁよ。これを最強の幻術師の俺の視点で解説してやる」
自分で最強と言っているが、どれほどの自信があるのだろうか。
井の中の蛙でイキっているのか、もしくは本当にずば抜けて優秀で自他ともに認めるレベルなのか。ユミには判断がつかないが、前者であって欲しいと願う。
「呪詛が掛けられた臓器を食った際の実際の効果は、ユミを除いて、正気を失い狂うという結果だった。幻術の視点で考えると、狂気を抑え込むのは対極にある安らぎや冷静さ、もしくは全てのベクトルを抑え込む沈静化や沈黙化の方向だ。ここで呪詛師が心と言っているのだから、正気を失わせる何かが仕込まれていると考えられる」
「むむむ……」
「しゃーねぇなぁ。分かりやすく言えぁいいんだろ」
「うん」
ザンゾーは頭をボリボリと掻きむしっている。困っているようだ。
「最強なんでしょ? 一般人相手に上手に説明できて当然だよね」
「煽んな。小娘」
ザンゾーはユミの右頬をつまんで伸ばした。
「痛い」
「考えるから大人しくしてろ」
ザンゾーは頭を抱えながら考えているようだ。その間ユミの頬はムニムニと伸ばしたり押されたりされている。
思考中の手癖のようなものなのだろう。別に触り方は優しくないため普通に痛い。噛み付いてやろうか。
「六色家は色を使う一族だ。それで説明する方がわかりやすいだろう。人間の普通の状態を白とする。それに対して色を足して人間を異常な状態に変えるわけだ。それぞれの色には象徴となる効果がある。赤は狂気や攻撃性怒り、青は冷静さ爽快さ前向きさ、黄色は快楽や喜び、紫は陰鬱や恨み、緑は鈍感や安らぎ無頓着、黒は沈黙や無、この白を含めない6色を扱うのが六色家だ。何となくイメージはしやすいだろう」
「うん」
「狂気で満たされる事を赤に染まると考えると、正気に戻すには白の位置に戻す必要がある。絵の具を混ぜるのとは異なるからここは考えにくいかもしれないが、青や緑の属性を足すと効果的に中和することが出来る。もしくは黒の方向に持っていく。黒は全ての色の強さを平等に抑え込む役割と思ってくれ。でだ。呪術師の心を殺すとは何を意味をするのかを考えると、青や緑の象徴である性質を弱めているんじゃねぇかと推測できる。とまぁ、普通に考えるとこうなる。だがユミの事例を見て少し考えが変わった」
「?」
「青や緑を弱めてるんじゃぁなく、黒で塗りつぶしたところに赤をぶち込んでんじゃねぇかなってなぁ。イメージだと真っ暗闇に赤い光だけ灯されたってイメージだ。ユミが冷静さや無頓着という性質だけを異常に失った訳では無いという事からそう判断した」
成程。幻術について少し理解出来た気がする。絵の具と言うよりは光の性質に似ているのだろうなと感じる。光の三原色は混ぜると白になる。光は混ぜることで明るくなる性質がある。
色々な性質が合わさってバランスを取り結果的に白になった人間が正常なんだと言えば確かに理解できるなと感じた。そう考えると、黒とは闇のようなものなのだろうか。黒く染まるとどうなるのかあまり想像できない。
「黒く染まるとどうなるの?」
「おぅおぅ。いい着眼点だぁ」
ザンゾーは嬉しそうな反応をし、ユミの頬をさらにつまんで伸ばす。さすがに痛い。いい加減にして欲しい。
「がう!」
ユミはザンゾーの指に噛み付いた。ザンゾーの親指を捉え、ギリッと思いっきり噛む。すると、口の中に血の味が広がった。
「かははっ! お前は犬か!」
ザンゾーは腹を抱えて笑っている。かなり強く噛んでいるのに痛くないのだろうか。血が出ているのだから普通に痛いはずだ。
ユミは噛んだままザンゾーを睨みつける。しかしザンゾーは相変わらず楽しそうにニヤニヤしていた。すると突然ぐいっと噛んでいた親指を口の奥の方向へ押し込まれた。
「うっ」
引っ張り抜かれるものと予想していた為、ユミは焦る。噛む力が少し緩んでしまったせいで、更に奥まで指を突っ込まれた。
奥歯の更に奥、歯が生えていないところに親指を入れられ上手く噛むことが出来ない。
「ユミは可愛いなぁ。一生俺の指でもしゃぶってろ」
ザンゾーはそう言うと、一向に指を引き抜かず、ユミの口の中を弄り始めた。
「で、黒く染まるとどうなるかだったな」
このまま説明を続ける気か。最悪だ。まだ頬をつねられていた方がマシだった。
「黒く染まるとなぁ、なぁんにも感じなくなる。喜びも悲しみも怒りも憎しみも。ついでに安らぎも意欲もなければ絶望もない。本当に無になる。故に笑うことも泣くことも無くなるだろうな。これに対抗するためには強い白が必要だ。だが、白は簡単には作れない。その人間にとっての光みたいなもんだ。個人差もでかくて曖昧なもんだからぁよ。で、ユミお前は何故かこの白が元々強すぎたと俺ぁ仮定している。白が強い人間には幻術は効きづらい。なかなか染まらねぇからぁよ。そういうもんだ」
黒く染まるとは、感情が湧かないという事なのだろうか。
ユミはふと思い出す。昔の記憶を思い出しても、自分の心が動かなかったという現象を。もしかすると、この呪詛のせいで心が無くなってしまった結果なのではないだろうか。この仮説が正しければ、自分は既に黒く染まりつつあるということでは……。
そう思い至った瞬間、底知れぬ不安でいっぱいになった。