「おーい。ユミちゃん起きろぉ? 体力を温存するんじゃぁねぇ」
ユミはザンゾーに起こされた。どうやら仮眠をとっても無意識のうちに人間の心臓を食うなんてことはなさそうだ。賭けではあったが、やはりなという感覚である。
人間の心臓をユミに食べさせたいだけであれば、取り押さえて無理矢理口に放り込めばいい。しかしザンゾーはそういう事をやらない。あくまで本人が自らの意思で食べるように仕向けているのだ。
いくらだって幻術を使えるだろうに、そこをこだわるという事は、こだわらなければいけない理由が明確にあるに違いない。
「相変わらず強情な奴だぁな。メンタルお化けかぁ?」
一体どれだけの時間が経ったのだろうか。窓のないこの部屋では全く時間が分からない。時間間隔が無くなるというのは意外とキツイものだなとユミは感じた。
ザンゾーは再びユミが寝転ぶ近くに腰を下ろした。一体何をしに来たのだろうか。
「タバコ臭い。あっちいって」
「あぁ? しゃーねぇな」
ザンゾーはそう言って火のついたタバコをコンクリートの床に押し当てて火を消した。
「お腹空かねぇの?」
「空いた」
「食えばいいだろぉ」
「ヤダ」
「はぁ……」
流石にお腹が空いてしまった。最後に唐揚げの入ったおにぎりを食べて以来になる。こんなことならもっとがっつり食べておきたかったなと思う。
とはいえ予測なんてできないのだから仕方ない。
「あのなぁ。意地張ったってぇ、無駄だ。ここにゃぁ誰も来れねぇ」
「なんで?」
「ここは複数ある六色家(ロクシキケ)の拠点の一つだ。一族の人間以外には見つけられねぇように幻術で隠されている。だから誰も来られねぇんだぁよ」
「ふぅん。六色家ってなに?」
「おま。何も知らねぇのか。六色家ってぇのは、幻術師の一族の中で1番規模の大きい組織だ」
「ザンゾーもその六色家の人なの?」
「おぅ。しかもその中でも1、2を争う使い手だぁよ」
「へぇ。すごーい」
「全然感情こもってねぇな……」
やはりこのザンゾーという男はべらべらしゃべる。どうせ暇なのだ。情報は引き出せるだけ引き出しておくのもありかもしれない。
「今更もう何個か食ったっていいだろぉ」
「今更?」
「あぁ? あ、そうか。記憶消してんだったわ。思い出させてやらぁ」
ザンゾーはそう言って、ユミを仰向けにする。そして、ユミの顔を覗き込み、右人差し指をユミの額に当てた。
一体何をする気だろう。
「歯ぁ、食いしばれ」
その瞬間、人差し指で額を強い力で押された。
「うぐっ」
額の物理的な痛みと脳に響くような痛み。二つの痛みで気が遠くなる。その間ザンゾーは何か言っているが聞き取れない。まるで水中にいるかのように音が反響して遠い。
ぐわんぐわんと頭を揺さぶられるような感覚で平衡感覚すらどこかへ行ってしまった。気持ち悪い。もうやめて欲しい。
意識がもうろうとする中、突然パンっと乾いた音がした。
ユミはハッとする。ザンゾーが手を胸の前で拝むように叩いた音らしい。不思議なことに、その瞬間に痛みは全て引き、気持ち悪さもなくなっていた。
「ユミは両親の臓器を合計7つ食べた。そして公園で狐の面の横の肉塊のてっぺんにあった心臓を食べようとした」
「……」
「思い出しただろ」
「最悪」
あぁ。最悪だ。
本当に本当に最悪だ。
全て思い出した。思い出してしまった。
そうだ。その通りだ。私は。食ったんだ。
両親の臓器を。
本当に美味しかったんだ。
そして、お腹が空いていたから公園で心臓を食べようとした。
アヤメに止められなければ間違いなく食っていた。
「狂ってる」
「本当になぁ。俺もそう思うわ。かははっ!」
腹立たしい。人の不幸を笑うザンゾーも。幻術にかけられたからと言って両親の臓器を食らった自分自身も。行き場のないこの感情はなんだ。ぐちゃぐちゃで分からない。
「泣けよ。お兄さんが慰めてやらぁ」
「死ね」
「かははっ! ダイレクト悪口じゃぁねぇか」
ザンゾーは腹を抱えて爆笑している。本当に腹立たしい。目障りだ。人の神経を逆なでする天才なのではないだろうか。
「ご立腹のようだから、今回はこの辺にしといてやらぁ。また来るわ。さっさと8個目食えよ」
ザンゾーは相変わらずニヤニヤと楽しそうに笑いながら去っていった。
***
「だぁからぁ。ユミ起きろ!」
「うるさいな」
またユミはザンゾーに起こされた。せっかく良く寝れていたのに本当に煩いなと思う。しかも呼び捨てにされて少し気分が悪い。
「なんでこの部屋で爆睡できるのか。俺には理解出来ねぇわ。目を離した隙にすぐ寝やがって。省エネモードになるんじゃぁねぇよ」
ザンゾーは今回もユミの隣に腰を下ろすと、ユミの頬をぐりぐりと人差し指で押す。
「不快」
「かははっ!」
いったいどれほどの時間が経ったのか。本当に分からなくなってしまった。
3日? 5日? はたまたまだ1日だったりするのだろうか。ザンゾーが来るタイミングもあまりあてにならないだろう。
1日1回決まった時間に来るなんてことはきっとしない。そんな気がしている。
ユミは監禁されている中で、眠ると空腹は感じにくくなる事に気が付いた。寝起きはあまり内臓が動いていないからかもしれない。
そのためユミはザンゾーがいなければすぐに寝ることにしている。むしろザンゾーを無視して寝てもいいかもしれない。ユミはそっぽを向いて寝ようとする。
「待て待て。寝るな。わぁかったよ。面白い話をしようじゃぁねぇか」
ユミは薄眼を開けてザンゾーを見る。面白い話とはいったいどれくらい有意義な話をしてくれるつもりなのか。全く期待していない。
「この臓器を合計10個食ったらどうなるか、とかどうだぁ? 知りてぇんじゃねぇのかぁ?」
「聞いてあげる」
ユミの返事を聞くと、ザンゾーは満足そうな顔をした。ユミはとりあえず仰向けになってザンゾーの話に耳を傾ける。
「この臓器には、呪詛がかけられている」
「呪詛って何?」
「おま。そこからかよ。呪いだよ呪い。科学的に説明が付かない効果全部呪いって思っとけ」
「わかった」
「呪詛師曰く、1つ1つには心を殺して狂気を植え付ける効果があるらしい。そして臓器を欲するようになるそうだ。おおむね10個程度臓器を食らうことで呪いが完成し、完全な化け物になるんだってよぉ。心を無くしたモンスター。痛みにも鈍感で死を恐れず命令に従う体のいい人形が完成するってところだ。しかも脳からの指令がなくても体が動くらしい。首をもぎ取った虫や魚が勝手に動くのと一緒だとよ」
「ふぅん」
成程。臓器を見てヨダレが止まらなかったのは、この効果のせいなのだと理解できた。今まで食らってきた臓器が体内で悪さをしているという事なのだろう。
また、10個で呪いが完成という事は、あと3つ食えと言われるのだろうなとユミは推測した。
話の様子からザンゾーは呪詛師ではない以上、この心臓に呪詛を施した呪詛師という人間が別にいる。その呪詛師からこの心臓はもらってきたのだろうか。もしくは食べさせるように依頼されたのだろうか。
どちらにせよザンゾーの目的は、幻術等あらゆる手段を使って、呪詛がかけられた臓器をユミに自らの意思で食べさせ、呪いを完成させる事で、ユミを化け物にしようとしていたという事だ。納得のいく話だなとユミは感じた。
「そんなに私を化け物にしたいの?」
「別に俺ぁどっちでもいいわ。でもまぁ、呪詛師がやれっていうんだからやるしかねぇだろうなぁ。ていうか、既に化け物みてぇなもんだろ。呪詛が掛けられた臓器を食らうと身体能力が上がるからぁよ。五感も鋭くなって人間離れするし。体はすでに10分の7作り変えられてんだ。十分バケモンだろ。かははっ!」
「じゃぁ、もう食べなくていいじゃん」
「あぁ? それはダメだ。しっかり正気を失ってもらわなきゃペットにできねぇからぁよ」
「成程」
死も恐れずに命令に従う傭兵になるようなものだろうか。異常に身体能力が高い人間がいたとしても、言う事を聞かなければ利用できない、使えないという意味だろう。
そこに意思は必要ないと。使い捨てにもできる都合のいい駒とか、そういったものにしたいという事だろう。
あぁ、反吐が出る。
目的を知れば知るほど不快だった。