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3章-4.揚物(2) 2021.3.7

 しばらくお面3人組の注文の揚げ物をせっせと量産していると、再びbarの扉が開く音がした。

 入ってきたのはユミとあまり身長の変わらない若い男性だった。黒の厚手のコートを着ている。ユミがいるカウンターの前を通り過ぎるとき視線を感じたため、ユミは顔を上げて確認する。


「君。番長の娘?」

「へ?」

「彼女はユミさんでス。入ったばかりの見習いプレイヤーでス。私の娘ではありませン」

「そうか。違ったか。只者じゃないと思いもしやと……。失礼した」


 男性はそう言ってシエスタの方へ行ってしまった。仕事を受けに来たのだろうか。


「あの、番長って……?」


 ユミは、シュンレイに問いかける。ひょっとこのお面の人にもシュンレイはそう呼ばれていたような気がする。


「私の通り名でス。こちらの界隈では通り名というものが多く使用されまス。覚えておくといいでしょウ」

「成程。本名の他にも使われる名前があるという事ですね」

「えぇ。ただ、少しユミさんが考えているものとは異なるかもしれませン。こちらの界隈では本名自体がない人間が多くいまス。通り名は生きていくうちに定着してしまっタ名前という方がニュアンスとしては正しいでしょウ。野良猫みたいなものでス。行く先々デ別の呼ばれ方をする場合モありますかラ」

「成程。アヤメさんにも通り名はあるんですか?」

「えぇ。ありまス。舞姫(マイヒメ)と呼ばれていまス。本人は通り名デ呼ばれるのを嫌がりますのでアヤメさんと呼んであげてくださイ」

「分かりました」


 舞姫。確かに戦闘中のアヤメは舞い踊るようだった。そんな姿から定着した通り名なのだろうな、とユミは推測した。


「ちなみに俺のシエスタは自分で付けた通り名だよ。昼寝が好きだからねぇ。本名は無いタイプの人間だからシエスタしか呼び名はないんだけどね」

「成程。そういうパターンもあるんですね。ちなみに、なぜ番長なんですか? 番長というと不良学校のボス的な意味だと思うのですが、そんなところにおさまる人間じゃないかと……」

「あ、それ俺も気になる」


 どうやらシエスタも知らないようだ。聞いてよかったのか分からないが、シュンレイは何かを考えているようだ。しばらくしてシュンレイはゆっくり口を開いた。


「昔、子分のように私にくっ付いてくる男が突然呼び始めたんでス。それが定着してしまいましタ。彼は救えないほどの馬鹿だったのデ、番長の本来の意味も正しくは知らなかったのでしょウ。ただ、馬鹿ではあるもののプレイヤーとしては優秀で周囲から一目置かれるような存在であった事もあり、そんな彼が私を何度も番長と呼ぶものですかラ、他の人間も真似してしまったようでス」

「成程」


 シュンレイは昔からカリスマ性があったのだろうなと想像出来る。子分をたくさん連れていても何もおかしくはない。シュンレイの昔の様子というのは少し気になるところだ。


「通り名は、プレイヤーだと有名になれば大抵ついてきまス。ユミさんもいずれ通り名ができるかもしれませン」

「確かに。チェーンソーは特殊だから、むしろ独り立ち直後に通り名ができそうだねぇ」


 そういうものなのだろうか。ただ、チェーンソーで思い浮かべるのは海外のホラー映画だ。その主人公の名前とか付けられそうだなと思ってしまう。


「ユミさん、こちらをお面の3人へ持って行ってあげてください」


 カウンターの上に盛り付けの終わった揚げ物たちが並んでいる。出来上がったものから提供するようだ。ユミはカウンターの外側に周り揚げ物を受け取ると、お面3人組のテーブル席へ運んだ。


「お待たせしました!」

「うぉぉ! 待ってました!」

「わー! ありがとー!」

「美味しそー!」


 ユミは揚げ物たちをテーブルに並べる。お面3人組は喜んでくれているようだ。

 ユミはそこでふと気になった。食べる時はお面を外すのだろうか。さすがに付けたままは食べれないだろう。

 気になりじっと見ていると、彼等はは、パカッとおめんの下半分を取り外す。


 成程。食べる時はそこが外れる形になるのか。

 ただ、ひょっとこのお面は口元が外れると、もはや何のお面だか分からなくなってしまう。1番特徴のある部分が外れてしまっていいのだろうか。ちょっと面白い。


「うぉぉ! うめぇ! 最高!」

「これは美味」

「無限に食べれるぅー!」


 かなり喜んでくれているようで、ユミは嬉しくなる。


「ねぇねぇ! ユミちゃんはどれを作ってくれたの?」

「あ、えっと唐揚げ作りました!」

「唐揚げ美味しい! ユミちゃんありがとう!」

「美味しく食べて貰えて私も嬉しいです!」


 ユミは笑顔で答えた。作ってよかったなと心から思える。


「お姉さんはキュン死ぬ。骨は拾ってくれ」

「いや、みんな死ぬから拾えないぞ」

「既にここは天国の可能性もある」

「もー、何を言ってるんですか。まだまだ揚げ物あるので沢山食べて行っててくださいね!」


 ユミはそう言ってペコッとお辞儀をし、カウンターの方へ戻った。戻る時に、残りの揚げ物を運ぶシュンレイとすれ違う。今シュンレイが運んでいる物で注文の揚げ物は揃っただろうなと思われる。


 ユミはカウンターの席に座る。

 人の気配を感じながらまったりするのは悪くない。ユミは飲みかけのアイスコーヒーを飲み一息ついた。


***


「よぉ! 番長! 久しぶりだな!」


 突然覇気のある男性の声がbarに響いた。揚げ物に集中していたユミは顔を上げて声の主を確認する。

 かなり大柄でガタイのいい男性だった。背中に斧を背負っている。斧が武器だろうか。見るからに強そうだなと感じる。歳は30前後に見える。筋肉がかなり付いていることが冬服を着ていても分かる程ガッシリしている。


「えぇ。お久しぶりでス」

「なんだ、今日は飯が食えるのか?」

「揚げ物だけありまス」

「いいねぇ! んで、隣にいる嬢ちゃんは娘か?」

「違いまス。入ったばかりの見習いプレイヤーのユミさんでス」

「ほぉ」


 ガタイのいい男はユミをじっくり観察している。そんなに見られるとどうしていいか分からず固まってしまう。


「いや、佇まいがそっくりだからてっきり娘かと思ったが違うのか。動きを見ても只者じゃないだろ?」

「日々私とアヤメさんでユミさんの戦闘を見ていますかラ。確かに動きは似るかもしれませン」

「超スパルタじゃねぇか! はっはっはっ! そりゃ只者じゃないのも納得だ!」


 男は豪快に笑う。見ていて清々しい。


「て、事は噂のアヤメちゃんの2番目の弟子ってお嬢ちゃんの事か。成程な。色々納得した。よろしくな! 見習い卒業したら一緒に仕事する事もあるだろう。そん時は一緒に暴れような!」


 男はユミの方へ右手を差し出した。握手だろうか。ユミも右手を恐る恐る出すと、グイッと掴まれてブンブンと振られた。


「はっはっはっ! こりゃ強いな! 将来楽しみだ! 揚げ物は唐揚げでよろしく! じゃぁな!」


 男はそう言ってユミに手を振るとシエスタの方へ行ってしまった。嵐のような人だったなと思う。手を握った感触としてはとても強い人だろうと推測できた。


「あの、2番目の弟子って……?」

「えぇ。ユミさんの前に、もう1人アヤメさんが見ていた見習いプレイヤーがいましタ。今は卒業して元気にしてまス。そのうち会えるでしょウ」

「成程。その人強いですか?」

「えぇ。とても」


 どうやら兄弟子がいるらしい。かなり気になるところだ。シュンレイが強いと言っているのだから、相当強いのだろう。手合わせしてみたいなと思う。そのうち会えると言うのだから楽しみに待っていようと思う。


「ちなみにその、卒業ってどのタイミングでするものなんでしょうか?」

「簡単でス。師匠に一撃与えられたら卒業でス」

「え゛……。一生できない気がする……」

「そうでもありませんかラ。安心してくださイ。いつ狙っても良いんでス。油断してる時にやっちゃってくださイ」

「そんな無茶な……」


 アヤメに一撃入れるなんて、全く想像がつかない。寝てる時であろうと殺気には敏感で、隙なんて一切ないのだから。

 とはいえ、急いで卒業したいとも思えない。まだアヤメと一緒に居たいと思ってしまう。迷惑だろうか。それでももう少し甘えたいなと思ってしまった。


 ふと時間を確認すると、ちょうど20時だ。アヤメはそろそろ来るだろうか。そう思ってbarのドアの方に意識を向けると、どうやら来たようだ。アヤメの気配がする。自然と笑みがこぼれた。


「揚げ物ーーー!!!」


 元気な声と共にbarの扉が勢いよく開いた。アヤメが満面の笑みで入ってくる。ずんずんとカウンターの方まで進んできて、ユミの目の前の席に座った。


「揚げ物盛り盛りコース! ご飯大盛りでお願いします!!」

「了解です!」


 ユミは早速アヤメ用の揚げ物を開始する。シュンレイにこれを揚げろと次々に指示され、ひたすら揚げていく。大皿1皿分が出来上がると、シュンレイはそれをカウンターの、上に置いた。


「ユミさんも一緒に晩御飯にしてくださイ。残りは私がやりますかラ」

「え、でも……」

「アヤメさんと一緒に揚げたてを食べた方が美味しいでス」

「ユミちゃん一緒に食べよー!!」


 アヤメも呼んでくれている。ユミはお言葉に甘えてカウンターの外に周り、アヤメの隣に座った。

 アヤメはカウンター上の揚げ物の大皿を受け取り、ユミとの間に置く。シュンレイからは炊きたてのご飯の茶碗をそれぞれ受け取った。


「シエスター! ハイボールお願ーい!! ユミちゃんには烏龍茶ー!」

「はいよー」


 シエスタから飲み物を受け取ると、アヤメは満面の笑みだった。


「いっただっきまーす! ユミちゃんカンパーイ!」

「いただきます。乾杯!」


 アヤメとグラスをぶつけ、晩御飯を食べ始めた。揚げたてのサクサクの揚げ物達と炊きたての熱々のご飯、そして大好きなアヤメとの晩御飯は最高に美味しかった。

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