目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
3章-3.準備(1) 2021.3.7

 一夜明けて。今日は揚げ物パーティの日。10時に雑貨店前集合とのことなので、ユミは9時45分には集合場所で待っていた。

 3月に入ってもまだ寒い。まだまだ春は先のようだ。日差しがあるところは比較的ポカポカするが、風が吹くとやはり寒い。


「お待たせしましタ」

「……」


 後ろから声をかけられて、ユミはびっくりしながら振り返り、そして固まった。


「どうしましたカ?」


 いやいやいやいや。

 どうしましたじゃない。


 そこにはシュンレイがいたのだが、黒のパンツに白のタートルニット、ベージュのチェスターコートを着ていた。


 え。いつものチャイナどこ行った?


 ユミは困惑する。

 いきなりTPOをわきまえられても困る。脳みそが追い付かない。


「あ……。えっと……。雰囲気がガラッと変わったのでびっくりしちゃいました……」

「そうですカ」


 気配は無く、足音もなく、真後ろから声をかけてくるとは意地が悪い。

 この人、分かっていてやっているのではないだろうか。からかわれた感が否めない。無表情なので、真意は分からないが、わざとやっていると疑わずにはいられない。


 それにしても、普通の服を着ていても目立つ人だなと思う。身長は190センチメートルくらいあるのではないだろうか。隣で歩くと余計高身長が際立つ。

 やはり鍛え抜かれた体格だからか、シンプルな服でも様になる。普段からこういう服を着ればいいのにと思う。何を着せても着こなすのだろうなと想像できる。


「ユミさん。最近はあまり外出できてませんネ? 食料とか備蓄は大丈夫ですカ? 今日は買いたいものがあれバ、一緒に買ってしまいましょウ」

「ありがとうございます」


 最近は外出する度に襲われるせいで、できる限り外出を控えていた。食料の買い出しも好きな時にはできないため、その日の気分で好きなものを作って食べるといった事ができずにいた。

 シュンレイはそれに気が付いていたのだろう。今日の買い出しだって、それを気遣って提案してくれたのかもしれない。ありがたいなと心から感じる。


 しばらく歩くと大きめのスーパーにたどり着いた。普段ユミが利用している所よりは遠いが、かなり規模の大きいスーパーだ。どれくらい買うのだろうか。あまり想定できていない。とりあえずユミは入口近くのカートとカゴを準備する。


「カニクリームコロッケは、ガチで作りますか?」

「えぇ。もちろン」

「ひぇぇ……。春巻きの皮使おうとした自分を恥じます……」


 カートを押しながら食品をどんどんカゴに入れていく。


「ユミさんが必要なものも、好きなだけ買っていいですかラ。全部まとめて経費で行きまス」

「え……。あ、ありがとうございます」


 ユミは、お言葉に甘えて、欲しかった食材をカゴに入れた。

 その時ふと、思い出す。昔母親の買い物に行って、自分が欲しいお菓子をこっそりカゴに入れた思い出。1つだけだよ、なんて言われたっけ……。

 やはり、誰かと一緒に買い物するのは楽しいなと感じた。


「アヤメさんは、唐揚げ、天ぷら、カニクリームコロッケをご所望でしたよね。他は何を作ります?」

「フライドポテト、牛肉コロッケ、春巻き、カツ、フライ系とかもありますネ。良さそうな食材が売っていれバ作りましょウ」

「了解です!」


 この人何でも作れるのか……。


 ユミは改めて料理ガチ勢の本気を目の当たりにする。

 やはり、アヤメの『できないの?』が響いたのではないだろうかと思う。この調子だと、帰ったらガッツリ仕込み作業だろう。仕込んでbar開放の18時までに準備することが予想される。なかなかにハードなのではないだろうか。

 食材をカゴに入れていくと、あっという間にカゴ4つがいっぱいになってしまった。売り場を一周して、買い漏れはなさそうだ。

 ユミは食材だけでなく日用品も買わせてもらった。本当に助かる。これらすべてユミの私物も本当に経費でいいのだろうか。さすがに申し訳ない気もする。そもそもbarまがいの店で経費というのも色々と謎ではあるが。


「即席の揚げ物パーティですかラ、こんなもんでしょウ」

「この量はヤバイ……」


 カゴに入った食材を見て、ユミは青ざめる。これを全て今晩さばききるというのだろうか。想像しただけで震える。

 会計を終わらせたのち、ユミは食材をレジ袋に丁寧に詰めていく。全て詰め終わるとレジ袋8枚分がしっかりいっぱいになってしまった。

 それぞれの袋が結構な重量だ。ユミは片手に2つずつ計4つ持ってみるが、かなり重い。普段チェーンソーを持って鍛えているから持てるが、一般人には厳しいだろうな等と思う。


「さテ、帰りましょウ。帰ったら仕込みが待っていまス」

「はい……」


 ユミは覚悟を決める。今晩は激しい戦いになるだろう。シュンレイとそれぞれレジ袋を4つずつもち、スーパーを後にした。


「ユミさんは揚げ物は、よくやりましたカ?」

「週に1度程度ですが、唐揚げは家でやってました。やっぱり揚げたてがおいしいので! 買ったものとは全然違いますからね! まぁ、唐揚げ専門店などで揚げたてのおいしい物を買う事もできますが、コスパも含めると家でやりたくなります。シュンレイさんは揚げ物はよくやるんですか?」

「そうですネ……。私はあまり揚げ物自体を食べないのデやりません。それこそアヤメさんが食べたいと言わなけれバ。天ぷらは食べたけれバ店に食べに行きまス」

「成程。和食料理のお店で食べる天ぷら定食とか美味しいですよね。旅行先とかでしか食べられなかったですが……。また食べに行きたいなぁ……」

「この近くでもおいしい店がありますかラ。アヤメさんも連れて今度行きましょウ」

「はい!」


 シュンレイが美味しいと言うのだから、きっととてもおいしいお店なのだろう。アヤメはきっと美味しそうに食べるんだろうなと想像して楽しくなる。一緒に行ける日が楽しみだ。しかし、そんな楽しい気持ちも一瞬で消え去る。


「あ……。また……」

「成程。これを毎回というのは、流石にしんどいですネ……」


 二人は歩みを止める。大通りから外れた小道に入った途端、今日もまたよくわからない人間に襲われる。

 先ほどまでの楽しい気分が台無しだ。一気に現実に引き戻された気持ちになる。今日は15人。今までで一番多い。

 いい加減うんざりする。こんなしょうもない事に巻き込んでしまい、シュンレイにも申し訳ない。ユミはどんよりした気持ちになった。


「そうですネ。両手がふさがっているのデ、今日は足技をユミさんに教えましょウ」

「え」


 シュンレイはそう言うとあっという間に近場の人間3人を足技だけで蹴散らしてしまった。予想外の言葉と行動にユミは呆然とする。足技を教えると言っていた。もしかしてこれは訓練という事だろうか。今それをやるのか? という疑念でいっぱいになる。


「足の骨でも折っておけば、動かないでしょウ。曲がらない方向に力を与えれば折れますかラ」


 蹴散らされた人間の足を順番にシュンレイは淡々と折っていく。足を折られた人間たちはうめき声をあげながら地面をのたうち回っている。ユミはそれを呆然と見ていた。相変わらず誰に対しても容赦がない。


「さぁ、やってみましょウ。ユミさんは私と同じように手足が長いのデ、だいたい同じような動きができルと思いまス」


 そんな無茶苦茶な。どんよりした気分どころではなくなってしまった。そんな無茶ぶりではあったが、ユミはしっかりとシュンレイの動きを見ていたため、恐らくは同じように動けると確信している。

 ユミは言われた通り、見よう見まねで足技を繰り出す。確か、重心の移動が独特だったような気がする。1度見ただけではさすがに厳しいが、記憶を頼りに体を動かしてみる。

 手を全く使わない戦いというのは初めてだ。実際にやってみると、片足を上げてしまうことで体のバランスをとるのが難しい。うまく攻撃に力を乗せられないなと感じた。


「勢いを殺さないように。流れるように力を乗せてくださイ。両手の荷物の重さも使ってくださイ」


 シュンレイはそう言いながら、ユミに過剰に人間が向かわないように、適当に足技でユミに向かう人間を蹴散らしている。襲ってきた人間をユミの戦闘訓練にうまく使ってしまった。相変わらずとんでもない人だ。

 ユミは指示される通り、両手の荷物の重さも乗せて足技を叩き込む。勢いを止めないように次の攻撃を頭で描きながら体を動かしていく。少しすると体の動きがうまく調子に乗ってきたようで、流れを殺さずに攻撃に勢いをのせるというのが分かってきた。コツがつかめた気がして少し面白さを感じる。


「いいですネ。骨折っちゃってくださイ」


 夢中で向かってくる人間に足技を繰り出していたが、気が付けば全員地面に転がっている。ユミは先ほどシュンレイがやっていたように、倒れた人間の足を曲がらない方向へ力を入れて折った。

 足を折られた人間たちは、みな悶えて苦しんでいる。さすがに骨が折れれば痛みを感じて怯むようだ。打撃を入れただけではびくともしなかった人間たちの動きを止めることができて、ユミはほっとした。


「よくできましタ。帰りましょウ」

「はい」


 少しシュンレイには手伝ってもらったが、自分で対処できたことで自信がつき、少し気持ちが軽くなった。足技は今後忘れないうちに練習したいと思う。普段チェーンソーを持っていて両手がふさがっているため、今回教えてもらった足技は、いつもの戦いでも活かせそうだなと感じた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?