「あ。すみません、アヤメさんちょっとおやつ買って行っていいですか?」
「ん! OK!」
ユミは地下鉄の階段を上り切った地上出口近くにあるコンビニへ入っていく。アヤメはコンビニには入らず入り口の前で待っているようだ。
この後晩御飯ではあるが、お腹を空かせてはいけないというシュンレイの言葉を忠実に守り、何か食べ物を買っていくのが最近のルーティーンだ。ユミは肉まんを1つ買い、コンビニを出る。
「お待たせしました」
「は~い!」
ユミはさっそく肉まんを食べ始める。空腹に染み渡る。冬場の肉まんは一層美味しいなと感じる。
一人だけ食べているのは少し申し訳ないが、アヤメはお腹が空いている方がより晩御飯がおいしくなるから何の問題もないと言っていた。とはいえ、ユミの肉まんをちらちらとアヤメは見ているようだ。
「アヤメさん一口食べますか?」
「え!? いや、大丈夫!! ユミちゃんの空腹を満たすのが優先!」
きっと食べたいのだろうなというのが分かってしまう。そんなアヤメが可愛くてユミはクスっと笑ってしまった。
ちょうど肉まんを食べ終わったところで、アヤメがピタっと歩みを止めた。ユミも異変に気が付いて同様に立ち止まる。
「しつこいなぁ……」
アヤメはそう呟いてワイヤーを操るための手袋をはめた。周りには6人。不審な人間が二人を囲むように立っている。
「私がパパっとやるから、ユミちゃんはそのままでいいからね」
「はい。ありがとうございます」
大通りから1本入っただけの道で、突然殺意を向けてくる人間6人。どの人間もプレイヤーには見えない。手には各々武器を持ってはいるが、一般人が武装した程度のように見える。
それぞれが特に連携するわけでもなく、突如ユミを目掛けて向かってきた。動きは早くない。本当に一般人が走ってきているだけだ。ユミはそれらを難なく躱す。その間にアヤメはワイヤーを操る。
「よいしょっとぉ!」
アヤメの掛け声の直後、周囲の6人はワイヤーで拘束され身動きが取れなくなっていた。全身をワイヤーでぐるぐる巻きにされて結ばれている。自力で脱出するのは不可能だろう。
アヤメは手袋を外し、カバンへしまった。そして、拘束されて地面に横たわり暴れている人間たちを無視して、二人は歩き出した。
「一般人なのか、黒なのかも分からないし、こんなに人が多い場所で仕掛けてくるなんて……。本当に面倒だよね。殺していいならもっと楽なのに、下手に手を出せないからやりにくいし」
「なんか、いつもすみません……」
「え? ユミちゃんのせいじゃないんだから、気にしないでよ! チェーンソーだとやりにくいし、適材適所! これでいいの!」
アヤメの笑顔に救われる。最近はユミが外に出る度に、よくわからない人間達から攻撃を仕掛けられる。人通りのある場所でもお構いなしだ。
幸い店の近くでは襲われることはないが、少し離れると決まって襲われる。プレイヤーなど強い人間が相手ではなく、今回のように一般人と変わらない人間から襲われるのだ。
人通りがある場所で殺せば後処理が大変であるし、万が一、他の一般人に目撃されれば非常に面倒なことになる。それに、襲ってくる人物が一般人ではないという保証もない。どこか様子がおかしいので幻術で操られている可能性も視野に入れている。
また、この人間たちはどういう訳か気絶をしない。いくら打撃を打ち込んでも、怯むこともなく向かってくるのだ。
チェーンソーをメインの武器とするユミにとっては、殺すに殺せないとなると攻撃の手段が限られてくるため厄介だ。アヤメのワイヤーであれば、相手を無傷で拘束ができるため、非常に助かっている。
ユミは自分で対処が難しいことへのもどかしさと、アヤメへの申し訳なさでいっぱいになる。
「ユミちゃん、大丈夫だから。こんなの何でもないし、気にしないで」
顔に出てしまっていたのだろうか。アヤメが気にかけてくれている。ユミは、はい、と言って頷いた。
***
「もどりー!」
アヤメは元気にそう言って、barの扉を開けた。ユミもアヤメに続いてbarへ入る。カウンターの奥ではシュンレイが本を読んでいた。
「おかえりなさイ。ご飯ですカ?」
「うん! 今日は何にしようかな~」
ユミはシュンレイに、カウンターの内側へ入れてもらう。アヤメはカウンターの席に座って今日の晩御飯のメニューを考えはじめた。しばらくアヤメは考えたのち、ひらめいたようだ。
「揚げ物が食べたい! 唐揚げ! 天ぷら! カニクリームコロッケ!」
「え゛……」
変な声が漏れてしまった。
揚げ物か。このbarのキッチンには揚げ物をやっている気配がない。汚れるし匂いもつくし、片付けも大変であるから、barではやらなそうとは思っていた。
やるとしたら、雑貨屋の奥の居住スペースのキッチンの方だろう。あちらの方が換気設備的に向いていると思う。少なくともbarのキッチンで勝手にやっていい部類の料理ではない。
「アヤメさん。ここはbarです……」
「そうですヨ。アヤメさん。ここはbarでス」
シュンレイからの援護射撃が入る。やはり、このキッチンで揚げ物はやりたくなさそうだ。
「え!? できないの!?」
できなくはないだろう。きっとできる。
ユミは、ちらりとシュンレイを見上げた。シュンレイは静かに何か考えているようだった。
流石に、できないの? という質疑は心に刺さったのではないだろうかと思う。この料理ガチ勢の男に、できないの? はあんまりだろう。
ずっとユミがシュンレイの事を見ていたので、シュンレイはその視線に気が付きユミの方を見た。目がうっすら開いている。金色の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。ユミは、何か凄く嫌な予感がした。
「分かりましタ。揚げ物をやるためには準備が必要でス。今日はできないので、明日の野良開放日のbarで揚げ物パーティをしましょう」
「え!? ほんと! 嬉しい! 揚げたての熱々のから揚げと熱々の白米食べれるの!? わーい!」
「従っテ、今日は揚げ物はできませんのデ、別のメニューにしてくださイ」
「はーい!」
「ユミさん。明日の午前中は私と一緒に買い出しです。そして夜はbarで働いてください。連帯責任です」
「え……」
「明日は、10時に雑貨店の前集合でお願いします」
「は、はい……」
連帯責任とは……?
自分は何も悪いことをしていないと思う。
むしろ、道連れという方が正しいのでは。
良く分からないうちに、明日の業務が確定してしまったのだった。