「ユミちゃんお疲れさま。大丈夫?」
アヤメが心配そうに声をかけてくる。仇を討った事に対して、心配してくれているのだろう。
「大丈夫です。気持ちの整理とか必要なのかもしれないんですが、よく分からないっていうのが今の自分の状態で……。怒りも憎しみも悲しみもなければ、仇を討てたことに対する喜びも達成感も特にないんです。ただ、仕事が終わったなって、それだけで。家に帰ったらよく考えてみます」
今一度ちゃんと考えたほうが良いと自分でも思った。あまり良い状態ではないのかもしれない。自分を客観的に見ても少しおかしいように思う。感覚が鈍すぎるような気がするのだ。
今まで自分に起きた事実を考えても、ここまで平然としている自分は明らかに変だ。もっと泣いたり喚いたり、怒ったり落ち込んだりあるのが人間なのではないだろうかと。
勿論感情に振り回されたいわけではないが、何もないというのは違うと思う。与えられた仕事をこなす事が出来ているのは非常に良い事ではあるのだが、だから良いとは思えない。
今一度よく考えて、よく振り返って、自分自身を見つめてみようと思う。
「分かった。何か力になれる事があったら、いつでも言ってね。私はいつでも何があっても、ユミちゃんの味方だからね」
アヤメはニコッと笑う。ユミはそのアヤメの笑顔と言葉に安心する。何があっても傍にいてくれる存在というのはとても心強いなと感じた。
ユミは、死体が動くと嫌なので、手配の男の死体も細かく刻んだ。全ての肉塊が一定のサイズ以下になったことを確認して、二人は公園の出入り口へと向かっていった。
***
「予想外の事も多かったけど、何とかなってよかった~」
「本当ですね。事前データとこんなに異なることなんて今までなかったのでびっくりしました」
「ね~」
二人は公園内の来た道を話しながら戻る。帰ったら、アヤメとご飯作って食べたい。今日は何を作ろうかとユミは考えていた。
しかし、公園の出入り口のフェンスが見えてきたところで、アヤメはピタッと立ち止まる。ユミもそれに合わせて立ち止まった。
アヤメが見据える先は公園出入り口のフェンス部分。ユミもそちらへ視線を向ける。
フェンスが開いている。そしてその先に何か得体のしれない赤いものがある。二人はゆっくりと近づいた。
「っ!!? 何これ……」
アヤメはすぐにスマートフォンを取り出し電話をかけ始める。そこにあったのは肉塊の山と、黄色のラインの入った狐のお面だった。
つまりこれはおそらく、引継ぎの人のバラバラ死体だ。ユミが死体に近づき内容をよく観察しようとした時だった。
「うっ……」
激しい頭痛がユミを襲う。頭が揺れる。いや外から鷲掴みにされて思いっきり揺さぶられているような感覚だ。平衡感覚もマヒしていく。
痛い痛い痛い痛い。頭が割れるように痛い。
何これ、この映像。何か、何か思い出しそう。
これ、見たことある。どこかで。
どこだっけ? 思い出せない。
デジャヴュ? 分からない。
「ちょっ……ユミちゃん!!!!?」
アヤメの声が遠くに聞こえる。
アヤメさん助けてっ! 頭が割れるように痛い!
「ユミちゃん!! ユミちゃん!! しっかりして!!!」
ぼやける視界に映りこむアヤメの姿。心配しているというのが伝わるほど。不安げで泣きそうな顔をしている。
「ユミちゃん!!!!」
アヤメに思いっきり抱きしめられてハッとした。同時に、キーーーンと高音の耳鳴りがして、頭痛が引いた。
「あ……れ……?」
「ユミちゃん……。ねぇ、お願い。戻ってきて」
左足元でベチャっという音がした。視線を落とせば、なにか赤いものが左足のところに落ちている。そして、自分の左手は真っ赤に染まっていた。
「アヤメさん……」
「ユミちゃん。大丈夫……なわけないね。すぐ帰るよ」
「はい……」
アヤメはユミの腕を掴んだまま移動し、地面に落ちたスマートフォンを拾い上げた。
「シュンレイごめん。うん。タクシーお願い」
そう言ってアヤメは通話を切り、スマートフォンをしまった。そしてユミを抱きしめた。
まもなくして、タクシーが目の前まできて、ユミはそのまま乗せられた。頭がぼーっとしてよく分からなかったが、上着や武器などアヤメが全部運んでトランクに入れてくれたようだった。
アヤメもタクシーに乗り込むとタクシーは出発した。
移動の間中、アヤメはユミの隣でずっと寄り添い手を握ってくれていた。その温もりで何か大事な物を繋ぎとめる事が出来ているような気がした。