「何だろう。変な感じするよね」
「はい。5人もいるならちゃんと連携すればいいのにって思います」
5人分の死体が周囲に転がる。5人の構成も奇妙だ。なぜ近接ばかりなのか。ナイフ系が4人と鉈が1人なんてアンバランスだ。
銃や弓、投擲、吹矢等遠距離攻撃が一切ない。寄せ集め感が否めない。待ち伏せをするほどなのに、この構成は明らかにおかしい。
場所の指定もあったのだから罠だっていくらでも仕掛けられたはずだ。罠すら一切ないのはどういう事だろうか。
舐められていた? いや、そんなはずはない、この程度であればアヤメ一人でも時間はかかるが処理はできてしまう。
アヤメは界隈では有名人らしいので、実力が把握されていないなんてこともないはずだ。
「え。何あれ。気持ち悪っ……」
アヤメは1つの死体を指さして言った。ユミもアヤメが指さす方に視線を向ける。
するとそこには、びくびくと動いている死体があった。比較的大きめに切断された部分が動いている。
「なんで……? キモ過ぎなんだけど。え。ちゃんと死んでるよね? やだやだ……」
ユミはその死体に近づきチェーンソーで切断してみた。するとある程度まで小さくすることで動かなくなる事が分かった。他の死体も確認する。少し大きめの部分は切断し細かくした。
「アヤメさん、もう大丈夫です。もう動かないです」
「あ、ありがとう。ユミちゃん……」
相当アヤメはドン引きしているようだ。確かに気持ちが悪い。先ほど戦っている時、鉈を持った男の絶命が予想より時間がかかったのも気がかりだ。
「目的のプレーヤーいませんね……」
「うーん。そうなんだよね……」
アヤメはワイヤーで周囲を探っているようだった。何かワイヤーに引っかかれば詳細な位置が分かるという。
公園全体にワイヤーを張り巡らしているため、どうしてもきめ細かくとはいかないようだ。もしかするとその穴にうまく潜んでいるのかもしれない。
「ん……?」
アヤメは顔をしかめた。しかし次の瞬間。
「やばい!!!!!!」
アヤメは叫んだ。それと同時に、ギンっと金属が鳴る音がした。
ユミの無回転のチェーンソーの刃と、手配のプレーヤーの刃渡り30センチメートルのナイフがぶつかり合っていた。
「こんな近くにどうやって……」
アヤメは信じられないといった顔で、手配のプレイヤーの男を睨みつける。ユミは男の攻撃をいなし、一旦距離をとった。
男の姿は資料で見たままだった。身長は175センチメートル程度、ひげ面、黒のスウェットを着ていた。手にはそれぞれ刃の長さが異なるナイフを逆手に持っていた。
資料の通りであれば他にも似たようなナイフを隠しているはずだ。見えている凶器を警戒するだけでは不十分だろう。
「ユミちゃん。もしかすると資料のデータよりこの男、遥かに強いかもしれない」
「わかりました」
「こいつ、私たちが5人と戦っている間、ずっとこの近くで見てたんだよ。さっき一気に警戒用のワイヤーが切断されるまで接近に気が付けなかった」
「……」
アヤメはワイヤーの形態を組み替えている。攻撃用に変えたようだ。
「全然逃げる気ないみたいだね。変なの」
アヤメはそう言って、タンッと足を鳴らした。
始まる。ユミはアヤメの息遣いを自身に取り込む。
その息遣いによって攻撃のリズムが描かれていく。
「♪♪~♪♪~♪♪♪~~♪~♪♪~~」
鼻歌を乗せて。ユミは一気に男へ向かって行った。
***
完全に近接戦だ。ユミはチェーンソーで連撃を繰り出す。しかし、空を切るばかりだ。さすがと言わざるを得ない。
シュンレイとの手合わせを思わせるくらいには全く手ごたえがない。加えて男のナイフによる攻撃は鋭く、しっかりと避けなければ一発で死ぬ事が分かる。
また、同時進行型でアヤメのワイヤーも男に迫るが、男はワイヤーを切断したり躱したり受け流したりと、鋭いワイヤーに対して器用に対処していく。
「なんでこれがSランクなんだろうね。ありえないよ。SSランクの上位じゃん」
アヤメは苦笑いしながら言う。明らかにユミより格上だ。それでも攻撃をやめる理由にはならない。
ユミは手を休めることなく、攻撃を続ける。上半身に隙が無いなら下半身、下半身すら崩せないなら背面へ。攻撃が入りそうなところを探す。
しかし、相手もそれに気が付いている。ユミの動きを見抜き、攻撃へ転じる。
「やばっ……!?」
ユミは飛びのきながら構える。初撃こそ躱せたが追撃のナイフが複数飛んできた。急所だけは外させなければ。チェーンソーで急所だけは守る。
キンッキンッキンッと複数のナイフがチェーンソーに当たって落ちた。一部はアヤメのワイヤーで弾いたが、3本のナイフがユミの足を浅く切り裂いていった。
切り裂かれた部分は急所ではないが、痛みは動きを鈍くさせる。あまり良い状態ではない。切られた傷口から血液が滴り、厚手のタイツにしみこんでいく感覚がする。
強いな。でも、下半身の方が弱そうだ。
少し打ち込んで反応速度見る限りそう判断できた。とはいえ、下半身だけ狙ったところで攻撃は入らない。決め手として打ち込むなら下半身だろうくらいの認識だ。
ユミ一人だったら、隙をつくことができないため到底適わない相手だが、今はアヤメがいる。
ユミが飛びのいた途端に、すかさずアヤメの攻撃が男を襲うことで、攻撃を連続させることと、ユミへの追撃の阻止を行うことができている。そして、ワイヤーが引き切らないうちに攻め込むのがユミのスタイルだ。
直後、キンッと金属音がして音がして、ユミはチェーンソーで引き際のワイヤーを切断すると同時に男の左手に持っていたナイフを弾き飛ばした。だが、それでも男は怯まない。すぐに冷静に別のナイフに切り替えようとしている。
「させない!!」
アヤメはその隙を見逃すはずもなく、多方向からワイヤーを一気に男に集約させた。現状男は片方の腕にしかナイフがない。処理できるワイヤーの数は圧倒的に減っている。
ぶわっと男の周囲に風が巻き起こりワイヤーが通り過ぎていった。
直後ドスッと音がして、男の左腕、肘から下の部分が地面に落ちた。
「片腕しか取れないなんて……。化け物じゃん」
アヤメとしては全て刈り取るつもりだったのだろう。だが男による、右手に持ったナイフによるワイヤーの切断と、左手を犠牲にしたワイヤー位置の操作によって想定よりも遥かに悪い成果となってしまった。
男の左腕の切断面からボタボタと血液が落ちている。それでも男は立っているのだ。逃げる様子も一切なく、変わらない殺気をこちらに放ちながら。
片腕がなくなれば、圧倒的に戦力が下がる。それでも引かないというのは何か引っかかる。
ユミは以前アヤメの仕事を見学したときのことを思い出す。その時も襲ってきたプレイヤーと思われる二人組は、圧倒的な戦力差を前に逃げることもなく死ぬまで向かってきていた。片方が倒されても、諦めることをせずに正面から突っ込んできたのだ。絶対に届かない事なんて分かりきっているにもかかわらず。
ユミは今現在のこの男に対しても同様の違和感を抱いている。
たとえ片腕を落としても、侮ってはいけない。死ぬまで変わらずに動き続ける可能性が高い。
現に今、止血する様子もない。放っておいても死ぬのではないだろうか。
「いきます」
ユミは、一気に切り込んで男の懐に入る。やはり男の切れのある動きは変わらない。ただ片腕がないだけで圧倒的に攻められる。ユミは次々に男を切りつけた。そしてその流れのまま、左足首を完全に切り落とし男を転倒させた。
「バイバイ。これで仇討ちできたよ」
ユミはソプラノの声でそう呟くと、転倒した男に飛び掛かり、チェーンソーの重さと自身の重さを乗せて胴体を一気に真っ二つに切断した。