2月。ついに手配依頼を処理する日が来た。季節はすっかり冬で、雪こそ降らないが、非常に寒い。
時刻は14時。昼間ではあるが雲が厚く太陽の光は差し込まない。どんよりとした天気だった。
ちょうど1週間前に手配のプレイヤーの潜伏先の詳細が判明したところで、これからそこへ乗り込むといったところである。
冬服で動きやすい服装というのはなかなか難しい。薄着の方が動きやすいが、寒さとの闘いにもなってくる。また、返り血を浴びすぎてべちゃべちゃになってしまえば、低体温の危険もある。夏に比べて難易度が高いなとユミは感じた。
下半身は厚手のタイツに黒のショートパンツ。上半身は暖かさを保つ長袖のインナーに、ゆったりしたサイズの黒とカーキ色のボーダー柄のニット。そこに薄めのダウンを羽織った。現状暖かいが、上着を脱いだら寒そうだなと感じる。
アヤメとは雑貨屋の方の店の前で合流することになっている。ユミは早めに到着しアヤメを待つ。
アヤメはギリギリまでワイヤーの整備を行っているのだろう。おそらく店の裏手にある、武器を整備できる小さい工房にまだいそうだなと思う。
集合時間の5分前になって、アヤメがやってきた。スキニーのジーパンに、ブイネックの白のセーター、黒のダウンを着ている。
もこもこしていて可愛い。
「おまたせ~!」
アヤメは満面の笑みでユミに手を振る。ユミもそんなアヤメに小さく手を振る。
「パパっとやっちゃおう!」
「はい!」
いつも通り。何も変わらない。アヤメのその雰囲気で特に気負う事もなく、いつも通りでいられる。
ユミはそこで、いつもより少しだけ緊張していた自分に気が付く。アヤメのおかげでそれも解けた。2人はいつものように、談笑しながら駅へと歩いていった。
***
目的の場所は、最寄駅から少し離れている。駅から15分ほど歩いた場所にある雑居ビルの1室が潜伏場所として事前の調査で分かっていた。
目的の場所に至るまでの道には、似たような雑居ビルが通り沿いに並び、多くの人の気配で溢れている。すれ違う人も多く、怪しさのかけらもないような場所だった。平日だからかスーツを着た人間も多く、オフィスが多いのだろうと察しが付く。
大通りから外れた場所にある対象の雑居ビルに2人はたどり着く。その建物には、飲食店や事務所、エステサロンやジム等、様々な店舗が各階に入っている。至って普通の建物だった。
「7階なんだけど、階段がないね。ちょっと怖いけどエレベーターかなぁ」
アヤメの言う通り階段が見当たらない。建物の外、大通りに面する所に2階の飲食店への階段はあったが、それより上には通じていなかった。おそらく店舗のバックヤード側にしか階段はないのだろう。
「そうみたいですね。エレベーターしかなさそうです」
「だよね。それにこの場所じゃ、さすがに武器出せないよ。7階についてから何とかしよう」
「はい」
ユミとアヤメは武器をしまった状態でエレベーターに乗り7階へ向かった。
まもなくして7階に到着する。エレベーターの扉がゆっくりと開くと、一般的な事務所だった。
特に人間の気配もなく、待ち伏せされているような様子もない。二人はそのままエレベーターから降り、エレベーターホールで周りを見回す。
正面に潜伏先と情報のあったオフィスの入り口と思われるガラスのセキュリティの扉がある。ガラスなので内側の様子が少し見えるが、室内は電気が消えている。また、室内に人がいる気配もない。人がいないことを確認して、ユミはソフトケースからチェーンソーを取り出しておく。
「あれ。開いてる」
アヤメはそう呟いて、オフィスの扉を開けて進んでいく。セキュリティの盤が扉の横にあったため、てっきり鍵がかかっているかと思われたがそうではなかったらしい。ユミもアヤメに続いてオフィスの中へと進んだ。
室内を見回してみるが、やはり誰もいない。平日ではあるが、休業日なのだろうか。もしくは廃業したのか。廃業したにしては室内は綺麗な状態なので、一層よく分からない。
室内の様子は、外からの光が少し入ってくるおかげでざっくりとは見えるが、結局照明が付いていないため、窓から遠い所や陰になる部分は把握できない。
少し進むと、正面にオフィスの受付があった。当然誰もいないのだが、そこだけ受付カウンターの上を照らす照明が点灯している。
近づいてみると、ぽつりと明かりがついた所に、小さな何かが置かれているようだった。
「何これ……」
アヤメそれを手に取る。それは1枚の小さなメモだった。
『公園に来い』
メモにはそう書かれていた。手書きではなく印刷された文字だったため、あまり手がかりとなるようなものではなかった。
このメモは自分たちに向けられたもので間違いなさそうな気がする。アヤメはスマートフォンを取り出し、電話をかけ始める。
「あ、もしもしシュンレイ? あのさ、雑居ビル行ったら誰もいなくて。うん。公園に来いってメモだけあったんだよね。そうそう。公園に向かうね~。はーい」
アヤメは通話を切り、メモをポケットにしまった。
「この近くで公園っていったら、近くの大きい公園しかないからね。移動だー」
「了解です」
「もー。絶対罠じゃん。はぁ……」
アヤメは大きなため息をつきながら、エレベーターの呼び出しボタンを押す。ユミはチェーンソーをソフトケースにしまい背負った。2人は到着したエレベーターに乗り込み、近くの公園を目指した。