「いつもいつも、すみません……」
「えぇ。かまいませン」
ユミはシュンレイに担がれて地下2階の運動場からbarへ運ばれていた。シュンレイとの手合わせでは毎回動けなくなるまでやるため、担がれてbarに運ばれるのはルーティーンとなっていた。
最近は近接の練習と受け身の練習を行っている。シュンレイは刀身が木素材やゴム素材で作った安全なナイフを使って近接練習の相手をしてくれている。とはいえ、当然のように毎回ボコボコにされるので、ユミは体中痣だらけである。
木でもゴムでも容赦がないため、かなり痛みを伴う。今も全身の激痛と疲労感でピクリとも動くことができない。訓練前にしっかりご飯は食べているのにも関わらず、練習後にはしっかり空腹になる。戦う時には実際の所、体を動かす以外でもかなりエネルギーの消費しているのだなと感じる。
「あの、ハンバーグ2人前仕込んでおいたのでそれを……」
ユミはプルプルと震える手でbarの冷蔵庫がある方向を指さしシュンレイに伝える。どうせいつも倒れてはbarでご飯を作ってもらうのだ。毎回全て作らせてしまうのはさすがに申し訳ない。
ユミは事前にハンバーグの種を作り冷蔵庫に保管しておいた。
「わかりましタ。ありがたく使わせていただきまス」
「はい。せめてこれくらいは……」
ユミはbarのテーブル席におろされて、いつも通り電池が切れたように突っ伏す。体は全く動かないので、せめて今日の訓練の復習を脳内で行う。
まず、ゴムのナイフで切られた場所だ。首筋や腹部、アキレス腱。本当に切られたら終わりである。大抵が背後からやられていると思う。以前指摘された右斜め後ろという弱点をまだまだ克服できていないのが分かる。
次に木のナイフで刺された場所だ。腹部や背中、鎖骨のあたり。刀身が長ければ心臓まで届くだろう。手配されているプレイヤーが使う刃物はかなり刀身が長いので1発でも食らえば死ぬなと感じた。
受け身の方はだいぶ慣れてきて、避けきれない攻撃をどう受け止めて力を逃がすのか、その勢いをどうやって次の攻撃につなげるのかは、かなり分かってきたなと自分でも手ごたえを感じている。体のバランスを崩された時の対処法なども、学べたと思う。
全体的に少しずつだが、日々前に進めていると自分でも感じる。
「お待たせしましタ」
しばらくすると、シュンレイが料理をもってテーブル席にやってきたようだ。ユミはシュンレイの声とおいしそうなにおいに反応してむくりと起き上がる。
テーブルの上を見渡せば、ハンバーグにライスにサラダにコーンポタージュ。それらがきれいにテーブルに並べられていた。こんなの美味くない訳がない。よだれが出そうである。シュンレイもユミの向かいの席に座った。それを確認し手を合わせ、いただきます、とあいさつし2人は食べ始めた。
***
「アヤメさんとの連携の調子はどうですカ?」
ちょうど完食したところで、シュンレイが尋ねてきた。
「ワイヤーの位置はほぼ分かるようになりました。気配でアヤメさんが意図している動きも伝わってくるので、追従はできてきたなという感じです。ただ、その中で自分がどう動くべきなのか少し迷っています。うまくワイヤーの特性を活かしきれている感じがしないというか。私のせいで緻密さを失ってしまっているような感じがします」
「そうですネ……。ユミさん自分がこうしたイというのをもっとアヤメさんに伝えてはどうでしょウ? 言葉でも動きでも伝える手段はいくらでもありまス。それに、ワイヤーなんて動きの中で邪魔なら切ってしまっタって問題ありませン。アヤメさんにとっテその程度のリカバリーなラ、何の苦にもならないでしょウ。また、アヤメさんは広範囲を同時にとらえル事が出来ル目を持っていますかラ。ユミさんがやりたいことが分かれば合わせてくれるでしょウ。遠慮すル必要はありませン。ユミさんが得意な攻撃に専念しテいいんでス」
「確かに……」
ユミは考え込む。シュンレイの言葉を聞いて、もっと自分も積極的に行かないとダメだと感じた。
アヤメの指示に従うだけとか、アヤメの意図を読み取ってそれに合わせるとか、それだけじゃダメなんだと気が付いた。
もっと自分はこう動きたいとか、こういうのが欲しいとか、ここをフォローして欲しいとか、相談しないとダメだったのだ。
「ユミさんの一番の武器は、切込みの速さと鋭さでス。連携するなラそこを活かすのが良いでしょウ」
「成程! ありがとうございます! 少し方向性が見えた気がします!」
「あとは実践で詰めたほうがいい部分もありますかラ。それに、近日中に仕事が入ル予定なのデ、頑張って下さイ」
「はい!」
ユミの返事にシュンレイは満足げな様子だった。あまり表には考えている事は出てこないが、何となくそんな風に見えた。
シュンレイは、すっと立ち上がると食器類を片付け始める。ユミもそれに合わせて立ち上がり自分の皿を持ちbarカウンターの方へ持っていく。自分の食器は自分で片づけるのが2人の暗黙のルールとなっていた。