「このプレイヤーは、Sランクですガ、もうすぐSSに上がりそうなプレイヤーでしタ。仕事も真面目に淡々とこなシ、実績を積み上げてきたようでス。店側の信頼度も高ク裏切り行為は非常に意外な印象でス。裏切りが発生したタイミングですガ、
「ますます怪しいじゃん……」
「えぇ。本当ニ……」
シュンレイの話にアヤメは真剣な顔つきで考え込む。
だが、ユミは話についていけずピンとこない。話の様子から、何かきな臭いのだろう。事件性があるのだろう事は察するが、それ以上の事は分からない。
「あ、あの……。長期レンタルって……、なんですか……?」
ユミは意を決して質問した。話の腰を折ってしまって申し訳ないと思いつつも、自分だけ分からないまま置いてけぼりにされてしまうのは避けたい。
すると、そんなユミの状況を察してアヤメが慌てて顔を上げた。
「ユミちゃんごめん。そうだよね。分からないよね。えっと長期レンタルっていうのは、Sランク以上になるとね、自分である程度仕事の判断ができるとみなされるから、数か月くらいの間ずっと同じ依頼主の下で依頼主の指示する色々な仕事をするような感じ。依頼主の指示に対して、やるやらないとか報酬に関する事は、依頼主と自分でその都度決めて対応する感じになるんだよね。私は交渉苦手だからやらないけど」
「成程です。ありがとうございます」
「たしか、長期レンタルが決まると、最初に一括で報酬が入って、その期間中の追加の依頼によっては追加で報酬が入るような感じだったと思う。ただ、そのレンタルされてる間は、ほかの仕事受けられないから、正直良いのか悪いのか分からないんだよね……」
アヤメの様子から、あまり儲かる仕事ではないのだなと感じた。
「長期レンタルは、依頼主に対して、店の信頼を上げる側面が大きいですかラ。依頼主からの報酬に加え店からの報酬も上乗せされるのデ基本損はない仕組みでス」
「え、そうだったの!?」
「えぇ」
アヤメは考え込んでいる。長期レンタルも実は儲かると知り、やってみようかな等と考えていそうである。
「アヤメさんは交渉できないですかラ、一生レンタルに出しませン」
「えっ!? 私SSランクなのに!?」
「えぇ。たとえSS+ランクになってモ。諦めて下さイ」
アヤメはそれを聞いて一気にしおしおと元気をなくしてしまった。
「話を戻しまス」
アヤメの喜怒哀楽に一切ブレることのないシュンレイは、バッサリとアヤメを切り捨て話の軌道を修正した。
「長期のレンタル中なのデ、店側はこのプレイヤーがどのような仕事を行っていタのか詳細な情報を掴んでいませン。ただ、失踪前最後に行っタと思われル仕事がユミさんの両親の殺害でス。プレイヤーは一般人2名の殺害指示に従っタという事でス」
「一般人に手を出すなんて。信じられない……」
先日barで会ったシエスタも、確かそんなような事を言っていた。暗黙のルールで一般人には手を出さないと。さもないと警察に目をつけられて厄介な事になると。
そのリスクを理解した上で依頼主の指示に従ったとなると、当然それなりの理由が必要になるだろう。
そもそも依頼主が一般人に手を出そうとするのも、おかしいのではないだろうか。色々と腑に落ちない話である。
「ちなみにそのプレイヤーはもう死んでる可能性はないの?」
「目撃情報があるのデ、生きていルとみていまス」
「ふーん。まぁ、そっか。Sランクプレイヤーじゃ誰も手を出さないよね」
Sランクのプレイヤーがどんなレベルなのかは、ユミにはよく分からない。ランク制度を頼りに考えれば、シュンレイやアヤメよりは格下だが、自分よりは格上という事くらいだ。
人口の分布も分からないので、イマイチピンと来ない。ただ、アヤメの様子からSランクプレイヤーはそう簡単には処理できない対象なのだろうと推測できる。
「この手配は急ぎではありませんかラ、来年2月頃を目処に対処しましょウ。その間にユミさんとアヤメさんは共闘出来るようにしてくださイ。宿題でス。また、今後の仕事についテ。今までの依頼はユミさんガ慣れる事が目的だったのでBランクでしたガ、次からの仕事はアヤメさんのSSランク合わせで、ユミさんは補助の形としまス」
「えっ!? そんな急に!? ユミちゃんはまだ、3ヶ月とかそこら辺しか経ってないんだよ?」
「えぇ。分かっていまス。ただ、私はできない仕事を任せたりしませン。また、ユミさんの実力は既にAランクレベルでス。扱いが見習いなのデ、Bランク以上には出来ませんガ」
「……」
「アヤメさん。ユミさんを大事にしたい気持ちは分かりますガ、ユミさんはもう既にアナタの前衛を任せられる程の実力がありまス。確かに、戦闘面以外でも知っていくべきこともありますかラ、時間をかけたいというのも理解できまス。ですが、それを踏まえた上でモ、今必要だから言っていまス。悠長な事は言っていられない状況ですかラ」
「どういう……こと……?」
アヤメはシュンレイの説明に困惑していた。不安げな表情で固まっている。
「先程も言いましたガ、恐らくユミさんは狙われていまス。ただ、相手が悪すぎまス。SSランク5人以上に囲まれテ、アヤメさんはユミさんを守りきれますカ?」
アヤメは首を横に振った。
「ユミさんが無事に過ごスには、自衛出来ることは大前提であリ、更に返り討ちにするレベルが求められていまス。私はそれが可能だと考えているのデ、今2人に共闘できるようになレと言っていまス」
「……。分かった……」
アヤメは覚悟を決めたように、返事をした。
「あの。私を狙っている相手って……?」
ユミは気になり尋ねる。経験の浅い自分が話に割り込んでいいのか分からず黙って聞いていたが、さすがに気になってしまう。
「ユミさんを狙う相手は、SSランクプレイヤーを同時に8人は雇えるような大規模組織でス」
「どうしてそんな所が……?」
「それが分かりませン。どんなに探っても接点が何も出てきませんかラ」
「あ、だから私を囮に……って事ですね」
「えぇ」
相手が誰なのかは把握しているが、その相手の目的が分からないという、気持ちの悪い状況という事を理解した。
わざわざ罠と分かっているところへ飛び込んででも情報を得る必要があるのだろう。また、不意打ちを食らうよりは、罠に向かう方が備えることができる分だけマシかもしれない。
何にせよ、状況は良くない。だからこそ、急ぎ対抗できるだけの力を付ける必要があるのだとユミは理解した。
「よし! そうと決まれば共闘の練習しないとね! ユミちゃんには私のワイヤーの内側で動けるようになってもらわなきゃだから、めっちゃ大変だよ!」
「はい! 頑張ります!」
アヤメはユミの返事に満足げに頷くと、手を付けていなかったリンゴジュースを一気に飲み干した。そして、すくっと立ち上がる。
「私、ワイヤーの構成変えてくる! 今日の夜から連携の練習お願いね! また後で!」
そう言ってアヤメは颯爽と応接室を出て行ってしまった。アヤメがいなくなった後、ユミはシュンレイと2人応接室に取り残される。特に話すことはないのだが、出ていくタイミングを完全に失ってしまった。
微妙に気まずいため、ユミはとりあえず、手を付けていなかったアイスティーを一口飲んだ。すごくおいしい。どこの茶葉だろう。気になる。
「ユミさん。大丈夫ですカ?」
「?」
シュンレイから問いかけられる。何に対しての大丈夫の確認だろうか?
意図が分からず、ユミは首を傾げる。
「唐突に仇の話をしてしまいましたかラ。仇について黙っているのは違いますガ、アヤメさんが怒ったように、強制的に対象を処理させルというのも良いことではありませン。ユミさんが仇についてどのように考えているカ事前に確認もせずに、こちらで合理性だけを考慮して話を決めてしまったのデ、少し手順を間違えたなト……。非常に強い恨みを持っていた場合仕事に影響が出ルので良くないですシ、人によっては触れたくない部分になりえますかラ。アヤメさんに怒られて、やはり間違えタと思いましタ」
この人は自分の事を心配してくれているのだなと、ユミは感じ取った。
相変わらずシュンレイの気持ちというのは表情にでないため、本心は何を考えているのか分からない。他人の気持ちに全く興味が無いようにも見えるが、実際のところはそういう訳ではないのかもしれない。
「確かに仇と聞いた時には、びっくりしました。でも、私は大丈夫みたいです。両親の事をすっかり忘れていたというわけではないですが、日頃常に気にしていた訳ではもないので。それに、その人の情報をみても、特段殺意などは沸きませんでした。仕事で処理された事だって思ったら、妙に自分の中で整理できてしまったような感覚になってしまって。ちょっと不思議です」
両親を殺した相手を知っても怒りや憎しみも感じない自分は、冷たい人間になってしまったのだろうか。薄情なのではないだろうか。もしくは、感覚がおかしくなってしまったのか。
自分でも自分の気持ちがあまり分からない。時々両親との思い出を懐かしく思う時、楽しい気持ちと一緒に、今はもうここにいないという現実を改めて突き付けられて悲しい気持ちになる。
ただ思うのは、今現在アヤメやシュンレイ、barにいたシエスタなど、自分と接してくれる人がいて、その人たちがいるから自分は元気に生きていられるのだろうなと思う。
もし、誰もいなかったら、感情を無くし、毎晩人を殺して回る殺人鬼のまま死んでいた事は間違いない。
「そうですカ……」
シュンレイはユミの返答に無表情で返事をした。
「あの、話全然変わるんですけど、この紅茶おいしいです。とても。茶葉はなんですか? ブレンドしてますよね?」
「えぇ。お口に合って何よりでス。向こうにあるのデ、淹れ方教えましょウ。バーカウンターの方で待っていてくださイ」
「はい! ありがとうございます!」
2人もそれぞれ応接室から退出し、今回の仕事の話は完了した。