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2章-6.手配(1) 2020.11.26

 ブーブーブーブー……。


 テーブルの上に置いていたマナーモードのスマホが振動して鳴っている。どうやら着信らしい。

 ユミは鍋の火を一旦止めて、電話に出た。


「おはようございます」

「ユミさん、おはようございまス。今から約1時間半後、13時にbarの応接室へ来られますカ?」

「はい。大丈夫です」

「お待ちしてまス」


 シュンレイから呼び出しの電話だった。barの奥には応接室がある。ユミは入ったことは無いが存在だけは知っていた。

 どんな部屋なのだろうかと想像しながら、ユミは料理を再開する。


 今は自分の部屋のミニキッチンで肉じゃがを作っていた。少し多めに作ったので数食分持ちそうだ。IHの1コンロしかないので同時に色々は出来ないのだが、今の生活なら十分かなと思う。

 あとは作り置きして冷凍しておいたおかずに、先程炊けた白米。インスタントの味噌汁を用意してお昼ご飯にするつもりだ。


 一応、barのキッチンについてはシュンレイがいる時に限りではあるが料理をしても良いと許可されている。ミニキッチンでは限界があるので非常にありがたい。たまにアヤメにご飯を要求されて作ったり際に、とても役立っている。


「よし出来た!」


 ユミは火を止め、盛りつける。白米をよそり、ちょうど沸いたお湯でインスタントの味噌汁を作る。

 電子レンジから温め終わった作り置きおかずをテーブルへ運び、全てが揃う。


「いただきます」


 手を合わせ、ユミはお昼ご飯タイムを開始した。


***


 12時50分。ユミはbarに到着する。扉を開けるとカウンター席の方に既にシュンレイとアヤメがいた。


「あっ! きたきたー!!!」


 アヤメは今日も元気そうだ。ユミに笑顔で手を振っている。ユミも2人がいるカウンター席へ向かう。


「ユミさん、何を飲みますカ? コーヒー紅茶、ジュース類大体なんでもありまス」

「アイスティーをお願いします」

「分かりましタ。アヤメさんはリンゴジュースですカ?」

「うん!!」

「先に応接室デ待っていてくださイ」


 どうやらアヤメも一緒に呼び出されたという事のようだ。アヤメに続いてユミも、barの奥にある応接室に踏み入れた。


 barと同じ素材の床と壁ではあったが、床にはオフホワイトのラグが敷かれ、見るからに座り心地が良さそうな黒のソファーが置かれていた。

 1人掛けが2り、間接照明が仕込まれている。ダウンライトの数も多く、barに比べてかなり明るい空間だった。


 ユミは3人掛けのソファー、アヤメの隣に座った。予想通りソファーはふかふかで、非常に座り心地が良かった。

 しばらくするとシュンレイがやってきて、アヤメの前にはりんごジュース、ユミの前にはアイスティーが置かれた。シュンレイはユミと同じくアイスティーを飲むようである。シュンレイはユミの向かいのソファーに座ると、A4サイズの茶封筒をローテブルに置いた。


「手配が出ましタ」

「え!? 珍しい。久々じゃない?」

「えぇ。ここ数年はありませんでしたかラ」


 手配とは何だろうか?

 犯罪者の指名手配のようなものだろうか?


「手配というのは、専属プレイヤーが所属すル店に対しテ裏切り行為を行っタ場合ニ、その店から出されル対象プレイヤーの処理依頼でス」

「成程……」

「ユミさんが想像すル指名手配とは少シ異なるかもしれませン。これは仲介業者間のトラブル防止の意味合いが強ク、裏切り行為があル場合には必ず行われル依頼になりまス」


 よく、分からなくなった。

 困惑するユミの表情を見てシュンレイはある程度悟ったようだった。少し思考した後、ゆっくりと口を開いた。


「普通の仕事とは毛色が違うのデ、特殊な仕事と思ってくださイ。この手配と呼ばれル依頼は基準を満たしたプレイヤーなラ、誰でも受注可能デ早い者勝ちの処理依頼でス。期限は依頼日かラ1年間。それを過ぎルと報酬は貰えませン。依頼にエントリー申請をすルことデ、処理完了後に報酬が貰えまス」

「分かりました」


 裏切り行為を行うと色々な殺し屋から1年間常に狙われるということらしい。素直に恐ろしいなと感じた。


「手配がでるとね、ちょっとしたお祭りみたいになるんだよー! 戦闘狂がこぞって参加して取り合いするから楽しいよ!」


 アヤメはテンションが上がっているようだ。きっと積極的に参加してきたのだろうなと察しがつく。


「確かにいつもであれバお祭りですガ、今回はお祭りにはならないでしょウ」

「え。なんで!?」

「ランクがSSですかラ」

「は……?」


 アヤメから笑顔が消えた。


「Sランクプレイヤーの裏切りなので、処理のランクはSSに設定しています」

「何かおかしくない……?」

「えぇ。お察しの通りでス」


 急にアヤメが真剣な顔になる。


「その依頼さ、私に受けさせてユミちゃん補助に入れるつもり? 私は反対」

「この対象のプレイヤーがだとしてモ。ですカ?」

「なっ……!?」


 アヤメは急に立ち上がり、バン! とテーブルを叩いた。

 かなり怒っている。こんな怒りを露わにするアヤメをユミは初めて見た。


「シュンレイどういう事!?」

「どうもこうもありませン。ユミさんの両親を殺害したプレイヤーが、手配に出されタという事でス」


 アヤメの怒りに対して、シュンレイは全く動じることなく淡々と回答する。


「そうじゃない!! なんでユミちゃんを参加させようとするの? おかしいよ! 何考えてるの!?」

「仇になるのだかラおかしい話ではないでしょう」

「なっんでっ……。ふざけないで!」


 アヤメは更に乗り出し、向かいに座るシュンレイの胸ぐらを掴んだ。

 薄く開いた瞼から見える金色の瞳が真っ直ぐにアヤメを見ていた。


「何なのその目……。私が怒る所まで想定済みって?」

「えぇ。ある程度は……」


 アヤメはギリッと歯を食いしばった後、諦めたように、シュンレイの胸ぐらから手を離す。そして、落ちるようにソファーに座り直した。


「ちゃんと説明して。端折らないで」

「分かりましタ」


 こうして今回の仕事の詳細な内容説明が始まった。


***


「これはほぼ間違いなく罠でス。狙いは、この店かユミさんのどちらかでしょウ。相手の明確な狙いが分からないため、ユミさんを囮にしテ相手の狙いを探るつもりでス。勿論先程言ったように仇に当たるからという理由もユミさんを参加させル理由の一つでス」

「分かりました」


 アヤメは何も答えない。静観している。

 シュンレイは特に気にした様子もなく、SSと右上に書かれた茶封筒から書類を出しテーブルに広げていった。


「こちらが処理対象となるプレイヤーの情報でス」


 ユミはその資料を手に取り内容に目を通した。


「この人が両親を殺した人……」


 自分でも驚いたが、親の仇を知っても特に何も感情はわかなかった。

 どうせ仕事で殺したに過ぎないのだ。そこに恨みも憎しみも何も無く仕事だから処理しただけだろう。そう思うと、正直このプレイヤー個人への殺意など負の感情は全く生じなかった。


 ただ、両親の仇を知れたことは素直に良かったと感じる。知らない間に処理されていたと後で知らされたとしたら、あまり良い気持ちにはならなかっただろう。

 また、仇を討つ機会を与えて貰えたことは素直にありがたい。


 資料に記載された処理対象の姿は、あごひげを生やし、黒いラフな服装をした男の姿だった。刃物を使うらしい。そういえば両親は刃物で切断されていたなとユミは思い出す。

 刃渡り30センチメートルから50センチメートルの複数の刃物を使うようだ。恐らく近接だろう。


「シュンレイさん。私に近接戦の稽古をつけて頂けませんか?」


 ユミはシュンレイの方を真っ直ぐに見て言った。


「良いでしょウ」

「ありがとうございます。あと、期限は1年あるんですよね? 実際のところいつまで猶予がありますか?」

「他プレイヤーの動向によりますガ、少なくとモ3ヶ月は盗られないでしょウ」

「分かりました」


 3ヶ月でどこまでできるか分からない。結局のところは、ユミでは全く歯が立たずに、アヤメが処理する事になるかもしれない。

 だが、挑戦もせずに見ているだけというのは、自分で自分に納得ができない。やれることはやりきろうと決めた。


「アヤメさん。私頑張るので、だからその……」

「うぅぅ。わかったよー」


 ずっと黙っていたアヤメだったが、ユミの言葉に向き合い、そう答えてユミを抱きしめた。


「私が絶対守るから」

「はい。ありがとうございます」


 ユミは強くなろうと改めて決意した。

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