シュンレイの近接攻撃は、一切の容赦がなかった。
ユミは何度も背中や足に攻撃を受け、吹き飛ばされ、床を転がった。
当然ものすごく痛い。だが、床を舐めている訳には行かない。すぐに追撃が迫るためだ。瞬時に起き上がって攻撃を繰り出す。
アヤメとは全く異なる動きに最初こそ戸惑い見誤って失敗して被弾していたが、徐々に慣れてきた。
特に驚異的なのがリーチの長さだった。シュンレイの長身を活かした攻撃はユミにとって初めての部類だった。
腕も足も長いため、距離を取って躱すというのが通用しない。ユミがチェーンソーを持って振り回すのと大差ないのだ。
腕とチェーンソーの長さ分の距離を活かした攻撃など何も通用しない。中距離からリーチを活かして攻める作戦は成り立たないため、自動的に近距離での戦いになる。
またシュンレイは、アヤメの様に攻撃を躱して隙を突くという戦法では無い事から、攻めてばかりではいられない。受け身や牽制を積極的に行わなければならない。ゆえに、新しい事のオンパレードだった。
それでもユミは諦めずに食らいつく。ぬるい事をすればすぐに痛みとして叩き込まれる。否が応でも対応していかなければすぐに全身がボロボロになるだろう。
既に全身アザだらけではあるが、骨が折れていないだけマシだ。いや、折れないように調節されているのだろうなと察した。確実に手加減してもらっている。本来なら1発でも当たれば死ぬような攻撃なのだから。
でもやはり、悔しさよりも楽しさが勝る。ユミはより鋭く、より早く、より正確に、動きを洗練させていった。
***
「はイ。30分。お疲れ様でしタ」
バン! っと床に響く強烈な音と、喉と背中への激痛で、ユミは喉と右腕を捕まれ仰向けに押さえつけられたのだと認知した。
はぁはぁと自分の息がうるさい。心臓もどくどくと高速で脈打っている。それに引替え、自身を押さえつけるシュンレイは息一つ上がっていなかった。
化け物か。
シュンレイの雰囲気はいつも通りに戻っていた。あんなとんでもない姿を隠し切るなんて、本当にどこまでも恐ろしい人間だと、ユミは思った。
「大丈夫ですカ?」
「……」
大丈夫なのだろうか。自分でも分からない。呼吸が落ち着かず返答すらできなかった。
シュンレイは動けなくなったユミから手を離し、仰向けに横たわるユミの隣に座った。
「ユミさんは、背後右斜め後ろガ特に弱いですかラ。対策した方が良いでしょウ。また、受け身も下手でス。今後は受け身の練習をしましょウ」
「はい……」
なんとか、かすれる声でユミは返事をした。全身が痛いし、体も泥のように重たい。心臓はだんだん落ち着いてきて、呼吸も少しずつ戻ってきたがそれでもまだ十分に苦しかった。
「ユミさん。動けますカ?」
「……」
全然動けない。
「動けませんカ。エネルギー切レ……。ご飯を食べましょウ」
シュンレイはそう言って立ち上がると、ユミのチェーンソーを片付け、仰向けで横たわったまま動けないユミを肩に担いだ。ユミはピクリとも動けなくなっているので、されるがままだった。
「すみません……」
「えぇ。かまいませン」
情けなくて恥ずかしくてユミはそれ以上何も言えなかった。
***
「え? ちょっと!? ユミちゃん大丈夫!?」
運動場から出て階段を登っているところで、アヤメの声が聞こえた。担がれているので視界にはシュンレイの背中しか見えない。
目視こそ出来ないが、扉の開く音と声から、アヤメがbarの入口の扉から出てきたのだろうなと察した。
運動場は地下2階、barは地下1階にあり、出入口は共通の階段室に面していた。従って運動場から地上へ行くためには必ずbarの入口前を通過するような位置関係となっている。
ユミはそのままbarへ担ぎ込まれ、テーブル席の椅子に降ろされた。上半身を起こしているのすらキツく、テーブルに額をつける形で突っ伏した。
「なにをどうしたら、ユミちゃんがこうなるの……」
アヤメはかなり困惑しているようだった。
「アヤメさんモ夜食食べますカ?」
「え? 食べる」
「ガッツリ?」
「うん。ガッツリ」
「分かりましタ」
シュンレイはバーカウンターの向こう側で料理をし始めた。アヤメはその間、テーブルに突っ伏していたユミのアタマを優しく撫でていた。
しばらくすると、シュンレイが3人分の食事をテーブルまで運んできた。
ものすごくいい匂いがする。ユミはムクリと起き上がった。
そして、目の前に並べられたのは豚のしょうが焼き定食だった。白米、生姜焼き、サラダ、味噌汁、漬物。最高か。
「いっただっきまーす!!」
今日も元気なアヤメの声。ユミもいただきますと手を合わせ食べ始めた。
「沢山食べてくださイ」
「任せろー!」
たぶんそれはアヤメに言ったのでは無いのだろう。ユミも小さく頷き、もりもりと食べ完食した。
***
「ねぇ! 一体何があったの!? ユミちゃんが動けなくなるって、しかも40分とかそこら辺でしょ? シュンレイなにしたの!?」
「ただ手合わせしただけでス」
「そんな馬鹿な!!」
食べ終わって一息ついたところで、アヤメは話を切り出した。
食べてエネルギーが回復したようでユミもしっかりと椅子に座っていられるくらいにはなっていた。
「ユミさんは受身が苦手なようなのデ、今後の手合わせは私がたまに代わりまス」
「えっ!? ダメ! やだ!」
「アヤメさん。楽しいことを独り占めすルのはよくありませン」
「ぅぅううう」
アヤメは項垂れている。
「という事ですかラ。ユミさん、たまに私とモ手合わせしテ受身を練習しましょウ」
「はい。分かりました」
「ううぅ。ユミちゃんを盗られた……」
しおしおと元気を無くすアヤメの姿が、なんだか可愛らしくて、ユミはクスッと笑ってしまった。
今後はアヤメとの訓練の他にシュンレイとも手合わせする事が決まった。アヤメとは全く異なる指導なので、学ぶことも多そうだ。時間を割いてもらえることに感謝する。
少しでも強くなって憧れのアヤメに近づけるよう頑張ろうと、ユミは改めて感じた。