「ちなみに、ユミちゃんを捕獲する仕事はAランクだったよ」
「え゛……」
変な声が出てしまった。ついでに飲んでいたアイスティーが気管に入ってしまい、ユミはゴホゴホとせき込む。
確かに捕獲された時、殺し屋を名乗ったフードの少年は仕事だから殺しに来たのだと言っていた。だが、まさか一般人だった自分を捕獲するのがAランクの難易度とは思わなかった。最近の自分の仕事がBランクなのだ。それよりもランクが上というのは驚きだった。
「ぶっちゃけ、ユミちゃんって最初からその辺の殺し屋より強かったからね。他人を殺すことに迷いもなかったし」
「……」
シエスタはニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて言うが、ユミは一切笑えなかった。
武器であるチェーンソーが凶悪だったという事にしておくことにする。
「あぁ、そうそう。店所属の専属プレイヤーにとっては、仕事は店主から定期的に割り振られてくるっていうのもあって、ランクはあまり気にならないけど……。今日ここにいる彼等の様な野良のプレイヤー達からすると結構センシティブな話になるからねぇ。気を付けて」
「そう……なんですか……?」
あまりピンとこない。センシティブな話というのはどういう事だろうか。ユミは首を傾げる。
「他の仲介の店で仕事をもらう時にも、このランクがある意味、免許のような意味合いで実力の証明になる。ランクによって受けらる仕事が異なるから、低ランクだと中々厳しい生活になるんだよね。思うように仕事を貰えなくなってしまったりする」
「成程……」
本当にゲームの様だ。冒険者ランクを上げないと、難易度の高いクエストは受けられないというのと同じようなものなのだろうとユミは想像する。
「ただねぇ。厳しい話なんだけれど、実はこのランクって下がることもあるっていうのには注意かな。失敗を繰り返すとランクって下がるんだよ」
「え……。そんな……」
ユミが想像するよりずっとシビアな世界だったようだ。ゲームの様に優しくはないらしい。
「野良プレイヤーのランクや実績って、仲介業者間で秘密裏に共有されているから、ランクが下がるとどこへ行っても良い仕事はもらえなくなったりとかあるみたい。実際ランクを証明する物理的な物はないし、照会もできなくて、唯一自分のランクがわかるのが、依頼資料の右上の文字だけっていうのも、なかなかえぐい話」
「そうなんですね……。シエスタさんはとても説明が分かり易くて助かります」
「いや、アヤメさんがざっくり過ぎるんだって。戦闘面以外、あの人の説明は雰囲気だけだから」
「確かに」
ユミは、アヤメが一生懸命身振り手振りを交えながら、説明を頑張っている様子を思いだして、クスッと笑ってしまった。
「ちなみに、2か月前まで一般人だったユミちゃんが、Bランクってすごいことだよ。比べることもないだろうし、普段見てるのがSSランクのアヤメさんだから、あまり自覚できないと思うけど」
「SSランク……。アヤメさんかっこいい……」
「あはは。ユミちゃんはアヤメさん好き?」
「はい! とても!」
心の底から尊敬している。あんな人になれたらいいなと思うくらいには好きだなと思う。
「あ、そうだ。その、
ユミは長らく気になっていた疑問をシエスタに投げてみた。今更聞けないとまでは言わないが、話の腰を折るのも違うと思って、なかなか聞けずに来てしまった部分だった。
「あー。それねぇ。実際ちゃんと定義分かってて使ってる人も少ない話なんだけど、簡単に言えば、法で守られているかどうかっていうのが線引きかなぁ」
シエスタはそう言って考え込む。言葉を選んでいるのかもしれない。しばらく思考した後、シエスタは口を開いた。
「あまり上手に説明できるかわからないけれど、俺なりに説明するね。
ユミは頷く。あまり法など気にしたことがなかったので、成程なと感じる。
「それで、
今まで自分は
一般人と黒の線引きは法だとシエスタは言った。普段生きていて、法なんて気にする場面は無かった。悪い事をしたら捕まるというイメージしかユミには無かったが、シエスタが言うように、法は一般人を守るためにあるのだと理解した。つまり、自分はもう法では守ってもらえない存在なのだと理解する。
「黒落ちやグレー落ちするラインは、終身刑や死刑に該当するレベルの犯罪を犯す事ってことかな。もう、一般人として生きていけるラインから外れる事を意味するねぇ。また、法で認められていない仕事をして生きている人間のことを
2ヶ月前、自分は無差別に8日間で28人殺しているのだから、当然
「次に、グレーについてだけど、ここはちょっと微妙なんだよねぇ。中途半端な人間っていったらいいのかなぁ。例えば反社会的勢力とかもグレーと言われるし、生まれつき戸籍がないだけの罪を犯していない人間もグレー。一般人の肩書を持つ人間のうち、犯罪を犯しているが証拠不十分等で裁くことができない人間もグレー。白とは言えないし、黒とまではいかない人達が一括でグレーってイメージかな。人によっても定義は微妙に異なるかもしれない」
「思ってたより複雑でした……。ありがとうございます」
「いや、かまわないよ。気になることがあれば何でも聞いていいから」
シエスタという人間は優しい頼れる先輩のような人なのかもしれない。面倒見がいいのかなと思う。
信用するにはあまりに笑顔が怪しいため、心を許すという事はできないが、少なくとも敵意はなさそうに見えるので警戒する必要はなさそうだなと感じた。
「あぁ、そうそう。1つ補足。
「なんだか、怖いところですね……」
「ちなみに、ユミちゃんは、初日に一般人3人殺してるから」
「え……」
寒気がした。
「まぁ、その辺はシュンレイさんが色々やってくれてるから気にしなくて大丈夫みたいだよ」
「そう……なんですね……」
とんでもない事実を聞いてしまった気がする。
というより逆に、28人中一般人は3人だけだったという事だろうか。
怖くてこれ以上聞けないが、他の25人は、黒かグレー……?
一体何が起きているのか。自分は無差別に殺していたはずなのに……?
そういえば、たまに反撃しようとする人や上手に逃げようとする人がいた事を思い出す。当時、変だなと感じた。普通の人間が、即座に反撃したり逃げたりと出来るだろうかと。ただ、その違和感のある行動をとった人物が黒だったとしたら、納得できそうだ。
この殺伐とした社会で生きている人間であれば、危機を常に想定している可能性が高い。心構えから異なるのだろうから、咄嗟に反撃したり逃げたりと体を動かせたのだろうと推測できる。
また、2日目以降の被害者が黒かグレーだったという事から、もしかするとこれが警察に目を付けられていたという事なのかもしれないと何となく思う。
一般人に被害を出さないようにするために調整されていたのではないだろうかと。
そう思った瞬間肝が冷えた。
「本当に怖いところだから気を付けようねぇ」
「はい」
シエスタが言うように、きっとシュンレイが裏で何かしているのだろう。現状お咎めなしとなっているには理由があるはずだ。
今後は一般人には絶対に危害を加えないように、気を付けなければと思う。
ユミはアイスティーを口に含み、甘さを味わうことで気を紛らわせることに専念した。