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2章-4.再会(1) 2020.10.22

「えっと……これで32人全員かな……?」


 ユミは振り返り死体を数えていく。念の為1人1人顔を確認し、漏れがないことを再チェックする。古びた蛍光灯に照らされた簡素な事務所。部屋の至る所に血液をどくどくと流し続ける死体が散乱している。


 チンピラのような男や、刺青を入れた女、スーツ姿の屈強な男、病的なほど痩せこけた女等、様々な人間が集まっていた。この集団の目的など、ユミは何も知らない。仕事の内容は建物内部の32人を殺害すること。それだけだった。

 特に驚異となるような人間はおらず、ナイフや銃を持った普通の人間ばかりだった。ユミにとっては、危ういこと等一切なく、一方的な殺戮だった。5階建ての古い小さな雑居ビルを完全制圧したことを確認すると、ユミは階段を降り建物出入口へ向かった。


***


「ただいま戻りました」


 ユミは建物前で待つアヤメに報告する。アヤメは、引き継ぎの人と思われる、ひょっとこの面を被った人間と談笑していた。


「ユミちゃんお疲れ! 派手にやったねー!」

「お疲れ様です」


 ニコニコしながら手を振るアヤメと、深々とお辞儀をするひょっとこの面を付けた引き継ぎの人に出迎えられる。今日の引き継ぎの人は、声と体格から男性だなと推測する。


「終了の報告しちゃうねー」


 アヤメは早速スマートフォンで電話をかけ始めた。アヤメがシュンレイに完了の報告を入れて仕事は終わりだ。これがいつもの流れである。


 最近では、ユミは数日毎に1件ずつ、比較的簡単とされる仕事をアヤメの力は借りずにこなしていた。特に失敗もなく順調に進んでおり、慣れもでてきた。

 基本ユミに割り振られる仕事は殲滅の依頼で、今日のような物が多い。見習いの期間は、1人では仕事を出来ないという規則があり、出番は無いがアヤメが必ず現場に立ち会っている。


 引き継ぎの人はユミにヒラヒラと手を振ると建物の中へと入っていった。ユミは会釈をして彼を見送った。

 どうやら引き継ぎの人達は、ユミ達の仕事に不備がないかのチェックや、後始末、調査報告、場合によっては情報の抜き取りや破壊などを行っているという。

 アヤメ曰く、お互い大事な仕事だからリスペクトが大事! との事だった。その通りだとユミも思う。自分には情報を探ったり調査報告をするのは厳しいなと感じる。得意なことだけをやらせてもらっている事に感謝だ。


 チェーンソーをソフトケースにしまい背負う。返り血を浴びないように努力はしているが、狭い場所だとなかなかそれも難しい。

 最初に比べかなり返り血は減ったが、それでも黒のTシャツはべちゃべちゃだった。アヤメのように返り血ひとつないような、華麗な仕事が出来る日は遠そうだなと感じた。


「ユミちゃんは今日はこのまま帰るでしょ? 私ちょっと実家に用事があって行かなきゃ行けないんだー。だから、ここで解散! また明日ね!」

「はい。ありがとうございます。また明日」


 アヤメの今日の服装はいつもの可愛らしいものではなく、パンツスーツ姿だった。これからあるという予定のためだろう。ユミに笑顔で手を振ると、駅の方へと向かっていった。

 ユミは全身血塗れなので、人に出くわさないよう注意しながら、裏道を使って歩いて戻ることにした。


***


 家に戻ってお風呂と着替えを済ませた後、ユミはbarへ向かった。

 barの扉を開けると、今日は人が多く賑やかだった。そういえば野良のプレイヤーが出入りする日があると前に聞いたのをユミは思い出した。通常のbarと同様に営業しているらしく未成年の自分はかなり場違いな気がしてしまう。

 カウンターの方へ目を向けるも、シュンレイの姿は無い。どうしたらいいだろうかと、ユミはキョロキョロしながら立ちすくむ。


「ユミちゃん、こっち!」


 急に名前を呼ばれ、ユミは声のする方を見る。するとそこには、茶髪の青年シエスタがカウンター奥におり、ユミに手を振って居た。

 ユミは呼ばれるまま、カウンターの方へ行くと、座るように指示されたのでカウンター席に着いた。シエスタは、ユミにA4サイズの茶封筒を手渡す。


「久しぶり。もう仕事は慣れた?」

「はい。お陰様で慣れてきました」


 ユミは返答し封筒を受け取る。この封筒には次の仕事の資料一式が入っている。仕事終わりに次の仕事の資料を受け取るのが、ユミの最近のルーティーンになっていた。


 今までの生活とは全く異なる生活をし始めて約2ヶ月が経った。気がつけば季節もいつの間にか秋に変わり、日も短くなってきている。だいぶ慣れたなと改めて思う。

 また、この2ヶ月は、怒涛の2ヶ月だったように思う。それでも何とかやってこれたのはアヤメのおかげだろう。いつでも笑顔で明るく迎えてくれる彼女がいたからこそ、自分も頑張れているような気がする。


 シエスタと会ったのは、2か月前ユミが捉えられた時以来だったなとふと思い出す。あの時は直ぐに眠らされてしまったので、話すのはほぼ初めてに近い。

 正直シエスタという人間がどんな人なのか全く分からない。気さくに話しかけられたので自然に答えたが、どう接していけばいいのか分からないのが現状だ。ニコニコと笑顔を自分へ向けるシエスタを見て、相変わらず偽物っぽい笑顔だなと思った。


「せっかくだから飲んでいきなよ」

「あ、いえ、私お酒飲めないし……」

「あはは。流石に未成年にお酒は出さないって。普通のアイスティーだから飲んでって」


 ユミの前に、細めの円柱型のグラスに入ったアイスティーが出される。


「いただきます」


 ユミは素直にアイスティーを受け取り、ストローでクルクルとかき混ぜた。すると、カランカランと氷の音が鳴り、その涼し気な音に癒される。

 また、1口飲むとフルーツの香りが一気に鼻を抜けていった。いくつかのフルーツが入っているのだろう。華やかさのある甘みが疲れた体に染み込んでいく感じがする。


「ユミちゃんは、もうBランクの仕事をしてるんだねぇ」

「へ?」


 シエスタにそう言われて、なんのことか分からずにユミは首を傾げた。


「封筒の右上に手書きでBって書いてあるでしょ? それが仕事の難易度を示してるんだよ。アヤメさん教えてなさそうだな……。まぁ、あの人はランクとか気にしないか……」


 シエスタに指摘されて、渡された封筒を改めて見てみる。すると確かに指摘された通り封筒の右上に小さくBの文字が書かれていた。


「上からSS、S、A、B、Cと続いて、Gランクまである。Bとなると、一人前の単独のプレイヤーがこなすようなレベルくらいかなぁ。ちなみに、プレイヤーにも同様のランク制度があって、同等ランク以下の仕事しか受けることができないから、ユミちゃんは少なくてもBランク以上という事だね」

「成程」


 これはまた、ゲームや物語の設定でよく見るような話だなと、ユミは思う。仕事をこなしていけばランクアップとかあるのだろうか、昇級試験とか。よくわからないが、順調に成長できているのかなと感じた。


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