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2章-1.見学(3) 2020.8.21

 その後も、銃口を向けてきたり、刃物で切りかかってくる人間をサクサクと刈り取りながらアヤメはどんどん進んでいく。

 隠れている人間も、襲ってくる人間も、逃げ惑う人間も。全て漏れなく殺していく。


 一体この施設は何なのだろうか。外から見れば大型の箱状の建物で、研究所か、倉庫か、工場かにみえた。だが、これだけの人間が夜中にもかかわらず待機している。それに、銃や刃物を所持しているのだから、普通の警備員ではないと分かる。

 一体何を守っているのだろうか。明らかに戦闘要因では無い人間もおり、謎が深まる。

 内部の部屋構成と様子から、研究施設兼工場なのだろうと予測できた。


 途中事務所のような部屋もあり、明らかに悪そうな見た目の人間が溜まっていた。扉を開けた瞬間、全員戦闘態勢で一気に向かってきたものの、もちろんアヤメが一瞬で片付けてしまったのだが。


 アヤメの説明によれば、任務の範囲としては、21時から24時までの間に内部の人間を一掃できればいいらしい。それ以外はアヤメも知らないという。

 アヤメが任務の詳細を一切気にしていないことから、気にする必要は無いのだろうとユミは感じた。むしろ依頼主の目的は、探ってはいけない類の物かもしれない。


 最上階の4階にたどり着いたところで、アヤメはピタリと止まった。


「やっと仕掛けて来たねー。待ちくたびれちゃったよ」


 アヤメはそう言いながら、淡々とワイヤーを追加で複数展開していく。


 どこだろうか。敵の姿は見えない。ただ、この階層に足を踏み入れた瞬間に、フロア全体が異様な空気に変わった。

 結界の中に入ってしまっただとかそんな印象である。ねっとりと絡みつくような空気。呼吸もしにくいように感じる。


 近くの壁面に設置されているフロアガイドを見る。いくつかの大部屋が並んでおり、全て会議室のようだ。そして、一番奥には一際大きな会議室がある。きっとそこだろう。そんな気がした。


 アヤメは大会議室の扉をワイヤーで切断破壊し、中へ踏み入れる。ユミもそれに続く。

 消灯された会議室の中央には、案の定2つの人影があった。


 会議室壁面には広く窓が設けてあり、ブラインドが降りてはいるものの敷地内街灯の白色の光が差し込むため、薄暗いながらも室内の様子は十分に捉えることが出来た。

 とはいえ、さすがに顔や細かい部分は見えない。大まかな体格がわかる程度だ。また、机やイスなどは全て壁際に片付けられており、大空間が広がっていた。お誂え向きのステージのような、そんな気がしてしまう。


「ごめん、ユミちゃん。下がってもらった方がいいかも」

「了解です」


 ユミはアヤメの指示の元、アヤメの近くから離れ入口ドア付近まで下がる。アヤメは部屋を入った時から真剣な顔付きで2つの人影を凝視していた。


「おかしい……」


 アヤメは小さな声で呟く。そして静かに腕を動かしワイヤーを振るった。その瞬間、2つの影もそれに合わせるように動き出した。


 速い。

 人間とは思えないような速度で、それぞれの角度からアヤメに近づく2つの影。

 アヤメは変わらず舞うように敵の攻撃を躱しながらも同時に攻撃を繰り出している。


 敵は暗器使いだろうか。刃物や針状の武器を持ち、切りかかったり投げたりと、多彩な動きで攻撃を繰り出す。

 時には足元や服の内側等からも小さな武器を取りだし、流れるような動きで攻撃まで繋げている。洗練された動きだった。

 とは言え、アヤメの方が遥かに優勢だった。1対2の構図ではあるが、明らかな格差がある事を素人のユミがみても分かってしまう。実力差があまりにもあり過ぎる。


 2つの影たちは、絶妙な連携を取りながら攻防を繰り返していたが、突然片方の影が、アヤメの背後の死角に回り込み、首筋を狙って切りかかる。


「それは軽率」


 アヤメのその言葉と同時に、背後にいた影の胴体が2つに切断され、アヤメの足元の床に落ちた。

 暗器を多数忍ばせているからだろうか、どさりと重量の感じられる音がした。

  服も含めて上半身と下半身のちょうど真ん中あたりでスパッと切断されていたが、吹き出す鮮血は相変わらずアヤメには一滴もかからなかった。


 もう、決着だろう。

 連携があったからこそ成り立っていた攻防戦だった。片割れが死んだのであれば後は消化試合。万が一にも勝つ可能性がない事を敵側も分かっているはずだ。

 しかし、敵は変わらず闘争の意志を続けている。こうなれば逃げるという選択肢だって十分にあるのに。

 何か変だ。何が変か説明するのは難しいが、違和感があった。

 ユミは、何かしっくり来ない気持ち悪さを覚えながらも、残された1つの影を注視した。


 影はゆらりと動く。そして次の瞬間、真正面からアヤメに突進してきた。


 何で?

 と、ユミは困惑する。そんな行動はただの自殺行為だ。


 自暴自棄になった?

 いや、それにしては衰えない闘争心の説明がつかない。気持ち悪い。


「え?」


 しかし、そんなアヤメの困惑した声に、ユミの思考は強制終了させられた。

 ユミも異常事態に気が付き、血の気が引く。


 何で? 何で何で何で何で?

 意味不明意味不明意味不明!!!


 ユミは反射的にチェーンソーのアクセルを全開に押し込み駆け出していた。


「どうして……」


 意味が分からない。

 ユミの目に飛び込んできたのは、真っ二つにされた死体の右手が、アヤメの右足首をがっしりと掴んでいるという信じ難い光景だった。


 アヤメは向かってくるもう1人に対して、攻撃を躱しながら処理するつもりだったのだろう。それに、アヤメのワイヤーは体全体を使って動かすものだ。軸足を固定されてしまえば威力も速度も下がるのは明らかだ。

 さらに、今から攻撃の軌道修正など常識的に考えて不可能に近い。アヤメならある程度はできてしまうとは思うが、それでもっ!


 ユミは勢いのままに、アヤメの背後に飛び込み死体の背中を右足で踏みつける様に着地した。

 固定は完了だ。後は思いっきりチェーンソーを振るうのみ。


 ブォォォォォォオオオン……


 ユミのチェーンソーが唸りを上げ、死体の手首を一気に切断する。切断を視界の隅で確認したのち、そのままの勢いでユミは飛び退いた。

 アヤメも同時にユミとは逆の方向へ飛び退く。直後、スレスレのところを影が通り過ぎて行った。


 何なんだ。

 死体が動いた。

 何かに操られていた?


 第三者がいるのだろうか。

 いや、近くにそれを可能にする様な気配は無い。

 片割れの方も死体を操るような素振りなんて一切なかった。

 未だにアヤメの足首にはしっかりと手首が着いている。

 死後硬直で固くなってくっついているのか。

 原理が全く分からない。


 影は、ゆらりとまた動く。そしてユミの方を見た。


 来る。


 ユミはチェーンソーを構えた。

 あの獣のような速さに自分は対応できるのだろうか。自信など無いがやるしかない。ユミは覚悟を決める。


 しかし。


「それは絶対許さない」


 アヤメのそんな冷たい声とともに、影は一瞬でその場で細かくバラバラになって崩れ落ち、ユミの所まで攻撃が届く事は無かった。


「ユミちゃんありがとう」


 アヤメはそう言って、ユミに駆け寄り、ユミを抱きしめた。小柄なアヤメが長身のユミに抱きつくような状態ではあるが、ユミは抱きしめられたと受け止め、心がほぐれるような感覚を噛み締めた。

 実際問題、ユミが手を出さずとも何も問題はなかったのかもしれない。それでもアヤメのありがとうという優しい声で、動いて良かったのだと、そう感じた。


「アヤメさん、足の……」

「うぇ。まだ付いてる。気持ち悪い」


 アヤメは足首を上げ、未だに足首を掴んでいる手首を掴む。なかなかしっかりくっついているようで、簡単には取れない。指の部分を1つ1つ剥がすようにして、ようやく取り外すことが出来た。


「もう。最悪!」


 アヤメは手首をその辺にポイと捨てた。掴まれていたところには、しっかりと手の後が赤く残ってしまっている。かなり強い力だったのだろうと推測できる。


「さて、最後にあそこ」

「はい」


 アヤメが指さす先は、会議室内の小さな倉庫だった。備品や予備の椅子などが仕舞われているだろう小部屋だ。アヤメは倉庫の扉を破壊する。すると中には体を小さく丸めて物陰に隠れるスーツ姿の大柄な男の姿があった。


「バイバーイ」


 アヤメは笑顔でそう言い放つと、男の首を落とした。


***


「あ! もしもしー? お仕事おわったよー」


 アヤメは歩きながら電話をかけている。シュンレイへの報告だろうか。建物から出て、2人は敷地内のロータリー周りの歩道を歩いている。

 時刻は23時半。来た時と変わらず静かな場所だ。2人の姿も、来た時と変わらず返り血ひとつない綺麗な姿だ。ただ、1箇所、アヤメの右足首の手の跡を除いて。


「了解! じゃ、また後でね!」


 アヤメはそう言って通話を切った。敷地の門扉のところまで戻ってくると、門扉前に人影が見えた。敵対心は無いようなので構えることは無かったが、こんな所にこんな時間、一体何者だろうか。

 アヤメの姿を見るも特に驚くといった様子は無い。


「あ。あの人は引き継ぎの人だから大丈夫だよ」


 ユミの視線に気がついて、アヤメが答えてくれた。


「引き継ぎっていうのはね、なんて言うのかな、分業制の次の人的な」

「成程です」


 恐らくこの仕事は、複数の人間で行うのだろう。自分たちは戦闘に特化した部分を担当し、その後調査や後処理などは別の人が行う等。

 門扉の前に立つ人が実際に何をやるかは不明だがここでバトンタッチをするという事で間違いなさそうだ。


「こんばんは。お疲れ様です」


 門扉前に立つ人物は、2人が近くまで来るとそう言って深々と頭を下げた。狐のお面を付け、黒いマントを着ている。かなり怪しい見た目だった。

 声と大まかな体格からして女性だろうとは予想はつく。


「あ、この人の見た目ね、めっちゃ怪しいけど、引き継ぐときの印みたいな感じなの。紫のラインの入った狐のお面ってさっきシュンレイに電話した時に教えて貰ってて」


 ユミは頷いた。恐らく、仕事が終わったタイミングでシュンレイに報告し、同時に引き継ぎ先のわかりやすい特徴を教えてもらうのだろう。間違った人に引き継いだり、敵と間違われないようにするための工夫なのかなとユミは読み取った。

 狐のお面の人物はすれ違う際に、軽く会釈をし、ユミ達と交代で建物へと入っていった。ユミはチェーンソーをソフトケースにしまい背負う。アヤメもワイヤーを片付け手袋を外した。


「初仕事ご苦労様だねっ! 帰ったら夜食を食べて、お風呂入って、寝るぞー!!」

「はい!」


 2人は来た時と変わらず、楽しく話しをしながらbarへと帰って行った。

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