「とりあえず今日は、ユミちゃんは見学ね!」
隣を歩くアヤメが言う。これから仕事をしに目的の場所へ向かうところだ。21時過ぎ。すっかり日も暮れて、周囲には一切人の気配がない。
今日は一日中アヤメと2人で買い物をしていた。ついでにアヤメ一押しのパンケーキ屋にも連れて行ってもらい、お腹いっぱいスイーツを堪能した。
荷物はコインロッカーに預けており、今は武器しか持っていない状態だ。
朝受け取ったチェーンソーはギターケースに扮したソフトケースに隠している。背負う形なので両手は空いており非常に動き勝手がいい。
また、傍から見ればバンドマンに見えるだろう。まさか中身がチェーンソーとは思うまい。
「私の武器はね、ワイヤーなんだ! あんまりよく見えないと思うけど、見ごたえはあるからっ!!」
目的の場所付近に辿りつくと、アヤメはそう言って準備を開始する。黒い手袋を付けて、巻かれていたワイヤを一気に広げた。
「っ!!!」
その瞬間、ユミは突如襲ってきた張り詰めた空気に思わず息を飲む。気温が一気に下がったような、全身を針で刺されるような感覚だった。
ワイヤー1本1本がアヤメの手足のようなものなのだろう。射程範囲内という事を肌で感じる。
「ユミちゃんは感覚が鋭いんだね。もしかしてこのワイヤー見えてたりするのかな?」
ユミは周囲を見渡す。目視はできなかったが、何となくそこに糸が張り巡らされているような感覚がした。照明の近くでは時折キラッと光るものが見えるので、そこにはワイヤーがあるのだろうと思う。
「今日はね、この建物にいる人間を皆殺しにするお仕事。ユミちゃんはずっと私に触れるくらい近くにいてね」
ユミはこくりと頷いた。
「一応ユミちゃんも武器を持ってて。万が一もないんだけど、持ってた方が色々と分かるものがあるから」
ユミはギターケースからチェーンソーを取り出し、手際よくエンジンをかけ準備を整えた。そして、アヤメが張っているワイヤーを避けながらアヤメの隣へ向かった。
***
ここは、駅からも少し離れた工業団地にある、1つの大型建物の敷地入口門扉前である。21時を過ぎると従業員の姿は全くなく、街灯の明かりがぽつぽつとあるのみとなるため、人間が歩くには非常に暗かった。夜間に人間が歩くことを想定されていないのだろう。
車道の幅も太く大型車が余裕をもって行き来できるように設計されている。
アヤメは門扉をひょいと乗り越えていく。ユミも後に続いて乗り越えた。門扉の先には車の寄り付きのためのロータリーがあり、その脇の歩道を歩いていく。
歩道の脇やロータリーの中央には植栽が美しく保たれており、手入れが行き届いているようだった。
2分も歩かないうちに建物のエントランスにたどり着く。
入り口の透明ガラスの自動ドアは、前面に立つも当然開かない。当然のように施錠されている。
「えい」
アヤメがそう言って左手で前方を払うように動かすと、扉のガラスに亀裂が入り、ガシャンと音を立てて崩れ落ちた。ワイヤーで切ったのだろうとは思うが、どんな原理かは、ユミにはイマイチ分からなかった。
2人は割れたガラスを踏みながら進んでいく。足元に夜間用の控え目な照明だけが点灯しており、歩くのには困らない程度の照度は確保されていた。
入口正面には受付と思われるカウンターがあるが、当然誰もいない。そのまま受付を過ぎてエントランスホールへ進む。2層吹き抜けのエントランスホールには2階へ続く開放的な鉄骨階段がある。
手すりは透明のガラスでできており、踏み面の素材には木素材が使われている。現代的なシンプルでオシャレな空間だなとユミは感じた。
また、天井を見上げると、有機的な曲線で折上天井が設けられており、照明が点灯したら綺麗だろうなと想像した。
「来たみたいですね」
ユミはそう言ってチェーンソーを構えた。アヤメには見学と言われていたが、敵の気配を前にぼーっと立っている訳にはいかないだろう。
ゾロゾロとこちらに向かってくる人間の気配がする、何人いるだろうか。沢山いてあまり位置と数が掴めない。
「お嬢さんたち、ここで何をしているのかな?」
建物の奥の闇から1人の男がそう言いながら歩いてくる。年齢は60代くらいだろうか、白髪混じりの髪に、黒のスーツを着ている。
ゆったりと後ろに手を組み歩く姿には余裕が感じられる。
「見学! っていったら案内してくれる?」
アヤメはニコニコと笑いながら男性へ言葉を返した。
緊張感が走る。
男もその回答にニコリと笑い返す。
しかしながら直ぐに男は真顔になり、「まさか」と答えて銃口をこちらへ向けた。
「だよねぇ……」
その瞬間、一気に四方八方から銃声が鳴り響いた。アヤメは瞬時にくるりと体を翻しワイヤーを操る。向かってくる銃弾は全て半径3m程度の周囲で撃ち落とされ、キンと音を立てた後足元に転がっていく。
「18人……かな?」
ユミは弾道から人間の位置を把握した。2階に6人、1階に12人いる。自分たちの位置からだとソファーや観葉植物などの物陰に隠れているようだ。
暗所では姿を目視できないような位置から、絶え間なく攻撃されている。非常に統制が取れているように思う。
「お! 大正解! んじゃ、そろそろ行くよっ! よく見ててね!」
アヤメはニコリと微笑んでそう言うと大きく腕を広げ、一気に勢いをつけて半回転した。
その瞬間、周囲から次々にブチブチブチと肉が千切れる音がしたかと思えば、方々で同時に鮮血が吹き上がる。
そして、宙にいくつもの首が舞った。
この時、アヤメは一瞬にして、周囲にいた人間すべての首をもぎ取り殺していた。
エントランスホールで囲まれてから今までの時間を使って、ワイヤーを周囲の人間の首に巻き付けていたのだろうと推測できる。
それをこの瞬間に一気に引き上げることで刈り取ったのだろう。とはいえ、降り注ぐ弾丸を全て撃ち落とす作業と同時並行で成し遂げるのだから、とんでもない技術だと感じた。
また、その光景は、まるで踊っているかのようだった。周りで吹き上がる鮮血さえ舞台を飾る花吹雪のよう。
ユミはその非現実的で異様な光景に目を奪われた。また、圧倒的な美しさに息をのんだ。
「あははははっ!」
アヤメは本当に楽しそうに笑いながら舞っている。宙を高く舞っていた首はべちゃべちゃと次々に音をたてて、周囲に落下していく。
合計18個。しっかり全員分の首が足元に揃った。
しかし、これだけのことをしても、ユミとアヤメには一切返り血が飛んでいなかった。血だまりに落ちた首で跳ね返る飛沫を含めても、1滴たりとも飛んでいない。
「せっかくのお出かけ用のワンピースを汚すわけにはいかないからねっ!」
アヤメは得意げに言う。その様子がなんだかおかしくて、ユミは思わずクスっと笑ってしまった。