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2章-1.見学(1) 2020.8.21

「ユミちゃん! おはよーー!!!」


 ドアの向こうから元気なアヤメの声がした。

 昨晩、明日は10時に迎えに行くよ! とアヤメに言われて別れて以来だ。ちょうど10時にアヤメがユミの元へ訪問してきたようだ。


 ユミは、木造アパート2階の一番端に位置するワンルームの部屋にいた。そのアパートは、昨日連れてこられたbarの近くにあり、かつてアヤメが住んでいた場所らしい。

 最低限の生活必需品は既に一式そろえられていた。この部屋を今後は使うようにと指示され、そこでユミは一晩を過ごしたのだった。


「はい。今行きます」


 ユミは返事をして玄関に向かった。

 洋服もアヤメの服を借りた。フードが付いた白の半そでのロングパーカーにジーンズのショートパンツ、黒の20デニールのタイツを履いた。

 靴はさすがにサイズが合わなかったため、シュンレイから渡された運動靴をありがたく使わせてもらっている。


 玄関ドアを開けると、そこにはニコニコと笑みを浮かべるアヤメの姿があった。こげ茶色の髪は今日は降ろしていて、そよ風でふわふわとなびいている。

 癖毛なのか少しウェーブがかかっており、少しだけ差し込んだ日差しをキラキラと反射していた。クリーム色のゆったりとしたワンピースに白のカーディガンを羽織っている。

 足元は夏らしく白のサンダルだった。昨日のスポーティーな印象とは異なり、とても可愛らしい。


「おはよ! とりあえずシュンレイの所にいって朝ごはんだ!」


 アヤメは笑顔でそう言うと、くるりと方向転換をしてアパートの外部階段を下りていく。ユミも玄関の鍵を閉めてからアヤメのあとに続いた。


 昨日は暗くてあまりよく見えていなかった周囲を見渡してみる。木造アパートの外観は汚くはないがそれなりに年季が入っているようだ。

 一方で内装は非常に綺麗なため、改装されているのだろうと思えた。また、アパートは車1台も簡単には通れないような狭い通りに面し、他の低層の木造の建物と密集して建てられていた。

 そのせいか日の光はあまり入ってこず、昼間でも少し薄暗い印象だった。


 少し歩くと、昨日連れてこられたbarの入り口と思われる部分が見えてきた。barは地下にあり、そこへ続く下り階段が見えている。


 そこへ向かうのだろうかと思っていたが、アヤメは地下への階段には見向きもせず、弾んだ足取りでずんずん進んでいく。

 そのままアヤメについていくと、少し大きめの道路に出た。barがあった建物の正面側に出てきたようだ。

 という事は、barの入り口はこの建物において裏口のような扱いなのだろうか。よく分からないが建物入り口は確実にこちらの道路に面した正面側で間違いないなと感じた。


「昼間はね、こっちの雑貨店の方にいるんだ~」


 アヤメはそう言ってbarがあった建物の1階の店の扉を開けた。

 店の扉にはclosedの看板が掛かっていたが、アヤメは一切見る事もなく堂々と扉を開けて進んでいった。


 チリンチリンと扉に付けてある鈴が鳴る。狭い店内には所狭しと小物が陳列されている。中華系のアンティーク小物のようだ。

 それらは独特の怪しげな雰囲気を醸し出している。店内の照明も明るいとは言えず、小さな窓から差し込む夏の日差しが一際眩しく感じた。


 何と言うか、とても……。

 怪しすぎる……。


 このお店に入って買い物するにはなかなか勇気がいるだろうなと、ユミは感じた。


 雑貨店内の狭い通路を進むと、会計用のカウンターと思われる小さなテーブルが設けてあり、そのテーブルの奥に明らかに店員しか入ってはいけないような扉があった。案の定アヤメは何の躊躇いもなくその扉を開けていく。


 その先へ踏み入れると、奥は居住スペースだった。キッチンとキッチンカウンター、奥にはローテーブルと、ローテーブルを囲むようにL字型の4人掛けソファー、それと入り口すぐの所には2階へ続く階段があった。

 こちらの内装は特に中華風というわけではなく一般的な日本のダイニングだなと感じられる雰囲気だった。


 アヤメが進んでいく先にあるローテーブルには、朝ごはんと思われる皿が並べられている。


「ユミさん、おはようございまス」

「あ、おはようございます」


 シュンレイが2階から階段を下りてきた。今日も変わらずチャイナ服を着ている。

 ローテーブルに並べられたこのご飯達は、全てシュンレイが作ってくれたという事なのだろうか。

 少し意外である。作っているところをあまり想像できない。


 アヤメは既にローテーブルのソファーに着席している。だが、よく見ると2人分の朝食しかない。


「私は既に食べてますかラ。ユミさんとアヤメさんの分でス」


 ユミはアヤメに続いてローテーブルのあるソファーに座った。

 目玉焼きに、ハムに、サラダに、コーンスープに、トースト。こんなにしっかりした食事は久々かもしれない。ここのところ、食事なんて一切気を使っていなかった。何かしら食べたとは思うが、全く思い出せないほどだ。


「いっただっきまーす!!」


 アヤメの元気なあいさつと同じようにとはならないが、ユミも静かにいただきますと言い、食べはじめた。


***


 ちょうど朝食を食べ終わるころ、席を外していたシュンレイが戻ってきた。

 手にはユミのチェーンソーとスポーツバックがあった。


「とりあえずメンテナンス等はしておきましタ。燃料のタンク等もこちらに入れましタ」


 ユミはすぐに立ち上がってシュンレイのもとへ行き、それらを受け取る。スポーツバックの中にはチェーンソー用の燃料やオイルなど必要なものがそろえられていた。

 また、自分でメンテナンスするための簡易的な道具も入っていた。


 住んでいた家に全て置いてきてしまったのでどうしようかと思っていたが、カバンの中身を見てホッとする。

 チェーンソーはよく見ると歯が新しいものに付け替えられている。掃除もされており、燃料を入れればすぐに使える状態だった。


「アナタの武器ですかラ。ご自身でモ確認してくださイ」

「はい。ありがとうございます」


 ユミはその場でチェーンソーを確認する。特に問題はなさそうだ。というより、完璧だった。


「シュンレイは武器屋も趣味でやってるから、必要な部品調達とか含めて色々依頼できるんだよ~!」


 アヤメは得意げに言う。シュンレイという人物は、非常に器用な人間なのだろう。

 豪華な朝食を作る技術に、武器の整備。どちらもそれなりに知識と技術が必要な物であり、一朝一夕でできる物ではない。

 より一層人物像が掴めない。謎が深まるばかりだった。

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