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1章-4.選択 2020.8.20

「うっ……」


 頭が割れるように痛い。うっすらと瞼を開けると、木素材の床が見えた。薄暗いせいかあまりよくは見えない。


「目が覚めましたカ?」


 ユミはその声にハッとする。一瞬にして記憶が蘇った。慌てて体に力を入れ跳ねるように飛び起きた。


「キャァッ!!!?」


 しかし、咄嗟に付いた手の下に体を支えるような床面はなく、思いっきりバランスを崩しユミは床に転げ落ちた。

 どうやら椅子を2つ繋げただけの不安定な狭いスペースに寝かされていたようだ。見上げるとそこにはファミリーレストランにあるようなテーブルがあり、自分が寝かされていた椅子の正面には見知らぬ男が座っていた。男は座ったまま、地面に這いつくばるユミを無表情で見ていた。


 ユミは自身が寝かされていた椅子に掴まり、よろよろとよじ登るようにして男の向かいの席に座った。このテーブルの向かいに座る人間をしっかり見なければならない。しっかりと座り直して、正面の男を見る。

 服装からして中国人だろうか。暗いため正確ではないが、少し緑みがかった黒い生地に金の刺繡が入った男性用チャイナ服を着ている。その上にゆったりとした黒色の上着を羽織っていた。

 また、先ほど床に転んだ際に、下半身は白色のズボンをはいていたのを見て覚えている。


 目は糸目で瞳は見えない。髪の色は黒で、パイプ式のタバコを吸っている。左の耳にのみ派手なアクセサリーを付けており、そのアクセサリーには小さな鈴と思われるものが1つぶら下がっていた。

 年齢はよく分からない。自分よりは年上だろうという事は分かるが、20代なのか30代なのか、はたまた40代なのか。年齢不詳とはまさにこういうビジュアルの人間なのだろうと思う。


 体格は非常に大きいと思われる。座っているため正確には分からないが、身長は180センチメートルを軽く超えているのではないだろうか。床から見上げた時、その男は足を組んでいたのだが、テーブルの下ではとても窮屈そうな印象だった。

 正確な肉付きはゆったりとした服のせいで分からないが、細身と思われる。手足も長く全体的に細長いと感じた。


 それら全てを見て思うのは、何と言うか、明らかに胡散臭い。

 胡散臭いを詰め込みに詰め込んだビジュアルで、逆にツッコミを入れたら負けであると、ユミは直感的に感じた。


 そして自分の姿といえば、犯行後の真っ赤なセーラー服を身に纏ったままだった。返り血の乾き具合から、気を失ってから1時間も経っていないだろうなと推測できた。

 手元にチェーンソーや、チェーンソーを隠していたスポーツバックも見当たらない。手足は自由で特に拘束もされていなかった。


 正直自分で言うのもなんだが、なぜ拘束されていないのか分からない。常識的に客観的に考えれば、ガチガチに拘束して吊っておくぐらいが妥当ではないかと思う。

 また、目の前に座る男の意図も分からない。どうやらユミが目覚めるまで待っていたように思う。周囲にはこの男以外に人間はおらず、一人でユミを監視していたという事だろう。


 改めて、周囲を確認する。ここは酒場のような場所だろうと思う。映画や漫画で登場するようなbarという物に近いかもしれない。

 その店の一角のテーブル席、奥の席にユミは寝かされていたようだ。この席からだと、この正面の男のすぐ隣を通らなければ出口には辿り着けないだろう。そんな位置関係だった。


「大丈夫ですカ?」


 男は変なイントネーションの日本語で問いかけてきた。ユミの状況整理が終わるのを静かに待っていてくれたようだ。ユミはこくりと頷いた。


「それでは説明しましょウ。ユミさん。アナタが生き残ルための道は、既に1つしカ残されていませン。その道とは、専属の殺し屋としテ私に雇われる事でス」

「殺し屋……」

「人間を殺スことを生業としタ職業でス。現状アナタにはこれ以外の道はありませン。もし断ルというのであれバ、今この場で死んでもらいまス」


 再び迫られる生きるか死ぬかの選択。だが、既にユミの心は決まっている。

 待ち受けているのがどんな地獄だろうと、生きたいという気持ちは揺らがない。


「やります」

「いいですネ。即答」


 男はそう言ってニヤリと笑った。


「私はこの店のオーナー、シュンレイといいまス。この場所は、見た目はbarですガ、実態としてハ、『プレイヤー』と称すル殺し屋たちニ仕事を紹介すル仲介業を営む店としてテ機能していまス。ユミさんはこの店の『専属のプレイヤー』となっテもらイ、仕事をしてもらいまス」


 ユミは考える。この店は酒場にカモフラージュしたゲームで言うギルドのような役割を持った場所で、このシュンレイと名乗る男はギルドマスターのような立ち位置なのだろう。

 殺し屋のことを『プレイヤー』と呼んでいるようで、これもゲームで言えば冒険者のような立ち位置と思われる。専属のプレイヤーと言っている事から、専属ではないプレイヤーもいそうである。


 専属という事は、他にもこのような機能の店が存在していそうだなとも推測もできる。ただし、シュンレイからの説明を聞くに、自分に残された道は専属以外にはなさそうな印象を受けた。


「専属っていうのはどういうことですか?」


 ユミは確認のため尋ねる。それに対しシュンレイはタバコの煙を吸いながら少し考えているようだった。言葉を選んでいるようにも見える。


「簡単に言ってしまえバ、私以外の人間からの依頼ハ引き受けてはいけなイという事でス」

「わかりました」


 ユミは了承してシュンレイを見た。シュンレイは1枚の紙を取り出して、ユミの前に出す。


「こちらは契約書でス」


 契約書の隣にはサインするためのペンも置かれた。ユミは契約書に目を通す。日本語で書かれており、少し安心した。


 内容としては、依頼は期限までに確実に成し遂げる事、失敗するとペナルティがある事、他の人間からの依頼は受けない事、店から指示された仕事に拒否権は無い事、裏切り行為が発覚した場合には殺される事、契約内容の変更を要望する場合には事前に申し出る事、未熟な場合は見習いプレイヤーとしての期間が設けられる事、ざっくり要約するとこのような内容だった。

 14歳のユミでも理解できるほど簡単に書かれていた。ユミは全てに目を通してサインをした。


 大人しく言われた事をしていれば死ぬことはないと言われているような印象だった。

 本当かどうかは分からない。思考を停止して従い続けたら騙されて殺されるかもしれない。目の前の胡散臭い男を信用する方が難しい。

 常に気を張っていなければならないだろう。ユミは気を引き締めた。


「その心構えは素晴らしいでス」


 シュンレイはそんなユミを見て称賛する。自分を含め他人を信用するなよ、と言いたげだ。

 ユミは、署名した契約書をシュンレイの方へ向ける。併せてペンも返した。


「これで契約は完了でス。お疲れ様でス。ユミさんは今後、正式な専属プレイヤーとなるためニ、まずは見習いとしテ働いてくださイ。とにもかくにモこの裏社会に慣れてもらいましょウ」


 シュンレイはそう告げると、契約書を丁寧にファイルに仕舞った。

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