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1章-2.日課 2020.8.20

 洗いたてのセーラー服を着て。

 玄関でローファーを履いて。

 メンテナンスしたチェーンソーをスポーツバックに入れて。


「パパ。ママ。行ってきます」


 私は呟く。

 玄関のカギを開け扉を開いて、私はすっかり日が落ち暗くなった外へ出た。


 マンションの開放廊下を静かに歩く。誰ともすれ違うこともなく。

 高層階に吹きつける生暖かい風を受けて、私の茶色みがかった黒色の、短い髪が少し揺れた。


 もう、8日目になる。人間を殺し始めて。

 このチェーンソーで26人殺した。


 このチェーンソーはリビングのテーブルに突き刺さっていた。

 周りには真っ赤なパパとママだったものが落ちていて。


 よく、わからない。


 あの日、いつも通り部活が終わって帰ったら、玄関はあいていたのに明かりがついていなくて。

 リビングの明かりをつけたら、パパとママが真っ赤で、テーブルの横に落ちていた。

 本当にそれだけ。


 その後は何となく、机に刺さったチェーンソーを手に取って、気が向くまま外に出た。

 誰に言われたとかではなく、体が勝手に動いた。


 最初に家路を急ぐOLを真っ二つにしたとき、彼女は、なんで? と聞いてきた。

 わからなかった。

 ちゃんと答えられない自分が何者なのか、底知れぬ不安でいっぱいになった。


 その後は、見かけては切り刻んでぐちゃぐちゃにして。

 返り血で赤くなると、なんだかパパとママと同じになれた気がして落ち着いた。

 気が付けばそれが日課になってしまって。


 今日で8日目。今日も異常な日常を開始する。


***


 両脇に10層程度のマンションが隙間なく立ち並ぶ静かな薄暗い道をユミは歩く。マンションの住民以外は歩かないような、比較的細い一方通行の道だ。

 しばらく歩くと、遠くに人間の気配を感じてぴたりと立ち止まった。


 そして呟く。


「みぃーつけた……」


 ユミはくるりと方向転換して、気配がある方へ足早に向かう。一本隣の道の途中を曲がった所だろうと、大まかにあたりを付ける。

 早歩きをしているせいだろうか。鼓動の高鳴りを感じる。今日も両親と同じになれるからと、気持ちが高揚しているのかもしれない。


 スポーツバックからチェーンソーを取り出して、手際よくエンジンをかける。静寂が支配していた夜の街に、ブォオォォォォと鳴り響くチェーンソー。

 準備はできた。


 あとは殺すだけ。


「♪♪~~♪~♪♪♪~♪♪~」


 ユミは鼻歌を歌い調子を整える。何故だか分からないが、歌うことで脳みそがクリアになっていく感覚がある。最初こそ無意識に歌っていたが、今では殺しの前のルーティンに近い。

 この角を曲がったら、そこに今日最初のターゲットがいるはず。

 想定通り、角を曲がると前方20メートル先に今日のターゲットをとらえた。小さなマンションの1階入り口の前、植栽の縁石に腰を下ろし、楽し気に談笑する若い男女。近くにはチューハイの缶が数本転がっている事から、かなり酔っているように思える。


「煩いな……」


 ユミはそう呟いて踏み込んだ。一気に距離を詰めてそのままの勢いでチェーンソーを振り上げる。一瞬にして鮮血が舞う。手前にいた若い女性の首を刎ねた。


「う、うわああああああああああ!!!」


 途端に隣の若い男が驚きと恐怖に顔を引きつらせ、叫び声をあげる。そして男は、よろめきながらも立ち上がりマンションの入り口へと走る。

 転びそうになりながらも、マンション風除室内のセキュリティの盤に手をつきポケットから鍵を取り出した。


 返り血でぬめる手は震えて鍵をうまく握れないようだ。盤の鍵穴に差し込んで回せばエンジンドアが開くのに、うまく差し込むことができず扉を開けることができていない。


「逃がすわけ……。ないじゃん」


 まさか、すぐ隣で首を跳ねられた女がいるにもかかわらず、瞬時に立ち上がり逃げる行動をとるとは思わなかった。少しの違和感を覚えるもユミは逃げた男との距離を詰める。


「バイバイ」


 ユミは可愛らしいソプラノの声でそう告げると、高速回転したチェーンソーの歯を男の腰へ押し当てた。

 男は叫ぶことすらできず小刻みに震える。男の手から零れ落ちる鍵がマンションの床のタイルに当たってキンと金属音を鳴らした。

 ユミはさらに強くチェーンソーを押し込み、男の胴体を切断しにかかる。アクセル全開のチェーンソーはギュィイイイイイインと一際大きな音を鳴らした。


 まもなくして男の胴体はちぎれ、ぐちゃりと床に落ちた。下半身も血だまりにバタッと倒れ派手に周囲を赤く染めた。

 ユミは男が絶命したことを認識しつつもさらにチェーンソーで死体を切り刻んでいく。何度も何度も、細かくなるまで。元の形なんて何もわからなくなる程に。男か女かもわからないくらいぐちゃぐちゃに。


 先に首を跳ねた女の方ももれなく同様に処理を行う。


 何のために?

 そんなの分からない。

 ただそうしたかったから。

 本当にそれだけ。


 数十分後、細かく細かくなった肉の塊を見下ろして、ユミはやっと手を止めた。返り血や肉片で赤く染まった自分の姿が、マンションのエンジンドアのガラスに反射している。


「あっけないな……」


 ユミは顔色一つ変えずに呟く自分の姿をぼーっと見つめた。

 そこにいるのは自分であるはずなのに自分ではないような、そんな不安定感に堕ちていきそうになる。


 ユミは物足りなさを感じ、次のターゲットを探そうと決めた。

 これでは満たされない。まだ足りない。

 チェーンソーについた汚れを軽く払いスポーツバックへとしまう。自分に飛び散った肉塊は手で軽く払って振り落とし、マンションに背を向けて歩き始めた。

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