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王城

 王都の中心にも宮殿があるのだが、砦とも言えるこの王城に彼が呼ばれたのは、亡き王がこの地に埋葬されることを望んだためだ。

 戦の最前線ともなる質実剛健な造りのこの城は、先の争いで最後の決戦の地となった。

 要石とも言える地に葬られることによって、王は死後もこの国を護ろうというのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えているうちに馬車はその速度を落とし、静かに停車した。

 扉を開くやいなや同乗していた修道士は先に立って降り、その場に控える。

 彼は僅かに身をかがめ馬車を降りると、出迎えの人々に深々と頭を下げた。

 彼を待っていたのは三人、壮年の品のよさそうな貴婦人と、聡明そうな青年、そして腕白そうな少年だった。

 彼が王都を後にしてしばらく経った頃、王位に就いた青年は同盟国皇帝の血筋に連なる令嬢を妃に迎えたと風の噂で聞いたことがある。

 漆黒の長衣に身を包んだ、黒髪のこの女性が王妃なのだろう。

 王妃は一歩前へ進み出ると、長衣の裾を引き腰を降り、非の打ち所のない所作で彼に向かい一礼した。


「この度、猊下におかれましては、わざわざこのような場所へお運びくださいまして、感謝のしようもございません」


 悲しみを押し殺したようなか細い声から察するに、王と王妃の仲は睦まじかったのだろう。

 気付かれぬよう安堵の息をつくと、彼は目を伏せ首を左右に振った。


「いいえ、私は亡き陛下に不義理がございますゆえ……」


 その時だった。

 城の奥からこちらへ向かってくる足音、次いですべてを押し流すようなさっぱりとした口調の声が聞こえてきた。


「相変わらずまわりくどい奴だな。それでは日が暮れてしまうじゃないか」


 現れたのは、しなやかな肢体を漆黒の甲冑で覆った、やはり壮年の隻眼の女性だった。

 唖然とした表情を浮かべる王妃、そして二人の王子を気にするでもなく女性は彼に歩み寄ると、その手を取って城の中へと入っていく。


「殿下達への挨拶が終わったなら、とにかく来い。お前が来るのを待ってる奴がもう一人いるんだ。」


 相変わらず有無を言わせない女性の行動に、彼は思わず苦笑を浮かべる。

 女性の前では、権威や身分などこれっぽっちも意味を成さないのは、今も昔も変わっていないようだった。

 王城の中を歩くことしばし、女性は一つの扉の前で足を止める。

 そして、乱暴に扉を叩くと中に向けてこう呼びかけた。


「おい、連れてきたぞ」


 だが、返答はない。

 この部屋は確か……。

 彼が思い出そうとしたとき、女性は勢い良く扉を開いた。

 日当たりの良い窓際に置かれた安楽椅子には、銀髪の男が座っている。

 くうを見つめる水色の目は虚ろで、心ここにあらず、といったようであった。

 女性は男に近寄ると、耳元で何かを囁く。

 すると男はゆっくりとこちらを向き、噛みしめるようにこう言った。


「……黒豹、どこへ行っていた? 陛下の大事におそばにいないなんて、臣下失格だぞ」


『黒豹』というのは、彼がまだ騎士だった頃の異名である。

 長らく聞いていなかった懐かしい呼び名に、彼の口許は僅かに緩んだ。


「まあいいさ、こうして戻ってきたんだ。陛下もさぞやあの世でお喜びだろう」


 そして、男は唇の端を僅かに上げてみせた。


「……お前と陛下との『約束』を知ったときは、なんて無謀なことをと思ったさ。けれど、やはりお前は只者じゃないな」


 ちゃんと約束を果たしに戻ってきたのだから。

 そう言って男は低く笑う。

 瞬間、時間があの頃に戻ったような気がした。

 彼は男に向かい歩み寄ると、安楽椅子の傍らに膝をつく。


「皆は、どうしていますか?」


 彼の問いかけに、男は目を伏せた。


「陛下と共に王都奪還の戦に参加した者で存命なのは、自分とここにいる戦乙女殿だけだ。陛下は殉死を禁止されたから、自分は生き恥をさらしている訳だが」


「何を言う。まだまだこの国は不安定だ。その状況で、お前まで逃げるつもりか?」


 冗談めかして戦乙女と呼ばれた女性が言うと、男はくぐもった声で笑う。


「家督はもう息子に譲った。弟君殿下とともに新たなる陛下を支えこの国を盛り立てていくのは、あいつの役目だ」


 自分のような年寄りがいつまでも表舞台にいては迷惑になるだけだ。

 そうは思わないか、と同意を求められ、彼は曖昧な笑みを浮かべてみせる。

 それは女性も同様だった。


「とにかく、自分は役目を果たしたつもりだ。あとは若い者達次第だ。自分はもうしばらく、高みの見物をさせてもらうつもりさ」


 言い終えると、男は目を閉じる。

 そしていつしか静かな寝息をたてていた。

 驚いたように目を丸くする彼に、女性は寂しげに告げた。


「最近は、いつもこうだ。夢うつつというか」


 積み重なる時間だけは、身分も何も関係なく公平なのだ。

 女性と男を代わる代わる見やり、彼は強くそう思った。



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