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第6話 隠された真実

「見えました! 敵軍はサヴォの国境を僅かに超えた所で休息をとってます!」


 物見櫓からの伝令が息を切らせて報告を持ってくる。

 確実に彼らは、王都からも忘れ去られるようなこの小さな村へと近づいている。

 自分には何もできない。

 悔しさに唇を噛むバルに、伝令がある物を差し出した。

 海色に染められた羽根を持つ軸には文がくくりつけられている。


「フェナシエラ正規軍の物ですな」


 長老にうなずいて見せてから、バルは矢文に目を通す。

 そして無言で長老に差し出した。


「さすがは親子……大将軍殿とよく似た字を書かれる」


 僅かに笑みを浮かべて見せて、バルは再びうつむく。

 その内容は、彼の予想通りだったからだ。

 『フェダル』の子を差し出せ、と。 

 その場に居合わせた面々を一通り見回してから、長老はその文を蝋燭の炎にかざした。

 一瞬のうちに燃え尽きていく矢文を見つめながら、長老は低く言った。


「フェダル……ロドルフォ殿下の名にかけて、我々はそのようなことはせぬ……」


 一様に頷く面々とは裏腹に、バルの表情は暗く沈んでいくばかりだった……。


     ※


 周囲に生い茂る草木は既に茶色に変わり、朝夕には夜露が凍り付く日もある。

 足早に秋は過ぎ去り、冬がすぐそこまで迫っている。

 本当ならば行きに通ってきた山脈越えの道を進みたいのだが、当の地図は自分が追っている張本人が持ち帰っている。

 幸いその道が解ったとしても、下手をすれば雪が降り始めているかもしれない……。

 そう考えた末にホセは安全な街道を選ぶことにしたたのだが、一つ確実に言えることがある。

 これでは間に合わない。

 フェルナンドが出立したエルナシオンから国境のアプルまで、少なく見積もっても四日。

 こちらからどんなに急いでも一週間はかかる。

 たどり着いた時には最悪、すべてが終わっている可能性がある。

 それだけは避けなければ。

 だが、もし間に合ったとしても自分はどうするのか?

 友人を助け共に戦うのか? それとも……。

 もし友人と共に戦い村を守ったとしても、それから一体どうするのか?

 自分の主は、果たして自分が戻るのを待っていてくれるだろうか。

 もし間に合わなかったら、自分は何のために急いでアルタの村へ……決戦の地へ向かっているのだろうか。

 止めどない思いがぐるぐると脳裏を駆けめぐる。

 やがて思考が止まり、空白に落ちていく中、脇腹に鈍い痛いが走る。

 塞がりきっていなかったあの傷が、開いたのだろう。

 皮の甲冑の継ぎ目から、深紅の粘っこい液体がにじみ出る。

 ほぼ同時に無理に走らせ続けていた馬が血を吐き、どうと倒れる。

 そのまま地面に叩きつけられたホセは起きあがろうとして激痛にうめき声を上げる。

 冬を目前に、街道を通る商人も無く、代え馬を手にする術も、痛みを止める薬品を手にする術もない。

 ここでこのまま果てるのか。

 主を守るために戦場で散るのではなく、こんな所で行き倒れ同然に……。

 薄れゆく意識の中、誰かが自分の名前を呼んだような気がする。

 そう、あれは確か……。


「……シシィ……?」


 そのつぶやきを最後に、彼の意識は完全に闇の中へ引きずり込まれていた。


     ※


「失礼ながらお伺いいたします」


 生真面目に問いかけてくるエドワルドに、オルランドはちらりと視線を向ける。

 自分より僅かに若い騎士の目には、僅かに涙が浮かんでいるようだった。


「自分も騎士のはしくれ。剣を捧げた主のために忠義を尽くすことは、理解できます。ですが何故、ただの村人のためにアラゴン卿は……」


「忠義を貫くだけが騎士じゃない。もちろんあいつの行動の根本には、殿下への忠誠心もある。けれど、それよりもっと大きな物が動いたんだろう」


「それは一体……?」


「信頼と友情さ」


 言ってしまってから、照れくさそうにオルランドは頭をかいた。

 解らない、と言うように首を傾げるエドワルドにオルランドは笑った。


「忠誠と信頼と友情に縛られて自由が無い人生なんてまっぴらだ。そう言って家を飛び出していった奴だっているんだぜ」


「それは……どなたです?」


「俺の本当の親父さ」


「……お父上? 貴方はルーベル伯のご子息では無いのですか?」


「ルーベル伯のじいさまは俺の祖父。父親は色々なしがらみが嫌になって、騎士にならないで家を逃げ出した。そしてある日突然、金髪碧眼の妻と息子を連れて帰ってきたのさ」


 信じられない、とでも言うように呆然とするエドワルドに、オルランドはさらに続けた。


「北方の海洋商人の娘と恋仲になったんだと。親父もそれなりに申し訳なく思っていたんだろう。じいさまに俺と商人による膨大な情報網を託して、親父はお袋を連れて、また出ていったんだとさ」


 思いもよらぬパロマ侯重臣の身の上話にエドワルドは黙り込む。

 だが、当の本人はさして気にしていないようだった。


「でもお陰で俺は殿下にお仕えできる。フェナシエラの誰にも負けない情報網で殿下のお役に立てる。何も戦場での働きだけが忠誠の現れじゃない」


 けれど、とオルランドは言葉を切り、エドワルドの目を真正面から見つめた。


「けれど、今のあいつを動かしているのは、忠誠や友情もそうだけれど、それ以上に疑問が大きいんじゃないかな。何よりフェルナンド殿の行動は、理解に苦しむ」


「それこそイリージャ卿の情報網には、何も入ってこないのですか?」


「入っていない訳じゃない。だが、それが事実だとすると……」


 薄い水色の瞳で空を見つめながら、オルランドは呟くように言った。


「聖なる玉座を護るべく動いているのは、俺達なのか、フェルナンド殿なのか解らなくなる。どちらにせよ、殿下があの御様態では……」


 八方ふさがりだな、と肩をすくめるオルランドに、エドワルドはさらに食い下がる。


「けれど、忠誠こそが我々の最も大事とするところのはず。なのに……」


 あんな平民のために、と言いたげなエドワルドに、オルランドは間髪を入れずに答える。

 けれど殿下が彼を呼んでいる、と。


「貴公に父祖伝来の宝剣を託した所を見ると、ここに戻るつもりは無いんだろうな。果たして黒豹だけで上手くいくかどうか……」


「……宝剣? これが宝剣なのですか?」


 改めて剣を見つめるエドワルド。

 だがその表情が不意に強張った。


「イリージャ卿、私は大きな過ちを犯したやもしれません!」


 言いながらエドワルドは剣をオルランドに差し出す。

 受け取ったオルランドはそれを一瞥して低く呟いた。


「金色の獅子……」


 禿げかけた束の装飾はまがいもない王家の象徴の獅子。

 良く見ると、鞘にもフェナシエラの象徴である青色の石が埋め込まれていたのである……。

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