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011 魔法使いとの対峙

 こうして様々な生き物に巡り合い、最上階に着くころには、ミヤコとイチジ、ヒメカしか残っていなかった。


「少し、休憩しましょう」


 そう口にしたのは、ヒメカだった。彼女の声は穏やかだが、その目には深い疲労が見え隠れしていた。


「でも……」


 先を焦るミヤコに、まあまあ、とイチジはなだめ、


「ラスボス前のセーブは大事ですぞ」


 とゲームをする人にしかわからないようなことを口にする。

 けれどミヤコは今の状況では確かに休んだ方がいいかもしれないと思いなおし、廊下の隅に腰を下ろす。

 そして何気なく携帯を取り出すと画面が、正常に戻っていた。いや、戻っていたというのは正確ではない。

 あれだけ見たかった『夢見姫』のラストが表示されていたのだ。


「『夢見姫』の続き」


 悲劇的で悲しい終わり。イノリがミヤコに見せているのだろうか。これこそが、イノリの望んだ終わりなのだろうか。

 ミヤコはぼんやりと暗い廊下の先に目をやる。

 王子様は……。


「私」


 ミヤコはぽつりとつぶやいた。そして同時に首をふる。

 ミヤコと王子様はまったく違う。王子様は『夢見姫』のことを何も知らなかったが、ミヤコはイノリのことを十分すぎるほど知ってしまった。


「私に『夢見姫』は殺せない」


 ミヤコはそう言って顔をひざにうずめる。

 しかし、ならばなぜミヤコは、まだここに存在しているのだろうか。

 悩むミヤコのそばに、ヒメカとイチジがやってくる。そして二人は心配そうにミヤコの顔を覗き込む。


「大丈夫? 疲れちゃった?」


 そう優しく問いかけるヒメカにミヤコは首を振る。


「違うの……これ」


 そう言って、ミヤコは二人に携帯の画面を見せる。二人は『夢見姫』を知らないようで、何度も文章を読み返した。

 そして全てを読み終えた時、


「これがどうしたの?」


 と何事でもないかのように問いかける。


「どうしたのって、私がイノリを殺さなきゃいけなくて……」

「『夢見姫』はミヤコ嬢じゃないんですか?」


 そう言われて、ミヤコは弾かれたように顔を上げる。おとぎ話で『夢見姫』を殺すのは王子様だ。でもミヤコは王子様ではない。ミヤコもまた『夢見姫』だ。『夢見姫』を殺す役目なんてない。けれど、なら、夢はどうやって覚ませばいいのだろう。


「どうしよう……」

「ねえ、どうしてそんなに深刻そうなの?」

「だって、『夢見姫』は王子様に殺されなきゃ、夢が覚めない」

「それってほんとに?」


 ミヤコの目をヒメカは見つめる。あまりにまっすぐで、ミヤコは思わず目をそらしてしまう。そんなミヤコの肩をイチジは優しく叩く。


「ミヤコ嬢。おとぎ話っていうのは、いくらだって改変されるんです。魔法使いがいないシンデレラだってあるんですよ。この世界は本当にこの『夢見姫』の世界なんですか?」


 そう言って、イチジは携帯の画面を示す。ミヤコは改めてその『夢見姫』をよく読み返す。すると少しずつ、頭の中に幼い頃の母の読み聞かせの声が響き始めた。

 優しい母の声、甘い化粧品の香り、お菓子の焼けるバターのにおい、その全てがミヤコの中に蘇る。

 そして、


―あぁ、よかった。皆、幸せになったねー


 そんな幼いミヤコの言葉が一際大きく、頭の中に響き渡る。


「この話じゃない!」


 ミヤコの知っている『夢見姫』では『夢見姫』は死んでいない。『夢見姫』は……!


「それがわかれば十分よね」


 ミヤコはヒメカの言葉に力強くうなずく。


「行こう、イノリのところへ!」


 そうしてミヤコたちは廊下をまっすぐに進み始めた。


 ミヤコたちは奇妙に長い道のりをグルグルと歩いていく。どれだけの時間が経っただろうか。廊下の突き当りに、重厚な大きな扉が現れた。そこには何やら奇妙な文字が刻まれているが、ミヤコには読むことができない。しかし、これが最後の扉だとミヤコは直観で分かった。そしてその前にいたのは、あの魔法使いの三毛猫だった。


「やあ、『夢見姫』。どうしたんだ?」


 三毛猫はするするとミヤコの足にすり寄って来る。甘えたようなその行動にミヤコは、今度は心を許さない。


「イノリを助けに来たの」


 ミヤコは三毛猫を自分から引き離しながら答える。


「残念だけど、それはできないな」

「どうして」

「俺たちは、人間の心を救うために夢を現実に変えてきたんだ」


 三毛猫は顔を洗いながら、答える。その目には妙な愛情深さすら感じられた。


「そんなことをしても、私たちの心は救われないよ」

「これだけの欲望を叶えてきたのに?」


 するとどこからともなく、何匹もの三毛猫が現れ始める。その様子をみて、ヒメカとイチジはヒイッとお互いの手を握り合う。しかしミヤコは一歩も引かずに答えていく。


「私たちがほしいのは幸せな夢じゃない。厳しくても、不幸でも、本当の世界が、現実がほしいの」


 どんどん増えていく三毛猫たちは冷たい目でミヤコを見定める。


「夢は私たちに都合がいいだけ。夢が覚めたら、苦しいの」


 そしてその言葉を受けた瞬間、三毛猫たちは大きくその目を見開いた。


「俺たちはただお前たちを助けるためにやってやったのに」


 そう言って、三毛猫たちはいら立ちをあらわにする。その一匹一匹が足を踏み鳴らし、徐々に体の毛を逆立たせ、少しずつでも確実に体を大きく変えていく。

 けれどミヤコはそれを許さない。

 ミヤコはそんな三毛猫の額に手をかざす。


「夢は、夢のままでいいの」


 すると三毛猫たちは皆倒れて寝息を立て始める。大きくなった三毛猫たちも元の大きさへと戻り、やがて一匹の三毛猫以外は空気にとけて消えてしまった。しかし、残った三毛猫の顔はどこまでも穏やかだった。


「行こう」


 ミヤコはそうつぶやくとヒメカとイチジを先導する。ヒメカもイチジも、何も言わない。ただ三毛猫を跨がぬように器用に避けながら進んでいった。


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