目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
010 幻想獣のその向こう

 城の近くまで来ると、ミヤコはその重厚さに圧倒された。

 黒く塗りつぶされたようなそのレンガは、何者も受け入れないという強い意志を感じさせる。触れてみれば、それはしびれるほどに冷たかった。


「やっと追いついた」


 そう言って皆は肩で息をする。その中で、ミヤコだけが平然とその場に立っていた。


「ここに、イノリがいる」


 すると、ヒメカはそっとミヤコの肩を持ち、問いかける。


「どうしてそう思うの?」

「私も『夢見姫』だから」


 そう言うと、皆がざわめき始める。


「それは理由にならない、きちんと理屈で説明してくれ」


 眼鏡をかけたサラリーマンが、ミヤコの言葉に疑問を呈する。だが、ミヤコは慌てることもなく、


「『夢見姫』のお話でそう書いてあるから」


と答える。しかしサラリーマンは納得しない。すると、老婆がそのサラリーマンの頭を小突く。


「ばかもの。同じ者同士だから分かり合えることもあるんじゃ。わしは信じるぞ」


 そう言い、老婆はそっとミヤコの手を取る。


「『夢見姫』。お前の名前は?」

「……ミヤコ」

「素敵な名前だ」


 そして老婆は優しくミヤコの頭を撫でる。


「ミヤコ。お前は自分を信じろ」


 ミヤコはぐっと唇をかみしめ、「うん」とうなずく。その様子を見ていた他の皆はまだどうするか決めかねていた。しかしイノリを助けたい気持ちは同じだ。今はミヤコを信じてみようと思うのだった。

 そして皆で一緒に城門をくぐる。すると見張っていたであろうカラスが一斉に城のてっぺんを目指して飛び立った。




 ミヤコたちは広い城の廊下を進んでいく。静かな空間に、皆の靴音だけが響いていた。


「こんなに広いのに、こんなに静か……」


 ヒメカがぽつりとつぶやいた。ミヤコは思う。おそらく誰もいないのだ。だってここはイノリが作った城なのだから。

 そう思った矢先に廊下の先から爪がレンガをこする不気味な音が響いてくる。


「何か来る……」


 ミヤコがつぶやくと同時に、大きなトカゲのような、翼のある生物が現れた。あれは、ドラゴンだ。

 ミヤコの三倍ほどはありそうな背丈に、硬そうなうろこ。黄色く輝く瞳はどこを見ているのかわからない怪しさを醸し出していた。どう考えても勝ち目はなかった。すぐに引き返そうとするが、反対からもドラゴンが二匹やってきていた。もう、逃げ場はない。

もはやここまでかと思ったとき、すっと老婆が一歩前に出る。


「あんた、三年前に死んだ高木のじいちゃんじゃねぇか」


 そして老婆はそれぞれ指さしながら、「あっちは猪俣のおしゃべりばあさん、あっちは長部のケチじいちゃんじゃ」と紹介していく。


「さてはあんたら、あの世でも麻雀の相手を探してるな。いいさ。私が相手になってやるよ」


 ミヤコがぽかんと口を開けていると、そそくさと四人は麻雀卓を囲い始めた。大きなドラゴン同士、体がぶつかりあって、窮屈そうだ。

 ジャラジャラと牌を皆で混ぜ始めると、老婆は


「ほれ、あんたらは行きな。わしの命の恩人が、てっぺんで待っとる」


 と顎で廊下の先をしめした。

 ミヤコが迷っていると、ヒメカがその腕をひく。


「行こう」


 そうしてようやくミヤコの足は動き出した。

 後ろからは「あー、長部ジジイ。またイカサマしやがって」と老婆の怒鳴り声が響いていた。

 廊下を進みながらも、ミヤコは老婆のことが心配だった。まさか食べられてはいないだろうか。そんな心配で百面相をするミヤコに、ヒメカとイチジは笑い出す。


「大丈夫よ」

「賭けに負けたら、身ぐるみ剥がれて帰ってくるかもしれないけど」


 それは大丈夫なんだろうか。それどころか、あの人たちは賭け事までするのか。なんだか随分ドラゴンのイメージとはかけ離れている。

 廊下の先に目を向けると、そこには光のない闇が広がっていた

 またこの後もドラゴンのような、イノリの生み出した生き物が現れるのだろうか。そう考えて、ミヤコはゴクリと息をのむ。

 突き当りまで行くと薄暗い湿った階段があった。ミヤコたちは足元に気を付けながら、階段を昇り始めた。すると徐々に、まぶしい光がミヤコたちの目をくらませた。

 そこには、広大なダンスホールのような広い空間が広がっていた。

 そこでは、ウサギに角が生えたような生き物、一角ウサギがダンスをしていた。ぴょんぴょんとかわいらしく飛び跳ね、対になって踊る姿はかわいらしく、ミヤコの目を奪う。

 そんなミヤコの後頭部に、鋭い衝撃が走る。あの男子高校生がチョップを入れたのだ。


「痛いっ!」

「見とれてる場合じゃないんだろう」

「そうだけど……」


 しかしダンスホールは一角ウサギでいっぱいだ。一体何匹いるのだろう。さらに、隠れられそうな場所も探してみても、白いグランドピアノと白い布のかけられたいくつかのテーブルくらいしかない。この中を、全員で切り抜けるのは不可能に近い。

 皆が困り果てていた時、男子高校生はポキポキと指を鳴らし始めた。


「俺が行くよ。あの人は傘を貸してくれたから」


 そう言うと、男子高校生は堂々とダンスホールの中を進んでいく。一角ウサギたちはダンスを止め、視線を男子高校生に注ぐ。そして威嚇のためか、後ろ足で地面を踏み鳴らし始めた。


「あ、危ない!」


 ミヤコはとっさに走り出そうとするが、他の皆がそれを引き留めた。

 男子高校生がピアノまでたどり着いた時、一角ウサギは今にも飛びつかんと姿勢を低くしていた。

すると突然、美しい音の粒がふり注ぎ始める。彼が、弾いているのだ。揃った音の粒は、城の壁で跳ね返り、ミヤコたちの脳みそを震わせた。

 ミヤコは音楽のことなどまるでわからなかったが、この音楽が素晴らしいことだけはわかる。

 それは一角ウサギたちも同じようで、すぐに威嚇を止め、嬉しそうに体を震わせながら、ダンスを再開し始めた。

 先ほどよりもより軽やかで優雅なダンスに、ミヤコは目を奪われるが、そんなミヤコの背中をイチジが押す。


「早く行きましょう」


 ミヤコはなんとかうなずくと、ダンスホールの隅を駆け抜けていく。一角ウサギたちはミヤコたちを見ていたかもしれないが、それよりもダンスに夢中になっていた。

 はやる気持ちでロウソクの灯る廊下を走り抜けていくと、すぐ隣に食堂のような場所が現れた。中ではライオンに翼が生えたような生き物たちが宴会を行っている。あれはグリフォンだ。

 赤ワインやチーズ、ソーセージなどがテーブルの上に散乱し、それをグリフォンは貪り食っていた。

 ミヤコは処刑されたライオンの姿を思い出し、思わず小さな悲鳴をあげた。

 するとグリフォンたちは一斉にこちらを振り向いた。鋭い目がミヤコたちを捉える。

 迷っている暇はない。皆が散り散りに逃げようとする最中、サラリーマンが大きな声を上げる。


「私には外回りで鍛えた足がある! 任せてくれ」


 そう言うと、サラリーマンはグリフォンたちの間を縫うように走り出す。グリフォンが後ろ脚で蹴ろうとすれば、サラリーマンは華麗にジャンプをし、ひらりとテーブルに着地をする。翼でなぐられそうになれば、するりとその下を潜り抜けて見せた。


「さあ、早く行け! イノリを助けろ!」


 全てのグリフォンをひきつけたサラリーマンは大きな声で叫ぶ。ミヤコたちはそれに大きくうなずく。


「……うん、今のうちに行こう!」


 そしてミヤコたちはまた城のてっぺんへ向かう道を駆けだしていく。後ろを振り返ると、テーブルの上の赤ワインが白いテーブルクロスの上に広がっていくところだった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?