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009 閉じこもり、そして祈る

 イノリは堅牢な城を築く。全てはイノリの潜在意識の望むものだ。来訪者を拒むように高く、それでいて見つけやすい。そんな城をイノリは望んだ。

 その最上階に、イノリは堅牢な牢屋を作り上げる。罪人としての自分を裁くため、邪悪な人間から身を守るため、イノリは躊躇なくその中に入っていく。

 じめっと湿った冷たい空気が、ここには救いがないことを感じさせる。イノリはそんな暗い廊下を、明かりもなしに進んでいく。

 途中ネズミを踏みつけたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。

 牢屋の中で、イノリは小さくなって座り込む。そして暗記するほど読み込んだ、夢見姫のお話をつぶやいた。それはとても悲しい終わりを迎える。

 今のイノリにはぴったりの内容だった。




――お姫様は牢屋に閉じこもって泣きました。

 来る日も来る日も泣いて過ごして、しかし世界は何も元には戻りませんでした。

 そしてある日、牢屋の扉は開かれます。そこに立っていたのは、隣の国の王子様でした。


「ああ、王子様。どうか私を助けてください」


 お姫様がそう言うと、王子様は力任せにお姫様の腕を引っ張ります。


「痛い、痛いです」


 すると王子様はお姫様を怒鳴りつけました。


「痛い思いをしたのは、他の皆だ。お前が皆を、傷つけたんだ!」


 そうして王子様に引きずり出され、お姫様が見たものは彫刻になった国民たちでした。もう、生きた人間は誰一人としていませんでした。


「さあ、命をもって償うんだ」


 そうしてお姫様は、王子様によって殺されてしまいました。

 しかしお姫様の魂が消えた時、国民たちは目を覚ましました。皆、元の姿へと戻ったのです。そして、彫刻になっていた間の記憶は何一つとして残っていませんでした。

 国民たちが見たのは、お姫様を殺した王子様の姿だけでした。

 王子様はもう、王子様ではありませんでした。ただの罪人でした――




 王子様はきっと、ミヤコだ。ミヤコはイノリを殺して、この夢を終わらせる。そんな予感が、イノリの胸の中には溢れていた。


「それも悪くないよな」


 そうしてイノリは冷たい床の上で丸くなる。オオカミらしい威厳はどこにもなく、そこにあったのはどこまでも臆病なイノリの面影だけだった。



 イノリを助けたい。ミヤコのその言葉を聞いたイチジとヒメカはすぐに動き出した。複数台の携帯を器用に操作し、あちこちに電話をかける。

しばらく待つとミヤコたちを合わせて、八人ほどの人間が集まった。年齢層は金髪の不良風男子高校生から、白髪の老婆まで幅広い。そして誰もが人間の姿をしていた。


「皆、イノリに助けてもらったんだよ」


 イチジはそう言って、笑う。


「ようやく助け返せるよ。あいつ、助けてって言わないから」


 男子高校生が、ぶっきらぼうに言う。


「最近の若者は、人に頼ることを知らんからな」


 老婆はそう言って、ふんと鼻をならす。

 ミヤコはぼーっとその様子を見ていた。イノリはこんなにたくさんの人を助けたんだ。その中にはミヤコ自身も入っていた。そして今、皆がイノリを助けたいと思っている。それはミヤコ自身もだ。

 熱い気持ちがミヤコの胸の奥底にじんわりと広がっていき、そして口から自然と飛び出した。


「皆さん、イノリを必ず助けましょう!」


 そしてミヤコはこぶしを空へと突き上げる。


「おー!」


 しかし思い高ぶったのはミヤコだけのようだ。中野中に響き渡った雄たけびはミヤコの声だけだった。


「ああ、あれを見て!」


 その時、ヒメカが声をあげる。その目線の先には、大きくそそり立つ黒レンガの城があった。この世の悲しみを全て閉じ込めたような、重苦しい空気がその場に漂っている。


「……あそこだ。あそこにイノリはいる」


 そう言うと、ミヤコは走り出す。位置的にあれは、中野ブロードウェイだった場所だ。


「待って」


 ミヤコの後を皆も追いかける。しかし一向にミヤコとの距離は縮まらなかった。それほどまでにミヤコは必死に走る。ローファーがコンクリートを踏みしめる音が高らかに鳴り響いていた。



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