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 「信じらんない!有り得ない!あんな危険な真っ暗闇の中に病人一人送り込むなんて……!!」

 それから半刻ほど、アリエスたちは文字通り悲惨だった。事態を知り(というか今更知らされ)ハールが飛び上がったからだ。非難轟々、とはこのことで、アリエスに掴みかかる。「何考えてんの!!?ハ…アリエス!!あんな危険地帯に!!」

 お、落ち着いてハール……アリエスはゲホゲホしながら答えた。「師……クザーヌスさんなら無事よ。ああ見えて元剣聖ですもの。あの程度の敵造作ないわ」

「何てこと言うのよ人でなし!!」ハールは怒鳴った。最低!そんな人だと思わなかった!怒鳴ってしまう。が、レリオットは軽蔑しきったようにふんと鼻を鳴らした。「馬鹿かお前は。元来た道をまま辿る訳なかろうが」

 は!?ハールは途端に睨んだ。乱入バトル発生だ。ち、ちょっと…アリエスが必死で宥めている。「見なかったか!最初にあそこに入ったとき、右手に細い通路があったろう。あれが例の橋脚の出口付近に直結してるんだよ!」

 は?途端にハールは目をしばたいた。マジで?言ってしまう。ごめん見てない。アリエスが頷き(だろうな…)「そんなので、少し君には失敬した。今朝寝ている間に印章を借りて」

 途端にハールは気が付いた。指を見る。確かに無い。あの例の王族のインタリオ。おお―――!?メリンダが目を押さえてしまっている。(全くもう…今更過ぎますわよ……)ハールは唸った。「し、知らなかった、いつの間に……」

「クザーヌス師が今彼等に事情を伝えに行っている」アリエスは――随分とすっきりしたような顔をして首を傾げ窓を見た。「問題ない。彼等とは既に顔の知れた仲だ……印章さえあれば全て彼等は飲んでくれる。十万の兵を得たよ」

 マジで?再びハールは聞いた。そんなに?素朴に感心してしまう。馬鹿かお前は…レリオットが額を押さえながら言った。「そう言うんだよ。有力な仲間を得たときのことを……ロマーニュにそれだけの人魚が居ると思うか」

「大袈裟な言い方すんじゃないわよバーカ!!」

 結局また喧嘩になってしまう。ハール様ってば……メリンダはほとほと呆れたようだった。「よっぽどレリオット様と仲がお悪いんですのね…」「悪くて結構よ!こんな陰キャのコミュ障なんて!」「なんだとこのオカマ野郎め!!」

 アリエスが笑っている。何だか失笑するような笑い方だ。レリオットは怒って出て行ってしまった。「やーね、何であんなに短気なのかしら…」

「本当ですわよ……」メリンダが息を吐く。「これじゃ、全て片付いた先が思いやられますわ…」

 その言葉に、ハールはきょとんとした。え?目を丸くしてしまう。片付いたら、って?だがそのとき、ふいにアリエスの肩に留まっていた隼がキイッと鳴いた。

「ああ――」

 振り向く。そのときアリエスが上を向き目を輝かせた。

 動物は勘がいい。ラリマーが、一緒になって首を上げスンスンと高鼻をしている。何?言おうとしたハールに、アリエスが笑った。

「師が川に辿り着いたようだ、皆」


 ぶさ子の勘はアタリだった。すぐさま、皆をして例の水道橋の階段を駆け上がる。何よ、何なの?聞いたハールはその場の全員が水面を見ているのに気が付いた。「何か居るの、ねえ?」

 水道橋は今やすっかりと水が満ちている。結構な速度で水が流れており、元よりここはロマーニュの川下なのだ。風に追われて水が橋を伝い流れてくる。キラキラと時折光っているのは、一緒に流されてきた魚の腹だろう――思ったところでハールは言った。「え?あれ?」

 水が、急に変色し始めたのだ。それまで透明だった水がエメラルド色へと。え、えっ?思った途端ハールは気が付いた。違う――色が変わったんじゃない、来たのだ、『援軍』が!!

 ザァッと音が上がって水面みなもがさざ波立ち始めた。それはまるで、水を切るイルカの背びれみたいに。透明に透けて輝く背びれが弧を描いて消える。人魚!思った途端アリエスが膝を打った。振り向き絶句する。

 遥か彼方――水道橋が伸びている彼方から、水の流れて来る方角から、何千と光る何かの群れがやって来る。それは、まるで魚みたいに、水をうねりながら切ってやってきており、小波が音を立てているのだ。最初は小さく、段々と、大風の後の木のざわめきみたいに。

 ハールはあっけにとられた。ああ――アリエスが感嘆している。クザーヌスさんが、使いに向かった途端早速こちらに向かってきてくれたのだ。感謝する!アリエスが叫んだ。「水面みなもぬしよ!ロマーニュの王!!」

 メリンダがちら、とこちらを見た。それってハールの台詞なんだけど。慌てて水に屈み込む。途端に、と例の(ストッキングを頭から被ったみたいな)ちょっと怖い顔が現れて、だがハールはどうにか恐怖を堪えると水面に屈み込んだ。「人魚」が水から顔を出す。「ど、どうも、エリアネーデさん……」

 アリエスが割り入り手を取った。預かりものです、と言わんばかりに人魚が指輪を差し出してくる。それを受け取り、ハールに渡してしまうと、アリエスは目を上げた。初めて見る顔、他でもない、世継ぎとしての精悍なハール自身の眼光を露にする。

「王都までは半日――」アリエスは言った。「貴方がたの足では、そうもかかりますまい。聞いてくれ、皆。我々はこれよりアルタイルに向かう」

 はっとする。レリオットが腰の剣に手を添えており、ハールはそこに宣言するように言い切った。

「目指すは王城、エステルシュタイン!」荒野に視線を飛ばす。「我が牙城だ。王さえ取れば造作無い――兄王は玉座の間に居る」

 人を信じられぬ者の待つ末路だ。ハールは冷淡にそう言った。「城内で最も頑強とも言われる場所――そこに彼等は居る。そしてリュジャンは狡猾だ。兄が討たれるまで加勢はしまい」

 ハールは目を剥いた。何ですって?つまり、もしハールが現れても、兄が殺されるまでジッとしてるってこと?

「生憎とリュジャンは腕が立つ」ハールは軽く笑った。「魔法はさしたる腕ではないが剣の腕が。そこでだ」

 君の出番だ、レリオット。ハールはレリオットを見た。御意、レリオットは知れたことというように頷いている。「君に背を預ける――まず、我々は例の『通路』を辿って玉座の間へと向かう。城の中枢部へ。ひと息に」

 だがそれには一旦城門を潜らねばならない。アリエスは、そう言うと懐から例の地図を取り出した。すぐさま広げると光の道が尾を引き地図の上に現われる。「この隠し通路は――城下にある、街の一角の古い門の地下から続いている。まずそこに辿り着かねば」

 げ。途端にハールは顔を強張らせた。そこには、確かに塔のような格好の絵が見えている。ゴミゴミとしたアルタイルの城下町の地図に、塔みたいな絵が見えており、その下を道は城に向けて走っているのだ。「それってつまり…」

 見張りだらけの所に行くの?ハールは青ざめた。敵の兵だらけの所へ?皆黙っており、ハールは叫んだ。無茶でしょ!見付かって速攻捕まえられるわよ!!

 オマケにユリジェスちゃんまでうろついてるのに――ハールは言おうとした。それ即ち、うっかり姿を見られようものなら二次災害まで起きかねないということだ。発見されたハールたちを庇おうとしてユリジェスちゃんが逆に「裏切り者!」なんてことになる死亡フラグ――「!!」

「そう、そうなるな」アリエスは笑った。「そこで彼女の力が必要になる」

 へ。ハールは思わず顔を上げた。彼女、ですって?メリンダがいつの間にか横に立っている。ハールの横に彼女は立っており、いつもと変わらぬ冷静極まりない顔だ。「はい」メリンダは頷いた。スカートをつまみ礼を取ってみせる。「お嬢様の御意のままに」

 メ、メリンダ――ハールはモゴモゴした。一体何を……だが急に不安になってきてハールは叫んだ。「どうして?メリンダまで駄目よ!何させるつもりなのよアリエスったら!」

 その途端アリエスが背中に手を回した。意を決したように何かを差し出す。それは、洋裁用の大きな裁ち鋏で、ハールはゾッとした。まさか――メリンダ!!

その瞬間、メリンダは鋏を受け取ると高々と結い上げた髪に刃を入れた。声を上げる間もなくバッサリと髪を切ってしまう。あ、あ……!彼女の髪が綿毛みたいに風に舞い、ハールは絶叫した。ああ――――!!

 何てことを……!!ハールは叫んだ。この国で、こんな短さの髪になる女は一つしかない。それは修道の道を志した者。さっぱりしたような顔でメリンダは笑っており、

「どういうことなのよ!アリエス、メリンダ!!」

 我を忘れて騒いでしまう。そのとき下で声が上がった。

 ハール様――

 村の人たちだ。アリエスったら!なおも詰め寄ろうとしていたハールに向かって男が手を振った。

「ご用意が出来ました。時間です。殿下」

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