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 「ユ――ユリジェスちゃんが、大公になったですって?!」

 それから数日後、村に潜んでいたハールは知らせを聞いて驚いた。王令が支配下の街一帯に駆け巡る。エステルシュタイン家の末子、ユリジェスが新王の命により大公に任じられたと。「大公って?」

 子供が聞いてきたので、ハールは言葉に詰まった。つまりはその――思わずアリエスの方を見てしまう。アリエスはじっと考え込んでおり、うわの空だ。「た、大公って言うのは、その、つまりは王族とは別の称号をゲットしたってことで…」

 ホラ、王族って一杯いるじゃない?ハールは言った。もはやハールがこの口調なのは完全に村中にバレてしまっている。まあ……人それぞれだし…。適応力の高い人たちみたいで、村人たちは完全に許容してしまっている。「なんていうの、本当に必要とされるのは一人だけで……」

「それってハール様?」子供はズバッと言った。うっ!思わず詰まってしまう。まあ……そんなとこ。誤魔化してしまい、「そんなので、残りは基本割りをくうって言うかお邪魔虫っていうか…」

 途端にピシャン!と背中を叩かれハールは黙った。もう!メリンダがカンカンしている。しゃんとなさいませ!何ですのよその説明は……怒ってしまっており、指をピンと立てると引き取った。「つまりは、お世継ぎになられた方以外の人間は、基本身を落とされるのが通常なのです。辺境伯になられたり、王都から遠く離れて」

 そうなんだ…子供はへー、と呟いた。ハール様大変だなぁ、別の子供も言っている。

「ですが『大公』とは、王族の中に留め置かれる信用のある存在というもの」メリンダは咳払いした。「王よりも下で貴族より上の立場が大公ですから。いわば継承権から外された王族が賜る至上の位です。それにユリジェス様が選ばれたということは、それだけの信用を王から勝ち得たということで……」

 言うなり言葉に詰まってしまう。あ……メリンダが口篭り、ハールは慌ててアリエスを見た。えっと……

 それって、つまり……考え込んでしまう。もしかしてユリジェスちゃんも寝返ったってこと?それともまた別の人質的な何か? と、アリエスは顔を上げた。「ところでメリンダ、君の妹は今どうなっている?」

 言うなり慌てて言いなおす。「どうなってるのかしら?」大根演技とはこのことで、だがメリンダは気にせず頷いた。「はい、今この村の方が代わりにアルタイルの城下に向かっておりますが――」

 お嬢様の隼を得るにはあと半日ほどかかりそうです、そう言った。「え?」

 隼って……記憶を手繰る。そう言えば、ハールは――アリエスは、以前屋敷で隼を買っていた。ご大層な名前で、コノカに――ハールに敵意を剥き出しにしたあの獰猛極まりない鳥。「ぶさ子を?何で?」

「妹に伝書に飛ばしたとき、そのまま預かるように手紙に含めておいたのです」メリンダは少なからず得意げに言った。そういやそんなことを言ってたっけ?「鳥の目は実に役に立ちます。まして主従契約を結んでいたならなおのこと…」

「そんなもの?アリエス」

 だが、それから半日後、計画通り引き取られてきた「ぶさ子」を見て、ハールはその言葉に間違いがないことを知った。クー!キュー!隼が再会を喜んでアリエスに額を擦りつけている。ウウー…相変らず唸るラリマーとハールの方を見て『ギシャ――――!!』と言った。何なのよ、もう!

 アリエスが何かを隼の耳に語りかける。その途端、隼の目が青く光り、ハールは後じさった。しっ…!レリオットが耳打ちする。「〝神託〟だ」それと同時にアリエスの目も青く虹彩が光る。

「……これは」アリエスが目を上げた。それはまるで「予言者」みたいな。青く妙に軌道を描いた目が宙を見渡す。な、な、ハールはメリンダにしがみ付いた。突然何なの…!その瞬間、ハールが何かを詠唱した。途端にふうっと周囲が霞んで視界が濁り、ふいに周りの景色が切り替わる。まるで、立体映像の中に突然ポンと投げ込まれたみたいに。「……!」

 アルタイル――刹那、ハールは気付いた。大勢の人間が行き交う街。だが道ゆく人は誰もが俯き怯えている。まるで何かに急かされたみたいに、身を隠すようにこそこそと早足で歩いており……

 無数の話し声が――いや囁き声が飛び交っている。街の至る所に、武装したアルタイルの兵士がおり、威圧するようにして民を見張っているのだ。声がふいに聞こえてきた。誰かの囁き声。(乱心召された…… 何という…… 残忍極まりない……)

 周囲の映像が切り替わる。今度は城壁。町の頂にあるアルタイルの牙城――そのぐるりを囲むくすんだクリーム色の城壁に、茶色い妙な染みが付いている。何、あれ、思った瞬間、再び振り払うようにして映像が切り替わった。

 今度は街の中心地だ。普段ならおそらくいちが開かれる噴水のある広場に、兵がすし詰めにして立っている。かき集められた民衆が遠巻きに怯えながら、また困惑した顔で見守っており、その中に――

 ユリジェスが居た。見覚えのある桃色がかった銀糸の髪をなびかせて。

(た、大公ユリジェスの命により)どうにか声を絞り勅命を読んでいる。怯えている――その場の誰よりも。「す、水路を、数日以内に回復させ城下に水を引き込みます。魔法による水の配給は廃止し、今後生活水はロマーニュの水を……」

 だが、その瞬間ひゃっと声が上がった。老婆だ。勅命を聞いていた老婆が耳を塞ぐ。そんな!他の人間が途端にどよめき始める。「あの橋を使うと!?人喰いどもが上がってくる水をか…!」

 途端に兵士が何かを喚いた。ドッと人が流れて悲鳴が上がる。老婆をねじ伏せようと兵士が飛び出したのだ。それをユリジェスが引き止めた。「止めて!止めて下さい!民には手を出さないで……!!」

 どうにか割り入ってその場を収めようとする。針のむしろのような、凍りつくような空気の中、ユリジェスは声を張り上げた。

「に、人魚については対策を打ちます!」そう言った。「警護を敷き厳戒態勢を…どうか…!」

 大粒の涙がその目に光っている。人殺し、人殺し……!まだ老婆が呻いており、それに必死に抗うようにユリジェスがぎゅっと目を瞑ったのが見えた。

 ユリジェスちゃん――

〈この裏切者の人殺し!〉

 その途端、ふっと映像が途絶えた。


 暫くの間、誰も何も言えないでいた。

 狭い民家の中はしんとしている。今見たものは、まま現実だ。つい先ほどまで王都で起こっていたこと。隼の目を借りて、ハールが――アリエスが事態を垣間見たのだ。誰もが凍りついたように動きを止めている。

「ハール様……」

 随分経ってから、メリンダがそっと切り出した。え、ああ……思わず後じさってしまう。どう――しよう?アリエス。このままじゃ「援軍」は呼べないんじゃ……

 先日水路を壊したとき。ハールは思った。それで気付いたのだ。アリエスが何故橋の封鎖を解いたのかを。あの水道橋はロマーニュに続いていた、それでピンときたのだ。例の人魚たち、あれに数日前ハールは言っていた。人魚のボス(エリアネーデさん、だっけ?)に向かって「貴殿の心遣い、礼を言う。いつの日が援けが必要な時は、どうか力をお借りしたい」と――

 でもその水路を警戒されてしまうとなっては。ハールは唸った。彼等の援けが呼べそうにない…?だが、そのときアリエスは口元を押さえて笑った。急にふふっ!と笑い出す。初めて見るお嬢様のような笑い方だ。と、上を向いて笑い出した。

「はは!ははは!」早速ボロ丸出しだ。だが片目を細めると、そういうことか――囁いた。「ユリジェス、あいつめ。中々の役者になったな……!」「え?」

 その拍子にポンと手を打つ。「問題無いわ。寧ろ事態は好転してる。レリオット、クザーヌスは?」

 途端にハールは気が付いた。そうだった、そう言えばさっきからクザーヌスさんが居ない。あ、れ?思ったハールはアリエスが笑っているのに気が付いた。初めて見せる表情だ。何だか初めて状況を楽観視するような顔をしている。

「予定通り、今朝方発たれました」レリオットは答えた。「恐らくじき出口に着く頃かと…」

 出、口?ハールは訊いた。メリンダがふいにきゅっと唇を結び不安そうな顔をする。

「出口って……」

 何の?訊ねてしまう。と、アリエスが初めてウインクした。

「当然だ、抜け道だよ。ここに来る前通ったあの」

 途端にハールはえ―――――!!と声を上げた。

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