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第四章 社畜、賭けに出る

       1


 翌朝――

 物音と同時に、ハールは目を覚ました。外で声が響いている。どういう訳か納屋は真っ暗で、周囲には誰も居ない。寝ているのはハールだけだ。「あ、あれ?ちょっと!」

 急いで確認し起き上がる。外はまだ薄暗がりに包まれている時間帯だ。だが外で声が響いており――ハールは途端にゾッとした。「アリエス!」

 みんな!急いで外に出る。村の中はがらんどうだ。と、少し離れた場所で急にドーンと音が上がりハールはハッとなった。

 急いで駆けつける。昨日の水道橋のある辺りだ。見てみると、橋の上から煙が微かに上がっている。ハールは目を剥いた。何なの――一体!

 風みたいな早さで階段を駆け上がる。水道橋は高さ約三十メートルくらい、まともに上がればゾッとする高さだ。だが、言ってられない――上まで上がったハールは、その瞬間アリエスを見た。こちらに背を向け詠唱している。「アリエス!」

 途端にアリエスは振り向いた。巨大な溝みたいな、深さが大人の背丈ほどもある水路の中にアリエスは入っている。中は当然ながらカラカラで、目の前に大岩が山積みになっている。水が塞き止められているのだ。岩の向こうは水が来ているらしく、水の音が響いている。「こ、これ――」

「おお、ハール殿!」昨日の村長ならぬ初老の男が言った。「丁度良い。いや、今ここで作業をしていたのです。どういう訳かこちらの方がこの水路を復活させると――」

 へっ?ハールは目を剥いた。アリエスは汗だくになっている。「どういう…」

「手伝って、ハール!」アリエスは振り向いた。目の前に水路を塞ぐ格好でひと抱えも有りそうな岩が無数に見えている。足元に大分砕けた岩が転がっているが、まだ到底追いつかないのだ。「ど、どういうこと?アリエス」

「この水路を戻すことが、我々の勝利に繋がるのだと」村長は言った。「ですがそう簡単にもいきません。どうか、ハール殿、お力を…」

 はあ……やむなく全員を避難させ、アリエスと二人で水路に残る。レリオットは監視役(いつ王都から見回りが来るかも分からないので見張り役だ)メリンダはクザーヌスと下で待機だ。「ど、どうするの?」「とにかくこの岩を壊してくれ!」

 だが、そう簡単にいくはずもない。ハールはヘコを巻くことになった。例の如く魔法書を持ってくる。だがまたしても炎を出すつもりがニワトリを大量発生させてしまい……

『コケー!コケコ―――!!』足元をチャボが走り回る。ああもう!続いて詠唱すれば今度はウズラが。「何でこうなの?!私は、もう…!」

「ま、魔法の基礎が…」アリエスはよろめきながら言った。「印の組み方が、違っている。良く見てくれ、こう、こうして…」

 もう音読しちゃダメなの?ハールは唸った。例の本をポンポンする。「前も言ったけど、私は印を組むのは無理よ。この、灰にする魔法って簡単そう。ちょっと試してみるから退いて――」

 だがその瞬間、アリエスがギョッとした。ま、待てコノカ!泡を食ってハールの後ろに下がってしまう。何よもう、ハールは本を広げ読み始めた。読むと言っても目でだけど。えーと何々……ふんふん、で?

 ひと通り流し読んでしまう。頭の中にきちんと言葉が残っているのが流石オタクだ。まあね、ロイギル大ファンだし…そう思い最後に両手をポン、と岩に当てたハールは刹那ふうっと視界が霞んだのを見た。「あ、れ?」

 その瞬間、地鳴りがした。ズズン!橋脚が揺らぐみたいな振動が来る。あっと言う間もなく身体が飛び上がり、アリエスが叫んだ。コノカ!逃げ…

 言った途端決壊した。目の前であれほど視界を塞いでいた大岩が砕け散る。きゃああああっ!!叫ぶ間もなく水が雪崩れてくる。ドドォ、大量の水が流れ込み、ハールは吹き飛ばされた。きゃあああ―――――!!

 誰かが手を掴んだ。アリエスだ。間一髪で二人で橋の淵に押し上げられる。ハール様!レリオットが叫び、同時に岩があっけなく崩れた。魔法だ、魔法で灰の塊になったのだ。「ハール!」

 おおお!!真下で声が上がる。水はあっと言う間に水路を流れていく。まっしぐらに、ロマーニュの流れを運んで古い水道橋を走り王都まで。子供が駆け上がり声を上げた。「スッゲえ!!流石黒太子だ!」

 そ、そう……ハールは呻いた。頭から水浸しだ。し、死ぬとこだった……振り向くと、水は遥か遠くまで伸びる水道橋を走り続けている。

「こ、これでどうするの、ハール……?」

 振り向き訊ねる。ハールと同じく、濡れ鼠になっていたアリエスがふふ、と髪を上げ微かに笑った。

「次の段階に入るさ」

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