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第三章 社畜、たまには真面目に主役をする

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「それでねー!まあそんなので彼とは大喧嘩しちゃったんだけど」

 白昼の大通りに、盛大に声が響き渡る。いつの世もどこの世界でも女の会話は恋バナで成り立つものだ。はあ、ハールは思った。流石に今はキツい……

 あれから二週間、ハールたちは大回りすぎる道を進んでアルタイルから離れた港町に移動していた。西のヨルギス、世界各国の人間が集う大海洋都市である。

 例のナルヴィネの町で買った衣を纏い、ハールは歩いていた。よそ者の多い町。ここならば多種多様の宗教や文化を持つ人間が居てもおかしくない。十日も荒野をさ迷って、ようやく街に入ったのだ。まだ四日じゃそう疲れは取れないもので……

 レリオットはスパイ役として一役買ってくれている。使い魔契約した鷹を飛ばし、自分の主とお館様(アリエスのパパだ)に連絡を取っているのだ。『ハール黒太子の足取りは依然掴めません。どうか、これといった情報を掴むまでは外に留まることをお許しを…』

「メリンダに手紙は書かないの?」

 コノカは――ハールは流石にそう言った。書かん。レリオットはバッサリ断じてしまう。「第一俺の妻でもない。そんな、さして親しくもない女性と、気軽に文を交わすなど…」

 親しくないってことはないでしょ!ハールは怒った。あれ以来、少しはレリオットはハールを女扱いしてくれている。それは他でもない、アリエス――ハール自身が彼を女扱いしているからだ。「女性の意見だ、聞いたほうがいい。レリオット」

 へら、とハールは笑った。何はともあれこうして優しくしてくれるのは嬉しいものだ。レリオットは弱りきったようにモゴモゴした。「そ、それは確かにそうですが…」

 メリンダ…ハールは思い出してしゅんとした。ラリマーも(ハールの犬だ)一緒に置いてきてしまった。きっと今頃寂しがっているだろう。本当は全てぶちまけて(ごめんね!)そう謝りたいのにそれが出来ない――心苦しい以外の何者でもないというか…… 

「せめて、状況を説明するだけでも出来ない?」ハールは訊いた。無理だ、レリオットはそっけない。「そんな偽装の才覚はない。それに…」

 何を書けば良いのか分からんのだ…レリオットは独りごちた。まさに一刀両断だ。だがハールはピンと来た。ははあ!なるほど!

「なるほどなるほど」ハールは頷いた。何だ一体!レリオットがまくしたてる。そうでしょうとも、つまり、こうね?

「好きな子にはラインが送りにくいってやつね」ハールは納得した。「確かに何書けば良いのか分からないもんねー」

「何故そうなる!?貴様…!」

 ふふん、ハールは笑った。そういうことね、頷いてしまう。「じゃあ助けてあげるわよ。女の子受けすること言えばいいんでしょ?任せて」

レリオットは硬直している。アリエスは何故か全面同意した。「頼んだ方がいい、レリオット」「わ、わかりまし…」

 て何で!?叫ぶ。何でだ!!?だがそんなものそっちのけでハールは微笑んだ。「大丈夫大丈夫、任せて!」

「恋文指南ね、安心しなさい。上手く運んであげるから」

 だが、これが思ってもない事態を招くことになるのだ。


『――メリンダへ。

 手紙が遅れたことを、まずは謝罪する。ハールと令嬢の足取りを追ってはやひと月、何の手掛かりも無いのが悔やまれるところだ。このままではお館様に顔向け出来ん。どうか暫く街には戻らぬことを許して欲しい。

 ハールがあの黒太子であるということを、当初随分訝ったが、どうやら事実であるようだ。だがいかなる事情あれ、令嬢を――お館様の最愛の娘をかどわかすなど許してならない。必ずや、お前の主を見付け連れ戻すことを誓おう。

 追伸だが、以前話した祭りのことを覚えているか。約束を守れなかったことを詫びておく。春にはナルヴィエで祭りがある。女神を讃える花行列だが――差し支えなければ、そこに同行してくれると有り難い。

 こちらは料理が不味いので辟易する。戻ったら、君の手料理を心待ちにしている  レリオット』


 鷹を飛ばしてから三日、ハールはご満悦だった。レリオットに代筆させて書き取らせたのだ。お、おお……レリオットは何やら感心していた。「何というか…」「流暢だ。一部の隙も無い。流石は女性…」

 メリンダ、少しは喜んでるかしら?そう思った。ここヨルギスは確かに食事が不味いのだ。理由は単純、味が悪くとも繁華でお客が入るからで……「不っ味いスープ……何をどうしたらこうなるの、コレ…」

「そうだろうか」アリエスは不思議そうに言った。ずずず、と腑抜けた味の卵スープを啜っている。「…暖かい。城の食事より人の手の味がする。が」

 君の料理のほうが美味いな、アリエスは笑った。や、やだ、お世辞はいいわよ、ハールは慌てて手を振った。流石に照れてしまうのだ?「確かに貴様は料理は上手いが…」「黙ってレリオット」

 そのとき、ふっと視界に影が下りた。何かが翼を広げて下りてくる。レリオットの鷹だ!だが、その鷹は何やら丸い物を持っており、

 水晶?ハールははっとなった。アリエスが気付きガタッと席を立つ。ゆったり外で食事をしていたのに、急遽切り上げだ。「おい、急げ!」

 え、えっ?ハールは慌てた。レリオットは走り出している。急いで後を追い宿屋に戻り、部屋に閉じ篭るとアリエスは音消しの魔法を紡いだ。「何してるの?」「シッ」

 水晶をアリエスがテーブルに置く。それでやっと、ハールは気付いた。これ、前に私が使った偵察用の水晶玉…!

 だがふっと水晶に顔が写る。途端にこれ以上ないほどの音量で右から左に声が突き抜けた。『―――――――っ!!!』

 メリンダ、ハールはとっさに後じさった。ワン!犬の鼻が大接近する。ひい、アリエスが後じさり、それを押し退けメリンダは怒鳴った。『ハール様!!ハール様ですわね!?そこに居るんですのねハール様!!!』

 言うなりバシン!とテーブルを叩く。「しかもレリオット様まで!!」ヒステリーとはこのことで「グ、グルに!!どういうことですのよハール様……!!」

 な、何で?思わず硬直してしまう。なななんで?だがメリンダは手紙を突き出した。「どうしてとか思っていらっしゃいますわね?知れたこと!!レリオット様はこんなお手紙書かれませんわ!!」

 ぐ、っ!ハールは後じさった。レリオットは白目を剥いている。「こんなにスマートに女性を誘いもしません!!もう、全く……!」

 言うなりじわ、と涙目になる。とっさに身じろぎしたハールに、メリンダはボタボタと大粒の涙を零した。

「……心配、しましたのよ」呟いた。「き、急に……お嬢様と消えてしまわれて。しかもとっておきの秘策が何だと言っていたら、あれが」

 ポケットからインタリオを出してくる。それはハールが、最後の日にラリマーの首輪に手紙と一緒に結び付けてきたものだ。指輪状になった王家の印章。他でもない、ハール黒太子の証。

「知ってましたわよ!!」メリンダは怒鳴った。「!!みくびらないで下さいませ!!甲冑の肩に隠されてましたわよね?承知です!」

 な、に?ハールは唖然とした。アリエスも流石にあっけにとられている。「知ってましたわよ!でも、まさか――」

 あんな形で利用するなんて~~!!わあああ、泣き始める。「ご、ご自身を危険に晒すようなことをして!あれじゃあんまりじゃありませんの……!」

 メリンダ、ハールは口を押さえた。メリンダはボロボロ泣いている。クーン…ラリマーもしょげており、ピスピス鼻を鳴らして近づけた。

「て、手配犯ですわよ」メリンダは睨んだ。真っ赤な目で睨みつける。「追われ者のハール黒太子だと。報奨金も出され皆血眼で探しておりますわ!祖国に追われるのはお辛いでしょうけど…どうか……」

 お、お気を付け、なさいませ。メリンダはしゃくりあげそうになりながらどうにか言った。「捕まってはなりませんよ!!絶対に!お嬢様ももはやアルタイルにはグルだと思われておりますわ。どうか」

お嬢様を、守って……下さいませ。拝むように目を伏せる。「どうか無事で……」

「お茶を、ご用意して待っておりますよ!」メリンダは最後に言った。ビシ!と指を指し宣言する。「約束ですから!!」

 そう言ったきり映像が切れてしまう。沈黙が流れ、ハールは目をしばたいた。「は、ははっ…」

 ふはは!ふいにアリエスが吹き出した。上を向いて笑っている。ははははは!何だか失笑するような、でも愉快そうな笑いで――「良い娘だな、レリオット!」

「うん、すっごく……」

 ハールは代わりに呟くと、涙を堪えた。メリンダ――唇がちょっぴり震えてしまう。ありがとう……何だか心のつかえが取れた気がする。怒っていた、でも、彼女は恨んでいなかった。それどころか、全てを知った上で仲良くしてくれていたのだ。ハールが『黒太子』であることを知っていて。

 つと目尻を拭われて、ハールは我に返った。「気持ちは分かるが」アリエスが微笑む。「男の体だ。泣くのは控えて欲しい」「う、うん。ごめん…」

 レリオットはほっと息を吐き出している。今度は自分で書かねばならんな……天井を見て囁いた。そうね、ハールは苦笑した。失敗しちゃってゴメン。

 気にするな…レリオットは呟いた。他人に任せた俺が悪い……そう言い悩んでおり、それを見てハールは思った。一つ片付いた。というか、解決した。最大の(個人的な)不安要素。が――

 『追われている』って?思い出す。さっきの言葉を。手配犯だって?それもアリエスまで?

 それって、もしや――

 予想以上に危ない状況なんじゃ。

 アリエスが頷く。そしてハールは、その勘が当たっていることをわずか数刻後に知らされることになる。

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