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 東の魔女には誰も会えない。会えるのはただ――

 翌日の昼過ぎ、三人は町を後にした。身なりの良い男が女を連れ帰るのは珍しいことではない。玉の輿だね、と店の主にひやかされながら、二人は宿を出て町の外に出た。レリオットに先導され馬に跨り荒野に出る。

「歌?歌って何なの」ハールは訊いた。アリエスはさっきからじっと黙っている。荒野は相変らず荒涼としており、何というか――不毛の地だ。こんなとこでまた野宿すんのね……ハールは唸った。「嫌なら残れ。同行は勧めない」

 バカ言わないで?ハールは呆れた。まだ言ってるの、そんなこと。眉を顰めてしまう。「言ったでしょ、使命を全うするにはハールが居ないと……歌って何の歌?レリオット」

「知らん」レリオットは不機嫌そうに答えた。「ただ昔からそう言うのだ。お前こそ、真理の書を紐解いているのに何も知らんのか」

 だからその真理の書って何よ!ハールはいきまいた。どうやらそういうことになってしまっているらしい。高次元の魂が住む世界にある全てが記された書物。言っとくけど、私が読んだのは『ロイヤルギルティ』一巻から四巻までですけど…

「伝記にはそうある」アリエスはぽつりと呟いた。「東の魔女は、身を隠す術に長けており誰も会えないと。ただ一つ会えるのは、ある場所に赴き魔女の喜ぶ歌を歌ったときだけ…」

 は?何それ。ハールは唸った。「……そんな適当な」「だがそう言うんだ」アリエスは眉を下げた。「だが会えた者は少ない。何を、どんな歌を歌えばいいかすら……」

 つまりは声フェチね?ハールは無理に納得した。何だか分からなくもないけど… 荒野の果てで何かが空に無数に舞っている。何あれ、ハゲタカ?思ったハールは訊いた。「どこ行くの?」

「ここから十里、マルダの山に」アリエスは答えた。「言い伝えでは遺跡が有ると。白大理の古代遺跡で、夜更けと共にそこで歌えば魔女の住まう場所に辿り着ける。事実かどうかは知らないが……」

一里って…約四キロよね。ハールは思った。てことは全部でざっと四十キロ?余裕じゃない。

が、意に反してそれから数日ハールたちは死にかける羽目になった。

変な人面ライオンみたいな獣の群れに襲われる。巨大なサソリに追い回される。ぎゃー出た!叫ぶハールは当然戦力だ。「気持ち悪っ!!」「少しは加勢しろ!この役立たず!」

後ろから頑張って魔法書で加勢するも大惨事だ。何故か大量のニワトリの群れを生み出してしまい騒ぎになる。コッコー!コッコココココケコ―!!五十羽以上のニワトリがパニックを起こして駆け回り『何とかしろ!貴様――――!!』

 ま、まあ良いんじゃない……ハールは思った。大量の晩御飯は手に入った訳だし?レリオットはうんざりしている。傷だらけになって野営するも、ハールは一つだけ気付いた。どうやらコノカは、料理に関する魔法だけは上手いらしい。「えーと…」

から揚げ。先ほどのニワトリを使って鍋を相手に魔法を繰り出す。「それからチキンカレーとチキン南蛮と……」

アリエスは素朴に感心している。言葉数が少ないのであまり喋らないのだが、「うまい」を連発している。「うまい」「うまい」「うまいな」「そ、そう」「何だこれは…」

 魔力の無駄遣いだな。レリオットは毒づいた。だったら食べんじゃないわよこの野郎!遠慮なくやり返す。ギャンギャン言い合い、翌日は足が腫れ上がるほどの岩砂漠にアブの群れ!

 もうイヤ――――!!ハールは叫んだ。たったの四十キロが地獄だ!一日数里進むのがやっと。ようやく五日目に問題の何とか山の麓に到着する。「こ、ここ…?」「そう」

 マルダの山は、本当に小さかった。三十分ほどで頂上に着いてしまう。確かに遺跡がゴロゴロしており、倒れた柱や崩れた壁の残骸が風化しかけて辺りに残っている。石くれだらけで歩きにくいし……思ったところでようやくアリエスは足を止めた。「あれだ」

 途端にハールは目を剥いた。何だか小ぶりな円形闘技場みたいな場所が見えている。白大理石で、ぱっと見には昔のコンサート会場みたいだけど……(古代ギリシャの遺跡みたいだ)真ん中に向かって緩い段差が伸びており、「こ、これ?待ってよアリエス…」

 三人揃って円形の舞台状の空間に立つ。で…?ハールは訊いた。「どうすんの?これから…」

「………」

 途端に男二人は――(厳密には正体男の女と正真正銘の男は)揃って黙った。え?ハールは目をしばたいていた。「歌うんでしょ?歌いなさいよ。はいどうぞ」

「…………」

 更なる沈黙が訪れる。言い伝えによると、ここは魔女の目が届く場所だ。つまり、それが本当ならどこかで魔女が見ていることになる――さあどんな芸を披露してくれるのと。「早くしたら?アリエス」

その途端、カッと二人が目を剥いた。『!!』せえのでそう言い後じさる。はあっ!!?言うなり思い出した。そうだ、ハールは確か物凄い音痴で……!

 レリオットは蒼白になっている。ていうか歌って何?!そんな顔をしており(そりゃあねえ。そんだけコミュ障だったら歌の一つも知らないでしょうよ…)

「ハール様お願いします!」レリオットは叫んだ。「いや、ここは君が!」「俺は歌知らないんですよ!というか友達居たことなくて…!!」「何だって気の毒な!?」

 ということで頼んだコノカ嬢!!シュバッと指さし指名される。ええっ?!コノカはたじろいだ。しかもこの場で?音楽もないのに!?「ちょっと!」

 魔法!まほう!二人は騒いだ。勝手極まりないとはこのことだ。「ホラ魔法で音楽をかければいい!」「それだ!」「君の世界の音楽なら魔女も喜ぶかも…!!」ああもう!

 仕方ない。コノカは諦め呻いた。本をぺらぺら捲り考える。えーと、まずはこうやって印を組んで……『早く!!』

 あんたらいい加減に…!その途端、出し抜けに真上から音楽が流れ始めた。しかも大音響、おまけにボカロ。ちょっとおお!だが言ってはいられず遂にやけっぱちで歌い始める。自暴自棄とはこのことで『うおおお行け――――!!』(な――何やってんの、私!わざわざ転生してこんなところでボカロとか……!!)

 しかし楽しいのは事実である。実はコノカはカラオケが好きで、週に二回は一人で叫んでいた猛者なのだ。「上手いな!!お前!」「しかし何を言っているのかはさっぱり分からんが!!?流石だ!!」

 ゼエゼエゼエ、六曲ほど立て続けに続けて歌い黙り込む。ま、まだ……?何の変化もなく、ていうかもしやお眼鏡にかなわなかったんじゃ……それかやっぱり逸話自体がインチキで。「………」

 あのー……コノカは顔を上げた。二人は硬直している。さ、流石に曲選がコア過ぎた?イケボだからハズレはないはずなんだけど……「魔女、さん?」

 そのときコノカは気が付いた。そう――にだ。それは、選ばれたものしか(嘘ですよ。冗談)分からぬ感覚。厳密には耳の肥えた者しか理解出来ない感覚だ。あまりに良い声を聴くと、際限なく聞いてしまうというやつで……

「……ふっ」コノカは笑った。つまりは無限ループ。ならこれしかない。ゲホッ……咳き込むと、コノカは言った。すう、と息を吸い込み空を仰ぐ。ハールの声なら問題ない、ハズ!だって声は人気声優だったし私もボイスドラマ聞いたときはお耳が召されるかと思ったくらいで、だから大丈夫!多分!

「……いつまで待たせるつもりだ?」 『コノカ』は言った。思いっきり腰砕け声を炸裂させてやる。エフェクトの飛びそうな顔で空に呼びかけた。「早く会わせてくれ、君に……」

『…………』

 沈黙が訪れた。何だか物凄く長い沈黙。しかも痛い。温い風が吹き抜ける。ややあってから、固まっている二人にコノカは言った。「うるさい、黙って」

 その瞬間、地鳴りがした。ズッ、ズズン!「きゃあ!」出し抜けに足元が跳ね上がるくらいの地鳴りが来る。うわっ!アリエスが体勢を崩しよろめいた。「お、わ!」揺れはますます激しくなる。ドドドドドド!!!

 随分経ってから、揺れが収まった。コン、カラン――石が周囲の遺跡から落ちてくる。顔を庇っていたハールはようやく咳き込んだ。「…あ、ああ!何!もう何なの…!」

 言うなり硬直する。周囲がいつの間にか、霧に覆われており(土煙?)、その奥に小さな――傾いだ家が見えていた。

「……ここ」ハールは呟いた。さっきとは、景色がまるで違う。円形の舞台状でもないし、いつの間にか奥には岸壁が見えている。家は岩壁にほとんど飲まれるような格好になっており(廃墟…?)ハールは思った。でも、

 扉が開いている。傾いだ家の前に付けられた小さな戸が一つ。そして、その前にフードを被った小さな小さな老婆が立っていた。

「……貴方は――」

 アリエスが目をしばたく。と、相手はフードをするりと下げた。本当に魔女みたいだ。ただしフードは灰色だけど。相手はハールを見ると、言った。「いらっしゃい」と笑う。

(……東の魔女?)

 可愛い老婆だ。だが、相手はその瞬間、これ以上なくニンマリすると(分かる者だけには分かる類の笑いだ)揉み手までしてこう言った。

「どうぞ、私の可愛いお客さん?」

 途端にアリエスとレリオットがゾッと身を震わせた。

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