目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
7

       7


「隼を飼った…だと?あの男がか?」

 二日後の昼、レリオットはそう言った。いつもの如く町に出てきたメリンダを捕まえて一緒に歩いている途中だ。メリンダの横にはラリマーが歩いており、大人しく彼女の買い物籠を口に咥え下げている。レリオットには、ラリマーはアリエスの犬だと思われてるからバレてない。まさかもう一人スパイが真横にいるとは思わないらしく(……良くないな)

(何がですの?)メリンダはきょとんとした。今、ハールは怪しい占い師さながらの状態で部屋のカーテンを閉め机の上に突っ伏している。ついでに頭から布を被り、真ん中に水晶玉を置いて、残り二方向からメリンダと犬が一緒に覗き込んでいた。

(…鳥を飼うということは、外部の者とやりとりしようとしていることだ)レリオットは、言った。水晶玉の中で端正な顔をしかめ考えている。襟足やっぱり長めだけど、エグいイケメン。メリンダがニマニマしている。(そう……なのでしょうか?だって、ハール様、魔法が本当にお下手で頭にトサカを生やされてたんですのよ?)

 メリンダったら!ハールは唸った。すみません~つい、メリンダは失笑している。(トサカ?)(ええ、トサカ。翼を癒し損ねて変な頭に…)

 するとますますレリオットは唸った。(余計怪しい)眉を吊り上げる。(動物の治癒は基礎中の基礎だぞ?そんなもの、失敗する訳がない。やはり安心させようと意図的にやっているとしか――)

 どこまでも疑うのね、アンタ。ハールは内心独りごちた。何かこいつ嫌いになってきたかも…密かに思い唸ってしまう。ラリマーも同感らしくウー…と唸っており、(兎角、油断するな。間者の基礎は確実に紛れ込み用心を解くことから始まる。油断したが最後、命はないぞ)

 ああ見えていつ本性を出すかも分からん。レリオットは重ねて言った。(隼の動きにも注意しろ…何か掴んだら、知らせてくれ)

 そう言い屋敷の前で足を止める。いつものていで、屋敷まで送ったらしく、メリンダに持っていた荷物を手渡すと言った。

(お館様に宜しく伝えてくれ)託ける。と、ついでのようにメリンダを見ると付け足した。

(その髪形、良く似合っている…)

 うおおおお、お!!?途端にハールは叫んだ。メリンダも何故か犬も同じ顔をしている。「でしょ?!もーハール様のお陰ですわよ!」「やったわねメリンダー」

 ラリマーもよしよし。ハールは頭から布を取りながら犬の頭を撫でた。先日からハールはある行動に出ていたのだ。それは、こうして密かにこちらからも敵の(悲しいかなレリオットだ)内情を探る一方、アリエスの動きも密かに探ることで……

 本物のスパイみたいで気が引けるんだけど。ハールはトホホ、と肩を落としながら思った。まず朝一番にメリンダに提案する。悪いが、今日はラリマーも散歩に連れていってくれないか?と。メリンダは目を丸くする。「あらまあ、何故です?」

 籠を犬に渡してやる。中には昨日一日さんざっぱら失敗して作った覗き見用の魔法のかかった水晶玉が一つ。そりゃもう悲惨な状態で、火傷はするわ爆発するわ指は切るわ(嫌い!魔法なんて大嫌い~~!!)

 どうにか成功したものをラリマーの咥えるお使い籠の中に入れてやる。(いーい?ラリマー。これから凄くイケメンだけどお堅い男と一緒に歩く形になるけど、良い子にしてるのよ?)(バウ)

 で、ちゃっかり二人の様子を覗き見る。百聞は一見にしかずというやつだ。レリオットがどの程度不審感を持っているかも、ついでにどんな思考回路をしているかも。「やっぱり不審者扱いみたいね…」

 まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけど?ハールは諦めてカーテンを引き開けた。この水晶、頂けません?メリンダは言っている。記憶媒体みたいなものなのでレリオット観賞用に使うのだ。「良いけど作るの大変なのよ…」「大丈夫ですわ私が作って差し上げますから」「マジで?うう…」

 本当に下手くそなんですけどね。メリンダは顎に手を当てて歎息した。「こればっかりは、実際に見ないと分かりませんわね…レリオット様も、誤解なされてますわ~~」

「そんなに魔法下手?メリンダ…」

 そりゃもう。メリンダはバッサリ断言した。「基礎中の基礎ですもの。昨日の治癒にしても、この「覗き玉」にしても、子供が勉強を教わって二日か三日目に習うものですわよ?子供はこれで遊んでますし」

 つまり足し算引き算のレベルって訳ね。ハールは肩を落とした。「それも記憶の影響なのかしら……ハール様、記憶を無くされてますでしょう?」

 ようは頭打ってバカになってると言いたいわけね…ハールはますますチョチョ切れた。それでは、また。メリンダがお辞儀をして去ってしまう。ラリマーがちょこんと横でお座りしており、もう一度よしよしするとハールは目を上げた。

 ここから先は、メリンダにも内緒だ?ハールは素早く扉に近づくと外の様子に聞き耳を立てた。実は昨日からハールは動き出していたのだ。申し訳ないかなラリマーの首をわしわしやる。「行ってきて、ラリマー」

 ラリマーは走り出した。この国では、使い魔の契約をしなくとも相性の良い動物とはある程度の意思疎通が出来る。これぞ「天性の魔力」というやつで、よほど仲の良い動物なら飼い主の意図が分かるのだ。ハールの部屋を出てラリマーはてててと足音を立てアリエスの部屋に向かっていった。器用に前足でドアを開け、中に入る。

 ごめんね、アリエス。ハールは片目を閉じた。隼の動きに注意しろ――とはよく言ったものだ。内心思い笑ってやる。そう、実は私もそう思ってたのよ。怪しい動きがあるなら先ずあれだと?

 ロイヤルギルティの筋書きではこうだ?本来なら、ハールと使い魔の契約を結んだ隼は――アスガルドは、ハールの手足となって密かに動く。祖国に居るハールの唯一の仲間、剣術の師であり元司祭クザーヌスに手紙を送るのだ。何て送ったかは分からないので私では動けないんだけど…(ていうか、魔法ほとんど使えないから使い魔契約とか結べないし)、だが返事を見てハールは危機的状況を知る。兄たちが、軍隊をここソマールに向けていること。じき到着し、彼を――ハールを見付けて殺そうとしていることを。

 この助言が有ったからこそハールは間一髪で危機を免れるのだ。常に魔法を手に溜めていた、だからこそ、あのとき、奇襲を受けたときも、ともすれば致命傷になりかねない攻撃を防げたので……

 声がした。アリエスの部屋で盛大な鳥の鳴き声が。良かった、つまりまだ隼は部屋に居る。戻ってきたラリマーを見てよしよししながらハールは思った。アリエス――彼女を見ておく必要性がある?

何だか良く分からないけど、勘なのだ。ハールは密かに目を据え思った。それは説明が付かないけれど、どうにもならない違和感。彼女を用心しなければならない、と。ハールの立てた『仮説』にはまだ遠いけれど――もし本当に「そう」ならきっと遠からず隼は動くはず。絶対に。だからその瞬間を押さえればきっと謎は解ける!

 き――ゃああああ――――!!声がした。メリンダだ。足音がして飛んでくる。鬼神の顔で。「ハール様!!」

 う、っ。ハールは思った。またか、とっさにラリマーを見る。ラリマーはフンとしており、すましたようにお座りしてそっぽを向いている。「またですわ!この、ラリマーったらとんでもない犬!!」

 言うなり火箸が飛んでくる。ついでにちりとりも。「どうして毎回お嬢様の部屋で粗相をするんですのこの子は~~!!」

 戻ってきたアリエスが固まっている。部屋の奥に、ついでに「ぶさ子」(アズガルド、だ)の籠の側にデカデカとモザイクを掛けなきゃならないものが居座っており…

「か、鍵かけたら?」ハールは言った(かけられちゃ困るんだけど)。「ダメです!」メリンダは歯噛みしてちりとりに灰を入れている。「令嬢たるもの、いつどんな事態があるかは分かりませんもの!部屋の施錠は命取り!」

 ラリマーはしれっと床に横になっている。捨ててきて~~!メリンダにモザイクつきのちりとりを押し付けられ、ハールは思った。

 動きはない。まだ。もし隼が消えたならラリマーが部屋に入っても騒がれないはず。返事が来るのは、確か鳥が飛んでから六日後の昼だ。だからいつ飛ぶかその瞬間さえ押さえれば!

「あー!ここにも――――!!」

 メリンダが嘆いている。悲壮ともいえる叫び声を聞きながら、ハールはそそくさと部屋を後にした。


 それから暫く、ハールは何でもない日常を過ごした。

 何でもないと言っても、準備はしてきたけれど。密かに思考を巡らせる。毎日のようにラリマーを送り込み、ついでに部屋でトイレをさせて(アリエスはもう諦めていた。メリンダは換気のため窓を開けっぱなしにしている)。隼がギャアギャア鳴き、駆けつけるときは時既に遅しの繰り返し。「報復してんじゃないの?」ハールはぼやいた。メリンダも唸っている。「ホラ、いきなり飼い主変えられた訳だし…」「にしても……」

 一週間後の昼、それはやってきた。ラリマーがいつもの通りに出て、何でもないように戻ってきたのだ。いつもの鳴き声が響かない。彼女の部屋に行ってみると、籠の戸が開き中身が消えていた。来たわね、思って周囲を確認する。

 メリンダは酷く不安そうな顔をしていた。戻ったアリエスが籠を見て目をしばたく。だが、(探しましょうか、お嬢様――)言ったメリンダに、アリエスは首を振るうと微笑んだ。(いいわ、きっと帰ってくる、信じましょう)そう言って。

 隼が飛んだことを、メリンダはレリオットに知らせなかった。レリオットは、アリエスが犬と鳥を交換させたことを知らないからだ。どの道彼の杞憂でしょうし…というような顔をしている。二人はちょっとずつ距離が近くなってきているらしく、ハールは笑った。「今度の休暇、卿のお屋敷の側でお祭りが有るんですのよ。子供が踊るだけなんですけど」

「へーいいじゃん」

「それに来ないかってお声掛け下さいましたのよ~~!!」

 メリンダはホクホクだ。これも『ロイギル』の筋書きとは全く違ったもの。本来なら、丁度今頃、彼女は本当にドン底だから。大事にしてきたお嬢様がドンドン離れていってしまうような気がして。ハールは不気味だし、そんなハールとレリオットは堅い絆で結ばれている。だからこそ、あんなことに……

(部屋に忍び込んで、ハールを探るのだ。そして置き去りにされた彼の甲冑の内側から、彼の指輪を見付けてしまう。そして知るのだ。ハールが隣国の王子だと。このままでは、大事なお嬢様がとんだ内乱に巻き込まれてしまうと知り)

 だがそのタッチの差でハールたちが街で襲われる。自分が暴く前に、ハールの正体が知れ、屋敷中に衝撃が走るのだ。それと同時にハールとアリエスが行方を眩ましてしまい、何も出来ない自責の念で彼女は屋敷を飛び出してしまい……

 そしてその先は知らない。何故ならコノカはそれを見ていないから。それは最新刊に、引っ張るだけ引っ張られたオチで……!

 と――ともあれ。ハールは思った。やるべきことは幾つかある。先ず、こうなった限りは推し(幽閉中のハールの弟)を助けてやらねばならないこと。次に大分狂ってはきているけど、ハールの使命を全うすること。そして、

 ハールはまばたきした。目の前の、この侍女の姿をじっと見つめる。メリンダ。確かに偶然だったけどこの世界で唯一出来た、本当は明るくてとても気の合う友達を助けること。あんな酷い有様になって何もかも失ったような気持ちに駆られて、消えてしまうなんてことだけは、絶対にさせないことで――

「何ですの?」メリンダが言った。やだ顔に何か付いてます?パパッと口を叩いてしまう。クッキー屑が、と言うとメリンダは怒った。「もう、教えて下さいませ~~!」

 和気藹々と過ごす日々。アリエスは相変らず静かだ。本当はもっと明るい性格だったはずだけど、ハールが来てから静かさが強まったというか?たまにぼんやりと外を見ては、何かを考えるような様子をしている。「お疲れですか?お湯でも使われます?」「あ、いえ……」

 お嬢様が何だか元気が無いんですのよ…メリンダは俯いていた。何というか、たまに別人のような顔をなさって?前までは大好きだった食べ物もお召しにならず、ダンスも嫌がっておいでですし。可愛いブーケをお渡ししても喜ばれなくて…」

「単なる気分の問題じゃない?ホラ、生理とか」

「男の方に言われるのは違和感が有りますけどまあ確かに……」

 慰めながら、時に笑い合いながら時を過ごす。そして、鳥が飛んで六日目――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?