翌日――
正午過ぎになって、メリンダはハールの部屋にブッ飛んできた。隠密ともあるまじき、凄まじい勢いでダッシュしてくる。「ハール様ハール様ハール様ぁ―――!!」
バッシーン!盛大に扉を開け閉てされてハールはビビった。丁度遅めの身支度をしていたところだ。今日は朝からアリエスが教会に赴く日である。アリエスはこの国でも珍しい、女性だけが崇拝する女神信仰の信者で、朝一番にその礼拝堂に出かけていくのだ。当然男性はお荷物ゆえお留守番…ついでに信者以外もお留守番。メリンダが凄い勢いで部屋に入ってくる。「聞いてくださいませ!言われた通りでしたわよ!」
やっぱりね。ハールはふふんと鏡を向いたまま笑った。借りた貴族の礼服に身を包む。格好良いけど、やっぱりアリエスの可愛いドレスが羨ましい……というのは置いといて、ハールは聞いた。「で、どうだった?上手く約束に漕ぎつけた?」
メリンダは頷いた。鼻息も荒く、そらもうバッチリと、というように。「今日はお嬢様が女神崇拝の日でしたから朝が空いておりましたの。なので、お茶を買おうと外に出たら――」
バッタリ鉢合わせた。偶然を装って、ちゃっかり張り込んでいたレリオットと。
「やだもービックリしましたわ!」メリンダは顔じゅうに笑みを浮かべながら言った。「だって、向こうから話しかけて来るなんて初めてなんですもの!「今帰りか」と言われて、会釈したら向こうから寄って来られたんですのよー。「待て、女手には重かろう」なんて!」
ぎゃ――――!ハールは叫んだ。早速フラグ立ててるじゃないの!思わず向き直る。「で、で?」「荷物を持って頂きましたわ!!『そこまでだ。送ろう、遠慮するな』ですって!」「何それ裏山!!」
「ま、まあそんなので」コホンとメリンダは咳払いした。「…思った通りでしたわよ。訊いてこられました。最近屋敷で何か変わったことはないか、と」
そこから後は筋書き通りだ。ハールは真顔になり黙った。沈黙は雄弁な肯定。どうしてそのようなことを……口篭るメリンダにレリオットは訊ねる。「もしやあの男か」
イエス。メリンダとハールは揃ってガッツポーズを取った。
「べ、別に目立ったことがあるわけではないんですのよ」メリンダは言ったという。「た、ただ、どこか違和感というか……中々部屋から出て来られないですし、それに、何かを考えていらっしゃるような…」
お、おお……聞きながらハールは思った。それってまさにロイヤルギルティの筋書き通りだわ?思わず目が光ってしまう。当初、本来なら怪しんでいたのは侍女のメリンダ。中々部屋から出てこず、常に何かを考えているような様子の男に、当然ながら不審感を抱く。仮にも同じ屋敷には妙齢の娘が住んでいるのだから…しかも、彼女の主人アリエスは何故かハールに好意的だし……
部屋を探れど何も出ない。だが確実に募る不審感。そんな折、隣国での謀反の知らせが流れてくる。本来の筋書きでは飛び出そうとするハールを引き留め盟友となるレリオット。だが、彼等の繋がりが強固になる一方で、一層孤独感を強めることになるのは他でもない彼女で……
「ま、まあそんなので、怪しいとは思いますと答えたんですの。そうしたら「やはりか」と。で、で!ここからが本題なんですのよ!「実は俺も不審な者だとは踏んでいる。間者と決め付けるのは早計だが、そちらの主のため、我が卿のため、少し協力して貰えないか」と!」
ハールを見張り、逐一動きを知らせて欲しい。そう言ったというのだ。「出来れば毎朝でも――こまめに声を掛けさせて貰う。貴殿に頼めるだろうか」と!!」
いよ――…っしゃ、ハールは声のないガッツポーズを取った。メリンダは興奮も冷めずまだ頬を赤らめている。「で、でも」とふいに不安げな顔をした。「よろしいんですの?本当に。だって、これだとハール様が本物の不審者になってしまってますし…」
いーのよ、ハールはウインクした。気にしないで。唇を吊り上げ肩を叩いてやる。「そっちが上手くいけばそのうちこちらの誤解も解けるでしょうし…ありがとメリンダ」
すると、メリンダは目をぱちぱちさせた。変わった御方ですわね…とでもいうような顔をしている。だが、ふいにぷっと吹き出すと突然笑い出した。「す――すみません、何だか」
「?」
「私、誤解してましたわ」メリンダは首を竦めると苦笑した。「ですから謝らないと?ハール様、とってもいい御方ですわね」
ハールはきょとんとした。だがメリンダはにっこりしている。「最初は何て怪しい方かしらと思いましたけど。でもこうして見ると、凄く明るいし、何と言うか……」
趣味も合いますし、そう言いニコリとする。そう言われると悪い気はしなくて、ハールはにっこりし返した。「嬉しいですわ、ハール様を理解できて」
メリンダは行ってしまった。はあ、その足音を耳に密かに独りごちる。本来なら、アリエスの姿だったらもう完璧だったんだけどね……女性としてメリンダとも親友になれるし、大好きなハールとも一緒に居られて。でも…
世の中そうは上手くはいかないもんよね。「ハール」は思った。多々問題のある部位を鏡でチラ見する。コレとかアレとかあーゆーやつとか。いい加減多少は見慣れたけど、好きな人のそんなのを見慣れるのは流石にどうよと……へへっ…
ま、まあ仕方ないけど?無理に頭を切り替える。とにもかくにも、メリンダのお陰で話は第二の段階に入った。そんなら次は新たな手に出るまでだわ…
コンソールに近付き、引き出しをまさぐる。あろうことか、定期的にこの家の主人が渡してくれている小遣いを出すと、ハールはポンと宙にそれを投げキャッチした。
ふふん、と唇を吊り上げる。今に見てなさい、レリオット?
「な、何です?一体。朝から騒々しい……」
翌日の朝、とんでもない鳴き声と共に起こされたアリエスは、ハールの部屋を覗くや否やそう言った。部屋の中で、悲鳴を上げている二つの生き物が居る。一つ、不審者ハール。もう一つは籠の中で盛大に声を上げている隼で――
ギャギャギャギャギャ、ギャ――――!!隼は屋敷じゅう響き渡る声で盛大に喚いた。ああもう!耳を押さえて唸ってしまう。うるさい!もうどこまでも斜め上なんだから!メリンダが閉口しており、箒を手に言った。「なんだってこんなもの買って来られましたの…」
ロイヤルギルティの筋書きはこうだ。どうにか祖国に連絡が取れないか、考えた結果ハールは一羽の隼を求める。伝書鳩や鷹商用の鳥を扱っている店で、一羽項垂れていた手負いの鳥を。祖国はアルタイル。どうも心無い商人に闘犬ならぬ闘鳥用に捕まえられ、案の定手負いになり捨てられていたところ拾われたらしく…
こいつは使い物にならんよ、主の言葉をよそにその隼を求めるハール。折れて曲がって繋がった翼を、魔法で癒してやり使い魔としての契約を結ぶ。こいつが話の後半で大活躍してくれるのだ。ハールのもう一人の盟友、隼のアスガルドで……
だが、今籠の中でギャンギャン鳴いている隼は全くの別物だ。それ、隼の鳴き方!?というような鳴き方をしている。ついでに頭には何故かピンクのオウムのなり損ないみたいな毛が生えており、ハールに向かって叫んだ。「ヲギャ――――!!」
な、何をしたんですの、ハール様……メリンダがドン引きしながらそう言った。何もしてないわよ!泣きながら言ってやる。「コイツ、羽根が変だし治してやろうと思って。で治そうとしたら…」
呪文集の基礎の本を出してくる。本屋で買い求めた、『サルでも分かる魔術の基礎』。なんですのそれは……メリンダがうんざりする。「失敗するハズないんだけど!なのにトサカが生えてきちゃって……」
……ぶっ。アリエスが笑った。というか、吹き出した。ぶ、ぶぶっ…「笑った――――!!」
「だ、だって」アリエスは初めて笑うと言った。「あ、あんまり…なんですもの。何をしてこんなことに……あ、あはは!」
酷い!ハールは嘆いた。「と、とりあえずこの頭何とかしなきゃ…さっきはオレンジだったのよ、このトサカ。でも何故か今ピンクに……」「動物虐待じゃないですのよ~~もう」
つとアリエスが籠に手を出した。お嬢様!メリンダがとっさに箒で身構える。だが、再び隼が(もういい。格好良い名前付けてやらない。あんたの名前は「ぶさ子」よ…)嘴で突こうとした途端、ふわりと淡い水色の光が広がった。スッと頭のトサカが消え元通りになる。
アリエスは印を組んだ。音もなく。それは金色の輪で、隼の体の回りに現れると、羽根に向かってじわじわと広がっていった。眩い光が籠に満ち、あっと言う間に癒してしまう。
「………」ハールは目を丸くした。メリンダが何故かドヤ顔している。嘘、凄い…ハールは目をしばたいた。アリエス――やっぱり彼女こんなに魔法が上手かったっけ?
すっかり隼は大人しくなってしまった。ついでに心を静める魔法もかけたらしい。不思議そうな、澄んだ目でアリエスを見つめている。だがハールが手を出すと途端にズガァン!と嘴で攻撃し『ギャ――――!!』
「ふ、ふふっ!」アリエスが笑った。ふふふふふ!口を抑え笑っている。それはまるで花みたいで、やっぱり羨ましくなるような美しさ。「ね、ねえハール」アリエスはこちらを向いた。「この子、私に貰えない?私が飼いたいわ」
…マジで?ハールは言った。またしても斜め上。「ぶさ子を?」「何ですのその悪意ある名前……」メリンダがすかさず唸る。「…いーわよ、じゃなかった。いいぞ。コイツ可愛くないし」
ありがとう、ハール!アリエスはにっこりした。籠を大事そうに抱えてしまう。隼は何故か大人しくしており、こちらを見るとケッ、というような顔をした。こ、この野郎…思ったハールをよそに、アリエスは目を細めた。「…そうね、じゃあ、名前はアスガルド」
途端にハールは目を剥いた。だがアリエスは上機嫌で出て行ってしまう。それって…名前――だが数瞬してから戻ってくる。何故か犬を連れており、「ごめんなさい、じゃあ、ついでにこの子と交換して貰える?」
へっ?ハールは目をしばたいた。それはアリエスの飼い犬だ。確か彼女を守っていた長毛種の大型犬。だがアリエスは困ったような顔をしており、
「……この子、私になつかないの」そう言った。それはアリエスが国を離れて隣国に乗り込むとき唯一気にした存在だ。不意に祖国を追われ、ハールの故郷に乗り込む決意をしたアリエスが、呟いたこと。(国を追われるってこんな気持ちなのね…)
焚き火で身を竦め、眠りながらアリエスは呟くのだ。(ラリマー、良い子かしら。あの子は私が居ないと寂しがるの。きっと今頃泣いてる…)
ラリマー、だっけ?ハールは聞いた。え、いいの?それって凄く大事な子なんじゃ。だが今アリエスの横に居るラリマーは何故か身体を横に反らしている。「さあ、ラリマー」促された途端、『バウ』思い切り彼女の手に噛みついた。「………」
「こ、こんな調子だから」アリエスはそそくさとあとじさった。手を擦りさすりしている。それってハールがされたことじゃなかった?最初に手を出した途端、思い切り手にバクッと。だがハールは試しに屈み込むと手を鳴らした。「ラリマーおいでー」
途端に犬はワン!と鳴いた。パッと飛びついてくる。え、えっ?あれ?犬はじゃれついてしまっている。「そ、そういうことだから……」
アリエスは行ってしまった。残された部屋で、きょとんとする。やっぱり変…思いながら犬に屈み込んだ。「ラリマー、お手。お座り、おまわりー」
まあまあまあ、メリンダが目を丸くした。ちゃんと出来るんじゃないですの?ラリマーったら……呟いている。犬は従順そのもので、「よーしよし」頭をわしわししながらハールは思った。やっぱりだ。何だか、彼女と私の筋書きが入れ違っている……?
奇妙な違和感が立ち込める。ま、まあとにかく仲間が出来たのはありがたいけれど。ラリマーだって、確か心強い仲間だし。物凄~くありがたいけど。
……これって、もしや……
少し調べる必要性がある……?目をちまちまさせると、ハールはラリマーとそっと顔を見合わせた。