目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
4

 食事の最中でハールは呼び出された。

 正確には、下で彼等が優雅に会食中の折にだ。余りのことにあっけにとられてしまう。

 流れとしてはこうだ――部屋に戻りコノカは考えていた。食事の間、脱走計画を練る。確かハールの計画は以下の通り。まず、夜の間は厩舎は見張りが無く静まっている。そこから馬を一頭拝借すればいい――

 手紙を残す。『アリエスへ』 書きなぐりながらコノカは思った。確かこうだった。無断で出て行こうとして、ハールはとっさに思い留まる。初めて躊躇するのだ。唯一本当の意味で親しくしてくれたアリエスのことを。そして、とっさに机にあった紙に手紙をしたためようとして――手を止めるのだ。〈アリエス、黙って去ることに侘びを言う。俺は〉

 そして途中で丸めて捨ててしまうのだ。彼女がそれを拾い、おいおい気付く。彼の素性を――それが確信になるのはあの襲撃からで、

 が。手筈通りこんな感じ?と手紙を書き、くちゃくちゃと丸めてポイと捨てたハールは耳を疑った。階下から声が聞こえている。ハール!大奥様で(アリエスのお母上だ)ハールを呼ばわっている。「ハール!困ったわね、メリンダ呼んで来て頂戴」

 な、んで?コノカはあっけにとられた。あれ?待ってそんな展開だった?だが階下からパタパタとメリンダの足音が近付いてくる。「ハール様――」

 途端にコノカはフリーズした。血の気が一気に引いてしまう。ちょっとぉお!扉にとっさにしがみ付き、そのときノックがしてメリンダが言った。「ハール様?奥様がお呼びですわ」

 何で!?ハールは訊いた。扉の隙間から覗くハールに「さあ?」メリンダが首を竦める。「お会いしたいのだと――お越し下さいませ」

 ちょっと―――!!コノカは途端に拒絶した。イヤ―――!子供のように扉を閉めようとするハールに負けじとメリンダがドアにしがみ付く。何言ってるんですの!戸を破られてしまい、怒鳴られた。「しゃんとなさいませ!殿方ともあろう方が、もう!」

 何を話せって言うのよ!!コノカは騒いだ。ていうか話が違うじゃないの!!?引きずり下ろされてしまう。居間は扉が閉ざされており、「何をしろと?!」「さあ?奥方様、お連れしました」

 無碍にもメリンダがドアを開けてしまう。使用人らしく優雅に礼を取り、ハールは(コノカは)その場に突っ立ったままでいた。「ハール!」

 パッとアリエスが立ち上がった。おやおやアリエス、アスヴェロス卿が笑う。アリエスは随分と彼がお気に入りのようだな。ゴブレットを傾け椅子に促す。「来たまえ。私の名はアスヴェロス。ソマールの執政だ」

「………」ハールは、突っ立ったままでいた。ど、どうしろと?アリエスがやってきて腕にくっ付いてしまう。だが、頭の中の情報を総動員させ「ハール」は言った。あくまで目を伏せ控えめに。「……存じております。ソマール一の槍の名手であると…」

 途端に相手は破顔した。ハハハハ!頬まで繋がった口髯に銀灰の髪が目立つ貫禄ある中年だ。古い話だ――伯爵は機嫌よく笑い口出す。「君の武勲もまだ廃れてはおらんな」マクスェル卿が笑い、「何をいう!貴殿こそ」

「私の従者が君に目を留めてな」アスヴェロス卿はちら、と目をやった。壁際にレリオットが立っている。「話を聞きたくなった――君は何処から来た?」

 途端にハールはぎくん、と背筋を突っ張らせた。え?こんな展開無かったはず、明らかな違和感に固まってしまう。相手は返事を待っており、更に続けた。「少々聞いた。戦場で倒れていたそうだな。手傷を負って――先のアルタイルとオスタバの戦いか。君はオスタバ傭兵か?」

 軍服を見た限りアルタイルのようだが。伯爵が言った。途端にアリエスが横から口を出す。フォローみたいに。「お父様、彼は記憶をなくしております」

 そ、そう。ハールは思った。それよ。とっさに頭を整理する。彼はここに居るてい、記憶をなくしているのだ。自分の氏素性も判らない――答えたのは、ただひと言、献身的に手当てし介抱するアリエスに(…ハール)と名乗っただけで……

「何と…」アスヴェロス卿は顔を顰めた。「とすると君は祖国も分からんのか?」アリエスが代わりにこっくり頷く。どういう訳か、しっかりハールの腕に捕まっており、怯えるような表情だ。「左様でございます。問い正すのは酷かと……」

 すると、ここでふっと微かにレリオットが笑った。形の良い唇を吊り上げる。何だレリオット?卿が目を上げる。「申してみよ」「いえ、聞く所、全てが分からぬようですが……」

「の割に卿の武勲にかけては熟知していらっしゃる」そう言いニッコリした。卿がきょとんとし、「はは!」再び笑った。「昔語りでも聞いたか?記憶とは皮肉なものよな」

 なん――ハールは、コノカは思った。何なの?奇妙な違和感が立ち込める。どう見ても、この展開はおかしい……メリンダは気付いておらず大人しく杓に回っている。何だかカマでもかけられているみたいな――「では」

 この噂も耳に入れるべきかは判らんな。アスヴェロス卿は、ふうっと鼻を鳴らした。噂?メリンダが杓を止める。「君がもしアルタイルの者なら――他ならぬ悲報なのだから。逆にオスタバの者なら願ってもない吉報」「あなた」ここで初めてアスヴェロス婦人が牽制するように口を挟んだ。「お慎みになって」

 何?ハールは眉を顰めた。伯爵に目配せし、卿がそっと切り出す。「実は」とハールを見据えた。「先ほど知らせが入った。王城で――アルタイルで謀反があったと」

 途端にハールは目を剥いた。何だって?今、ここで?戸惑ってしまう。だがそれよりも一瞬早くアリエスが声を上げる。「?」

 確かではない。伯爵が遮るように付け足した。だが机に杯を置き身を乗り出してしまう。「早馬で、先ほど届いた。王都で謀反があり――エルメンガルド王が崩御したと。仔細は知らぬが王子の謀反だ」

 途端にメリンダがデカンタを取り落とした。カシャーン!音が響き、とっさに静かになる。「申し訳…!」

「故にアルタイルは王位交代し――」アスヴェロス卿が再び後を引き取った。「第一王子が即位すると。第二王子は執政になる」

 なん……だって?ハールは、口をうっすら開けた。卿が微かに彼の顔を読むような目をしている。だが、それよりも伯爵が声を張り上げた。「おお、アリエス!」

 ガタン、音がしてハールは我に返った。アリエスが口を押さえている。いつの間にか俯いてしまっており、その顔はたじろぐくらいの蒼白だ。頬が土気色になっている。「……そんな…」

 まあ、アリエス!アスヴェロス婦人が席を立った。可哀相に!こちらに寄ってくる。「すまぬ、お前に聞かせる話でなかったな」だがアリエスは黙って細かく首を振った。「いえ、気分が…」

 し、失礼します……そのまま居間を出て行ってしまう。メリンダが慌てて後を追ってしまい、ハールは置き去りになった。

「――まあ」アスヴェロス卿が、気を取り直したように口を開いた。「君も、そう気に病み給うな」そう言いゴブレットを取り上げる。「第一君にとっては吉事か凶かも分からんのだ…今はゆっくりと身体を休めて」

 だが曖昧に頷き外に出てしまう。どう――すればいい?だが、お話は確実に次の段階に進んでいる。

 どうすればいいの?歩きながら、思った。そのまま屋敷の外に出る。表には卿の乗ってきた馬車と御者が待っており、ハールはそれを素通りすると屋敷の裏へ向かった。どうすればいい?動くべきなの?筋書き通りに?

 おかしい、冷や汗が出てしまう。さっきから妙な汗が止まらず、コノカは思った。悪い夢でも見てるみたいだ――全然話が違うじゃないの!私の知ってる流れじゃない。これから一体どうすれば。

そのとき声がした。ふいに後ろから咎めるような険しい声で。

『待て!』

 矢のように声が届く。刹那、ハールはつんのめるように立ち止まった。


 声と同時にハールは振り向いた。

 建物の裏は闇に包まれている。マクスェル家の屋敷は広大だが、家の正面以外は静まっており――人気は無いのだ。塀に囲まれ庭に濃い影が下りており、「はい?」立ち止まったハールは気付いた。

 すぐ後ろに、レリオットが立っている。

 金色の髪が、一目見て彼と分かる。どういう訳か、腰の剣に手が伸びており――確かレリオットはこの国一の斬撃の持ち主。その細腕からはそうは見えないけど「……貴様、何者だ」

 その瞬間、ハールは目を剥いた。はっ?思わず問い返してしまう。だが相手は少しも笑っておらず、それどころか目が底光りしており――何だか威圧するような。「答えろ。アスヴェロス殿の手前あれ以上の追求は伏せたが――」

 え、えっ?ハールは、いやコノカはポカンとした。また設定変更?だが相手は僅かに顎を引いている。確か、原作では飛び出そうとするハールに追いすがり止めるアリエス。その後、見計らって物陰からレリオットが姿を現すのだ。で、こう言う。(勿論祖国へ。そうでしょう?)

 えっと。「ハール」は向き直った。何だかさっきから番狂わせの連続だ?ここで名乗らなきゃいけないの?だが相手は片目を細めた。真っ向からハールを見据える。「記憶が無いと言っていたな。にしてはやけに通じている――答えてやろうか」

 ハールは目をしばたいた。えっ何を?だがそのとき、レリオットは音も無く腰の剣を引き抜いた。ひぇっ、言う間もなく僅かに腰を落とし構える。「貴様、アルタイルの間者であろう!」

 その瞬間相手は飛び出した。思い切り、間合いを詰めるようにして。まるで瞬時に移動したみたいに――だが、そのとき、ほとんど本能みたいにハールの腕が剣を引き抜いた。

 音がする。ギィイン!耳が痛くなるような音がして、気が付くと顔の前に抜き身の白刃が静止しておりハールは叫んだ。「ぎ――ぎゃああああ!」

 ち――コノカは思った。ちょっと――――!!だが再び音がして剣が弾き返される。ギャリィッ!鼓膜が振動し、ま、ま、コノカは思った。再び打ち込まれる。どういう訳か身体は勝手に動いて受け止めているけれど。『待って――――!!』

 鬼!!そう思った。相手の目が光り緩慢に弧を描く。魔力を溜めているサインだ。レリオットは魔法にも明るい。コノカはゾッとした。このままじゃ、至近距離で撃たれて殺される!

 その瞬間、ボッと音がした。レリオットの左手に光が宿る。まずい、思った瞬間、出し抜けに声がした。『お止めなさい!!』

 刹那緑色の光が横から飛び出した。魔法を無効化する反転魔法、それはレリオットに直撃し、

 きゃああ!!メリンダが叫んだ。ドッと音がしてレリオットが吹き飛ぶ。思い切り横から跳ね飛ばされたみたいに。「レリオット様!!」

 目の前に、アリエスが飛び出した。一体どうやって――というくらいの速度で章印を結んでいる。アリエス、ハールは目を剥いた。彼女こんなに強かったっけ?だがそのときレリオットが剣を突いて立ち叫んだ。「アリエス殿!」

「下がって!下がるのです!」アリエスが言った。メリンダが口を押さえている。「この者を傷つけてはなりません!誰か!」

 な、に。レリオットが目を剥いた。声を聞いて家人が飛び出してくる。「しかし――」レリオットが口を開き、叫んだ。「この者は恐らく間者です!」

 へっ!?コノカは思った。やっぱりだ――同時に今度こそ確信してしまう。やっぱりだ、私の読んだお話と違ってきている!

「聞くと戦場で倒れていたとか」レリオットは睨んだ。顔に怪我をしてしまっている。メリンダが駆け寄ろうとしており、「記憶が無いと言うのもすこぶる怪しい――もしや、陛下を裏切る売国奴!」

 そのとき使用人が流れ込んできた。アリエス様!彼等を見付けて飛び出してくる。何だ!一体どうした!アスヴェロス卿まで出て来ており、目を剥いている。彼の目は、剣を抜いたレリオットと、ハール、そして印を組んだままのアリエスを眺めており、

「こ、これは、その!」メリンダが慌てた。そこでようやく我に返る。屋敷の裏で抜刀だなんて――絶対やってはいけないことだ。アスヴェロス卿が目を剥いた。「説明せよ!レリオット!!」

 途端にアリエスが遮った。叔父様、違います。急いで口に出す。「実は夜風に当たろうと、外に出ておりましたの。すると木陰に誰かが居て――」

 横目で激しく目配せされる。わ、私?鼻を指してしまい、「そそ、そう!で、彼女がいきなり悲鳴を上げて――不審者だと思った彼が斬りかかってきて!」

メリンダが付け足す。「ハール様がとっさに防がれたんですわ」三人順番に交互に喋り合う。「あーもう、ビックリしましたわ、よく防げましたわねハール様」「いやー参った参った死ぬかとははは……」

 沈黙が訪れる。余りの事態に、凍りついたような。アスヴェロス卿が、どうにも納得しかねる――そんな顔をしており、レリオットは石のように沈黙している。本当か…?そんな目を向けられ、三人は揃ってカクカク頷いた。『そらもう!間違いなく!!』

 ゆ、優秀な従者をお持ちですな……「ハール」は言った。多分彼ならそう言うはず、無理やり言葉を捻り出す。「凄まじい斬撃だ。流石は護国卿レリオット殿」

 何?レリオットが目を剥きこちらを見る。知っているのか?アスヴェロス卿がハールに目を向け、だが、アリエスがパンと手を叩いた。「有名ですもの!ささ中に戻りましょう!折角の酔いが覚めてしまいますわ」

 何とも言えぬままその場を後にする。メリンダ喉が乾いたわ、お茶を用意して頂戴。さっさとアリエスが中に入ってしまい、『ハール』は呆然とした。まだ頭が混乱している。だが――

「――おい」

 声を掛けられ、再びハールは固まった。は、い…ぎこちなく答えてしまう。レリオットは前に立っており、こちらを振り向いている。まださっき見た鷹みたいな目をしており――

「……不意を突いたことには侘びを言う」そう言った。唾でも吐きそうな表情だ。「よくぞ剣を受けた。だが、覚えておけ。次は無い」

 は……?ハールはフリーズした。それは、『盟友』にあるまじき疑惑と敵意の念だ。それどころか是が非でも“その化けの皮剥いでやる“とでも言うような…

「貴様の正体を、必ず暴く」そう言った。振り向き顎まで反らしてしまう。「家人に上手く取り入っているようだが、忘れるな。貴様が口を割るまで容赦はせん――」

俺は貴様の敵だ。不審者め。

は………何かにヒビが入る。それは、コノカの頭でビシッと音を立てた。レリオットは行ってしまい、コノカは思った。は、はああああ~~~!!?

 なん――なのよ?棒立ちになる。それどころか、推しに拒絶されるのは想像以上の(大)ショックで、コノカは愕然としながら立ち竦んだ。

 やっぱり、おかしい……!盟友どころかスパイ疑惑の不審者扱い……!!?

(俺は貴様の敵だ)

 頭にループする。メリンダが迎えに来てくれており、それを見て、もはや構えずに、(も、もう、イヤぁあ―――!!)今度こそ絶叫するとコノカは全力で地面に突っ伏した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?