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社畜と推しと花束と~転生社畜、推しになることを決意する~
社畜と推しと花束と~転生社畜、推しになることを決意する~
ふく
異世界恋愛ロマファン
2024年11月06日
公開日
15.3万字
完結済
 橋本コノカは社会人。社畜として扱き使われ心身共に限界の日々…そんな彼女は、ある日事故に巻き込まれ死んでしまう!死の間際、強く想ったある人の姿、それは彼女が唯一の生き甲斐にしていた小説『RG―ロイヤルギルティ―』のキャラクターで――
忌み子として疎まれていた王子、通称「ハール黒太子」。黒檀の如き黒髪、黒しか着ない不気味とも言われる姿。だがコノカはハールの大ファンだったのだ。目が覚めるとどうもおかしい…見たこともない瀟洒な部屋に覚えのある顔ぶれ。小説に登場するはずのヒロイン、令嬢アリエス。そしてその下女のメリンダ。何と彼女は「ハール」自身になってしまったのだった!
女ならいざ知らず男って…冗談じゃないわよ、絶句するコノカ。だが残された道は三つしかない。それは、彼女が知っている話の筋書き通りハールの遺志を継ぎ、祖国で彼の父を殺した兄王を討つこと。そしてイケメン無表情なハールのイメージを損なわないこと、最後に幽閉されている二番目の推しを救い出すことで…!
意に反して失敗ばかりのコノカ。つい数か月前まで女を(ついでにオタクを)やってたんだから無理もない?完全に危険なオネエと化してしまっているハールを不審者認定する盟友(になるハズの)に原作と違って好意的なメリンダ。そして様子がおかしいヒロインアリエス。何だか話が違ってない?
小説のハッピーエンドを目指し社畜が奔走する異世界転生ファンタジー。

第一章 社畜、推しになることを決意する

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 濛々もうもうと土煙が上がっている。砲撃と魔法の一斉攻撃に曝されて、砕け散った敷石の成れの果てだ――

 煙にむせ返りながら、少女は叫んだ。誰かが叩きつけるように叫んでいる。両腕で彼女を抱え込み、衝撃から守るようにして「彼」は思った。視界が覆われ何も見えない――一切が煙で覆われている。「――ハール!」

 ぽたりと少女の頬に何かが落ちた。血だ、傷口から溢れたばかりの鮮血。「彼」は蹲っていた。片膝をつき、彼女を庇うようにして。その背に巨大な瓦礫が覆い被さっており、 

 だが彼は強引に振り払うようにして自らそれを押し退けた。煙はまだ漂っている。周囲は何も見えず、ただ声が響いているだけ。「ハール!大丈夫なの…!」

 その瞬間、彼は目を上げた。漆黒の髪の下から赤く光る瞳が弧を描く。魔力が漲った瞬間にしか見せない虹彩の輝き――刹那、抜き打ちに腰の剣を放つと、目の前に迫った兵士の首に白刃を突きつけた。ゾッとするような瞬間つんのめったように相手が固まる。

 煙が晴れてゆく。この後は――この後は。「彼」は、思った。とっさのことだが逡巡する。そう、確か煙が晴れて、周囲を包囲されていることに気付く。兄王から差し向けられた祖国の兵だと。戦で姿を消していた第三王子、ハールを殺せと。だが、彼は冷え冷えとした声で誰何し、

こう言うのだ。『何者だ!我が名はハール、アルタイルの子にして第三王子である。身分を知っての狼藉か!』

少女は目を剥いた。そう、ここで彼女は初めて男の素性を知る。そしてその後は――その後は、

逃げ出すのだ。少女が、隙を見て詠唱していた魔法で竜巻を起こして。

そう――そうだ。「彼」は思った。あのシーンで惚れたんだっけ。どちゃくそ格好良いと。それを私がやる羽目になるなんて……!

誰何する。筋書き通り、冷え冷えとしたよく通る声で。兵士がおののき、刹那、隙を突くように白い光が閃いた。ドッ、轟音と共に足元から六本の竜巻が広がる。

『うわああああ!』

 兵士がうろたえた。風に巻かれ、踊るようにたたらを踏み互いの体に掴まり合う。彼は駆け出した。少女を抱き上げ建物の陰へと。

 ど、どうすればいいの?思った。どうすればいいのよ?ここから先は書いてなかった!だって、だって次読んだのは『目が覚めてから』で――

(どう逃げればいいのよ?!!)

――話はふた月前に遡る。


 四月は年で一番活発な時季、そして社会人にとっては――こと低所得の会社員にとっては最も理不尽で面倒な季節だ。

 トボトボと花の少ない街路樹の桜を見上げて歩きながら、橋本コノカはそんなことを考えていた。四月二十日、世間はお花見とようやく訪れた春を満喫している。夜遅くまで飲み屋が賑わい街には笑顔の人が溢る。本来なら、そんな時期なのに……

 いや、彼女も例外なく、ほんの数年前までは春が一番好きだった。キャンパスに溢れる一面のソメイヨシノに、新入生の姿で賑わう大学。履修登録を済ませて仲間たちと一緒にサークルの新入部員を勧誘する。暖かで、何かが始まりそうで、幸せな時季。それがこんなふうに成り果ててしまうだなんて……

 新歓コンパは年で一番楽しみな行事の一つだった。コノカは思い出し、薄い笑みを浮かべた。それが今となってはこのざまだ。地獄の番人から、新たにやってきた新入りたちにせめてもの選別と安寧を祈る闇の旅路の送別会……

無理やり飲まされるアルコールも、少しも面白くない上司のギャグも、有り難さのない訓辞も全てが地獄だ。こんなものに少ない給与を逐一削られる。かつては目を細めて見た桜も、今じゃ『またこの季節がやってきた』の象徴。ついでに原因不明の鬱を誘発させる悲劇の象徴にまでなってしまっており――

 こんなハズじゃなかったのに?コノカは、ぼんやりと目をしばたきそう思った。どうにか潜り込んだ中堅どころの会社で、馬車馬のごとく働かされる日々。せめて高ければ良いものの、生かさず殺さずのはした金を掴まされて、サービス残業は当たり前。定時の帰宅は反逆罪。有休、何それ?ついでに健康診断の結果は『体脂肪率、去年より五パーセント増し…』(※翻訳、痩せろ)

 こんな生活に潤いを与えてくれるのが、恋でないのが悲しいところである。本屋に行って買い込んだ本を鞄から出し、そのときキーホルダーがちりん、と揺れて彼女の鞄で微かに鳴った。

『RG―ロイヤルギルティ―』

 表紙に黒髪の、若い男が剣を構えている。片目が赤く光っており、特装版だ。漆黒の甲冑に破れた灰色のマント。ああ…

 こいつをどれだけ待ってたことか……!!

 二ヶ月前から、秒で予約。『RG』は最近始まったばかりの小説である。偶然立ち寄った本屋でコミカライズを見て、どっぷり。アルタイル王国の第三王子、通称ハール黒太子……!

 幼少期から「要らないもの」として蔑まれてきた王子。唯一血の繋がる父とは確執があり、武勲を立てることでしか愛を示せない不器用な青年。国で随一の魔力を持ち、更に秀でるは剣の腕前。黒ばかり着る不気味な出で立ちから忌まわれて、付いた渾名が「黒太子」…

 でもそんなのもひっくるめて素敵過ぎる、コノカは思った。傍から見れば痛い光景だろう。春先に、成人を過ぎた女が本を片手にホクホクなんて。だがそれでも一向に構わなかった。これだけが彼女の生き甲斐だから?帰って朝まで読み尽くそう――

 鞄に付けているハールのキーホルダーが鳴る。会社では死んでも外には出せないものだ。退勤して、一人暮らしのマンションが近くなった頃にようやく鞄の外ポケットからお目見えする宝…

 そんな彼女を見て友人たちが危機感を抱かぬはずがない。先日、会社帰りに久々に会った大学の同期が言っていたっけ。社会人になって急遽オタクを発症したコノカに、心底心配し、なおかつ同情した顔をして。「あんた、彼氏作れば…?このままじゃ婚期逃すよ……」

 せめて恋人作る努力するとかさ…ねえ。

 恋人、ね。コノカは思った。生憎と今はそんな気分になれずにいるのだ。何せ、彼女の『王子様』はこちらの方なので。まあ、このように、概して「今だけ」と称してオタクは婚期を逃がすらしいが――そんなことはどうでもいい。日々の激務に(いや、奴隷制に)身も心もすり切れて、もはや絶命寸前なのだから。帰ってさっさと養分補給を…

 すぐ側に、巨大なトラックが停まっている。エンジンが唸っており、山積みのパレットがぎっちり後ろに積まれている。その脇を過ぎようとしたとき、ふいに微かな音が響いた。

 それは、空気の音だった。パンッ――タイヤのパンクみたいな?だが、その瞬間、ふいに何かが動いたような気がしてコノカは目を上げた。ゆらん、と夜空に何かが身震いする。

「危ない!!」

 声がした。どこかから。無理やり飲まされたアルコールでぼけた視界に何かが襲ってくる。それは、目と鼻の先で車をなぎ倒し――

 ドッ、音がした。耳が壊れるような轟音を立てて。ドドドドドド!!

 何かが当たる。体に。あっと言う間もなくコノカは投げ出され地面に転がった。頭が何かに当たり目眩がする。だが次の瞬間胸が圧迫され、

 く、コノカは思った。苦しい……!!息が出来な――

 声が聞こえた。わああっと、叩きつけるように。遠くに人の足が見えている。大変だ!大変だ!!誰かが喚いており、「崩れたんだ!急にパレットが――」

 誰かが下敷きに!!

 冷たいものが触れた。頬に、ひんやりと。ああ、コノカは目を上げた。何となくだが事態を察する。だが幸いかなアルコールの回った身体で痛みはなく、胸から上がただ苦しいだけだ。真っ赤になるほど首から上に血が上ってゆき、手足が冷え――

 私、死ぬの?思った。ちらちらと走馬灯のようなものが見え始める。

 意識が遠のいてゆく。死ぬんだな、思った。だったら――

 どうか、出来るなら、大好きな人の傍に居られますように……

 手を動かす。キーホルダー…指を動かし、コノカは願った。

(どうか次こそは、「彼」に――一番近い場所に居られますように………)

 意識が遠くなる。身体が軽くなり、そこでふっつりと視界が途絶えた。

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