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冤罪から死に戻った悪女は魔法伯の花嫁に望まれる
仲室日月奈
異世界恋愛ロマファン
2024年11月06日
公開日
13,319文字
完結
「稀代の悪女、ルーリエ・カールストン! 俺はこの場をもって貴様との婚約を破棄し、ボーデン子爵家令嬢のヘレンを伴侶とすることを誓う」

第一王子からの一方的な婚約破棄に驚く暇もなく、ヘレン殺害未遂容疑で牢獄へ強制連行。そして取り調べも裁判もないまま、悪女として平民が集う大広場で公開処刑された……はずだった。

なぜかデビュタントの一年前に戻ったルーリエ。どうやって未来を回避しようかと悩んでいると、最年少で魔法省長官になったイグナーツが協力を申し出る。だが対価として花嫁に望まれて――。死に戻り令嬢は、魔法伯の力を借りて二度目の断罪劇に立ち向かいます!「稀代の悪女、ルーリエ・カールストン! 俺はこの場をもって貴様との婚約を破棄し、ボーデン子爵家令嬢のヘレンを伴侶とすることを誓う」

第一王子からの一方的な婚約破棄に驚く暇もなく、ヘレン殺害未遂容疑で牢獄へ強制連行。そして取り調べも裁判もないまま、悪女として平民が集う大広場で公開処刑された……はずだった。

なぜかデビュタントの一年前に戻ったルーリエ。どうやって未来を回避しようかと悩んでいると、最年少で魔法省長官になったイグナーツが協力を申し出る。だが対価として花嫁に望まれて――。死に戻り令嬢は、魔法伯の力を借りて二度目の断罪劇に立ち向かいます!

死に戻りの悪女

 ――明日の正午、ルーリエ・カールストンは時計塔の大広場で公開処刑される。


 本来あるはずの取り調べや裁判をひとっ飛びし、死罪が宣告されたのは今朝のこと。

 ヨハニス第一王子と婚約していた伯爵令嬢の処罰としては、あまりにも非道で屈辱的な死に方である。貴族の断罪はひっそりと行われるものであり、毒薬を用いるのが通例だ。

 監獄から逃げられるはずもないのに、右足首には重りつきの鎖。庶民と同じ粗末な古着に着替えさせられ、満足な食事も与えられず、すっかり髪の艶も失われている。

 頭からつま先まで、くすんだ色に包まれて貴族令嬢の面影はすでにない。

 ここ数日は家族との面会も許されず、絶望だけが募る日々だった。今夜だって、鉄格子を嵌められた窓から見上げる空は、黒に染められていて星ひとつ見えない。

 なぜ自分がこんなみじめな姿になっているのか、答えは簡単だ。重罪を犯した者の末路として、民衆に見せしめるためだ。


 なぜなら、ルーリエは稀代の悪女として裁かれるのだから。


 罪状はヨハニスの新たな婚約者となった、ヘレン子爵令嬢の暗殺未遂。だがこれは完全なる冤罪だ。蝶よ花よと大事に育てられたルーリエは、ごく普通の非力なお嬢様だ。いくら恋敵だからといって、ぶ厚い縄で絞殺するのは無理な話である。

 そもそも自分の手を汚してまで殺害する動機もない。婚約だってルーリエに一目惚れしたヨハニスから申し込まれたものだった。

 出会いは一年前のデビュタントで、王族からの求婚を伯爵令嬢が断る選択肢はなかった。それでも婚約者として好きになる努力はした。向けられる好意と同じくらいの気持ちを返せるよう、歩み寄ってきたつもりだ。厳しい妃教育にも耐えた。

 狂おしいほどの愛情はなくとも、ゆっくりと育んでいけばいいと思っていた。しかしながら、描いていた幸せな未来はいとも簡単に崩れ去った。


(わたくしが稀代の悪女? ばかを言わないで。悪女というならヘレンのほうじゃない)


 ルーリエは悪女だ、と吹聴していたのはヘレンだ。

 最初は、男好きで有名な彼女の話を誰もまともに取り合わなかった。

 けれども、ヨハニスがヘレンと仲良く話す様子が多くなってから雲行きが怪しくなった。次第にヨハニスは自分の婚約者を冷たくあしらい、周囲もそれに同調するようになったのだ。

 真実とは違う噂が社交界に拡散され、悪女伝説だけが一人歩きした。その結果、ルーリエは「稀代の悪女」とまことしやかに囁かれるようになった。


(……やはり、納得がいかないわ。第一、ヨハニス殿下の態度もおかしいもの。穏やかに話す方だったのに、突然手のひらを返したように敵視してくるなんて。誰も……家族でさえ、わたくしの言葉に耳を傾けてくれなかった……。どう考えても不自然よ)


 だけどもう、自分には時間がない。残された時間はあまりにも短く、誰ひとり味方もいない状況で打てる手などあるはずもない。

 できることは女神に慈悲を請うぐらいか。

 それとも悪女らしく、呪いの言葉を吐きながら民衆に悪態をつくべきか。

 いずれにしろ、理不尽な人生の終幕だ。婚約者を横取りされただけでなく、悪女として裁かれるなんて。一体どこで運命の歯車は狂ってしまったのか。


(せめて来世は無難に生き延びたいわね……)


 翌日の澄み切った青空の下、ルーリエの命は儚く散った。


 ◆◆◆


 芽吹きの春を連想させる優美なフルートの旋律が聞こえてきて、ハッと意識を取り戻す。耳に馴染んだ音色はどこで聞いた曲だったか。ワルツでよく使われる初心者用の定番曲であることを思い出し、ふと瞼を開ける。


(…………あら?)


 目を開けた先にあったのは天国や地獄ではなく、豪奢なシャンデリアが輝く王城の大広間だった。鼻につくのは、甘ったるい香水の匂い。周囲を見渡すと、着飾った紳士と淑女があふれかえっている。

 既視感のある光景に戸惑いが隠せない。だが磨き抜かれた大理石の床は、天井で煌々とゆらめくシャンデリアの蝋燭の明かりを反射していた。大広間の端には護衛騎士や使用人が控え、視界にはくるくると優雅にステップを踏む男女の姿が映っている。

 そして、魔法で創り出された白い羽根が舞う舞踏会は年に一度しかない。

 ルーリエはおそるおそる自分の装いを確認し、絶句した。


(……何よ、これ……。去年デビュタントで着たドレスじゃない)


 デビュタントの夜会では純白のドレスを纏うことになっている。現にルーリエの周囲にいる少女は全員が白いドレス姿だ。場慣れしていないせいか、皆そわそわしているのがわかる。どれもこれも、すべて過去の記憶と一致している。

 そこから導かれる結論にルーリエは声を失った。


(嘘でしょう……? 時間が、巻き戻ったと言うの? 本当に?)


 疑わしい思いでたたずんでいると、第一王子がこちらに向かってくるのがわかった。元婚約者の姿を見違えるはずない。さらさらの金茶の髪に金の瞳、適度に鍛え抜かれた体。

 彼はまっすぐ自分のもとにやってきて、ルーリエの手を恭しく取った。


「初めまして、美しいご令嬢。どうかあなたの名前を教えてください」

「…………。ルーリエ・カールストン、と申します……」

「ルーリエ嬢。名前の響きも素敵ですね。僕はヨハニスです。一曲、踊っていただいても?」


 王子様からダンスを申し込まれる、それは令嬢なら誰しも一度は夢見る場面だ。

 だが人生二度目のルーリエにとっては心底喜べない申し出だった。思い出すのは憎悪と侮蔑が混ざった眼差し。


(とても虫けらを見る目で断罪した者と同一人物とは思えないわね……)


 時間が巻き戻るなんて到底信じられないが、信じるしかない。

 なぜなら、ヨハニスの一連の行動もダンスの誘い文句も、すべて記憶と同じものだった。この既視感は、まるで何度も読み返した絵本を開いたときのようだ。


(……そろそろ現実を受け止めないといけないようね)


 ここでダンスを拒否すれば周りの印象が悪くなる。となれば、さっさと終わらせるのが吉だろう。

 穏やかに微笑む顔にぎこちなく頷く。

 ルーリエを優雅にエスコートし、ダンスの輪に入っていく動きは何の気負いもない。なめらかな滑り出しだ。記憶と違わず、ダンスのリードもしっかりしている。

 とはいえ、一度目の人生では素敵だった思い出も、今ではすっかり色褪せているが。

 心を無にして一曲踊りきった後、しおらしく淑女の礼をする。視線が交差するが、負の感情を悟られないよう、作り笑顔で誤魔化した。一方、ルーリエたちが踊り終わったのを見計らっていた令嬢たちは、この機を逃すまいと第一王子へ突進していく。

 すぐにヨハニスは他の令嬢たちに取り囲まれて姿が見えなくなる。今がチャンスだとルーリエは逃げるようにバルコニーへ向かった。


(まずは情報を整理しなくては……)


 記憶が正しければ、明日王城からの使者が来て、ヨハニスと婚約することになる。

 相手は王族。中流貴族である伯爵家が断れる相手ではない。つまり、婚約をルーリエの意思で回避するのは不可能だ。先ほど目が合った時点で詰んでいたともいえる。

 これでため息をつくな、というほうが無理な注文だ。

 木の葉がさやさやと揺れる音がする。後ろでは、舞踏会を楽しむ談笑の声と美しいメロディーが絶えず流れている。

 夜風で翻った、腰まで伸びたローズピンクの髪を手で押さえながらルーリエは黙考する。


(十中八九、わたくしを嵌めたのはヘレンの仕業でしょうね。でも彼女は貧乏子爵家の養女。領地は赤字経営で、余分なお金があるとは思えない。誰かを雇い入れる資金がないとすれば、資産家の息子あたりを籠絡して資金と味方を増やしたのかしら……?)


 過去に戻れても、同じ未来を辿るなら巻き戻った意味がない。

 身の潔白を証明するにはヘレンの悪行を暴く必要がある。しかし、あれは狡猾な女だ。男の庇護欲をそそる仕草で無害な女を演じている。その上でどう立ち回ればいいのかを知っている。だが同時に、同性からは嫌われるタイプだ。

 正面から立ち向かうルーリエと相性が悪すぎる。


(とりあえず、婚約解消の問題は後回しね。運命を覆すには切り札が必要だわ)


 しかしながら、そう簡単に奥の手が見つかれば苦労はない。本日二度目の深いため息をつく。すると、背中から気遣う声が聞こえた。


「……失礼、レディ。もし気分が優れないのでしたら、メイドを呼びますが」

「あ……あなたは……」


 振り返ると、燕尾服を着た紳士がいた。ルーリエよりは年上だが、まだ二十代だろう。整った顔立ちに仕立てのよい服。紺碧の瞳は長い睫毛に縁取られ、群青の髪色はラピスラズリを彷彿とさせる。

 ルーリエが言葉を失っていると、男は流れる所作で一礼した。


「申し遅れました。私の名はイグナーツ・クラインといいます」

「クラインというと……魔法伯と有名なクライン伯爵閣下でしょうか?」

「ええ、そうです。先ほど、あなたが覚束ない足取りでバルコニーに消えるのが見えまして……。どうやら顔色も優れないようですね。急ぎ、あなたの家の従者を呼び寄せましょう」

「ま、待ってください。わたくしは……大丈夫です。ちょっと夜風に当たりたかっただけなので」


 必死に否定すると、意外にもすんなりイグナーツは引き下がった。


「身体に異常がないということは、何か悩み事ですか? でしたら、ここで吐き出してみてはいかがでしょうか。すっきりすると思いますよ。もちろん、乙女の秘密は他言無用にします。そうですね……私のことは壁とでも思ってくださって結構ですよ」

「壁……」

「はい、壁です」

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