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消える缶の謎

 空っ風が肌に突き刺さる冬の昼下がり、私は駅前のタクシー乗り場で乗客を待っていた。灰色の雲が広がる空の下、周囲の景色はどこか冷たく、すべてが凍りついたように見えた。カイロをポケットに入れている手が冷たくなり始め、ついにポケットから手を出すと、温かさがじわりと広がった。



 しばらくすると、向こうから一人の若い男性が歩いてきた。彼はコートの襟を立て、寒さから少しでも逃れようとしているように見えた。車に乗り込むと、彼は不思議そうな顔で話を始めた。



「運転手さん、ちょっと変わった話を聞いてくれませんか? 自販機で飲み物を買うなら、通常はペットボトルを選びますよね? 缶よりも便利ですから」



「ええ、その通りです。缶は蓋ができないので、持ち運びが不便ですからね」



「でも、こう言われたらどう思います? さっき、有名な音楽家のイベント会場前を通ったんですが、その近くの自販機で缶類だけが売り切れていたんです」



 缶だけが売り切れる? その言葉に私は驚きの表情を浮かべた。なんとも奇妙な現象だ。彼の話に興味を持ちつつ、思わず頷く。



「それは面白いですね。缶だけが売り切れたというのは、何か特別な理由がありそうですね」



 私はその話の裏に隠された理由が気になっていた。イベント会場周辺であれば、ペットボトルも売り切れていてもおかしくないと思ったが、缶だけというのは少し不自然だ。



「そうなんです。会場前は人が溢れていて、寒さの中で待つファンたちはきっと大変だったでしょうね」



 自分自身も外にいた経験があるため、その気持ちが痛いほどわかる。その瞬間、ポケットの中でカイロがじんわりと温まっているのを感じ、ふと「あつい!」と声を上げてしまった。その反応を見て、突然、ある考えが浮かんだ。



「実は、ひとつの推測があります」私は前置きをしてから話を始める。



「ファンが外で待っている間、缶飲料をカイロ代わりに使ったのではないでしょうか」



「カイロですか?」



「はい、缶はサイズ的にポケットに収まりやすく、温かさを手に伝えるのに非常に便利です。つまり、温かい缶飲料をポケットに入れて手を温めるために使ったのではないかと思うのです。そう考えれば、ペットボトルが残っている理由も納得がいきます。どうですか?」



「なるほど、確かにそれなら説明がつきますね」男性は納得したらしい。



「もちろん、これはあくまで私の仮説ですけれど」



 若い男性は興味深そうに頷き、感心した様子で私の言葉に耳を傾けていた。タクシーは再び駅前を出発し、冷たい風の中へと走り出した。

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