雨がしとしとと降り続く夜のことだった。私はいつものようにタクシーを運転していた。だが、その日は一風変わった客を乗せていた。
若い男の顔には斜めに走る切り傷があり、その様子からしてヤクザや暴力団の関係者である可能性が高い。タクシー運転手としては、そうした客に出会うことも稀にある。しかし、客が何を言おうと、こちらが刺激しなければ問題はない。
男はうなり声を上げながら、小さな紙片をじっと見つめていた。ミラー越しにその紙を確認すると、上下がギザギザに切り取られたレシートであることがわかった。
「なあ、あんたはこれを見てどう思う?」と男が声をかけてきた。
「どうと言われても、運転中に見るわけにはいきませんから、次の信号の時に拝見します。一瞬ですが」と答えた。
信号が赤に変わり、タクシーが止まると、私はそのレシートに目を通した。見た目は普通のレシートだが、ところどころに赤、緑、青の色が塗られていた。これがレシートとどのように関係しているのか、全く見当がつかなかった。「おかしいとしか言えませんね」と無難に返した。
男は「だよな」と一言だけつぶやき、レシートを再び手に取った。
色が塗られた部分が示す意味がわからない。どうしてこんな色分けがされているのだろうか。赤、緑、青という三色が気になると同時に、なぜ私はこの順番で言ったのだろうか。これも引っかかった。
「それぞれの色で塗られている部分を、赤、緑、青の順に読み上げてもらえますか?」
「青で商品名の一部が、赤でレシートの商品番号が塗られている。あとは緑で……店舗名が塗られている」と男が説明した。
この三色は信号機の色とは違うが、何か共通点がある気がする。赤、緑、青の順に考えを巡らせていた時、急に光の三原色のことが思い浮かんだ。RGB、そうだ。光の三原色と呼ばれるこれらの色には意味がある。
「色の塗られた場所を、赤、緑、青の順に読んでください」と私は再び頼んだ。
「24、代々木公園、ベンチだ」
その言葉を聞いて、私は思わず頷いた。
「なるほど。謎が解けましたよ」
「本当か!?」と男は目を輝かせた。
「ええ、その三色ですが、光の三原色と呼ばれているんです。赤のRED、緑のGREEN、青のBLUEの頭文字を取って『RGB』と呼びます。そして、これらには順番があります。だから、赤、緑、青の順に読み取ると、意味が分かります」
「つまり、あんたはその順番に意味があると考えたわけだ」
「はい。きっと、24日に代々木公園のベンチで待ち合わせ、という意味でしょう」
男の顔に安心の色が浮かんだ。「すっきりしたよ。このレシート、仲間からもらって困っていたんだ」と男は言った。
客が降りると、私はそのレシートの中身を再び思い出した。紺色でマーカーされていた「ハム」の文字が頭に浮かんだ。ハムといえば「公安警察」の隠語として使われることがある。それなら、彼の傷の理由や、謎のレシートの重要性も説明がつく。そうならば、私の謎解きは日本の未来を左右したのかもしれない。真相は分からないが、今回の謎解きに壮大さを感じずにはいられなかった。