後部座席には、旅行中の中学生たちが座っており、彼らの雑談が車内に響いてくる。その中で特に耳に入ってきたのは、赤い羽募金に関する話題だった。
「ねえ、今年も赤い羽募金の季節になったけれど、募金する?」と、一人の女子がふと話題を振った。
「そりゃ、募金しなきゃいけない雰囲気があるからな。はあ、なんで半強制なんだか」と、男子が気だるそうに答える。
私はその会話に耳を傾けながら、心の中で募金の思い出が蘇った。赤い羽根募金か。そういえば、私が子供だった頃にもあった。あの頃は募金に協力するために、父から小銭をもらっていた記憶が鮮明に残っている。寡黙であまり表情を見せない父にお金を頼むのは少し緊張したものだ。あの懐かしい日々が思い起こされる。
「そういえば、今回の回収役は佐谷だろ? あいつ、赤い羽は勇気の証だって言ってたぜ」と、男子が続ける。
「勇気の証?」と思わず私は心の中で繰り返した。初耳だった。確かに、募金に協力することで何かしらの社会的な意味や価値が生まれるのだろうが、赤い羽根が「勇気」とは新しい視点だ。会話に耳を傾けるうちに、一つ賢くなった気分だ。
だが、話はそこでは終わらなかった。女子が心配そうな口調で「でもさぁ、去年あんなことになったのに、今年はどうなるのかしら」とつぶやいた。
「あんなこと?」私はその言葉にひっかかりを覚えた。何か事件があったのだろうか。好奇心に駆られて、何気なくミラー越しに質問を投げかけた。
「何があったんですか?」
その問いに、女子がため息をつきながら説明を始めた。
「それがさ、去年は募金をある程度集めて、ラストスパートってところで、赤い羽根がなくなったのよ」
「なくなった?」と私は思わず口を挟んだ。「足りなかったという意味ではなく、物理的に?」
「そう。赤い羽根だけが忽然と消えたの」と、女子はイライラした様子で答えた。
なるほど、不思議なことがあるものだ。赤い羽根がなくなるだなんて、あまり聞かない話だ。私はその話にどんどん引き込まれ、自然と探偵のような思考を巡らせ始めた。
「それで、赤い羽根はその後出てこなかったんですか?」と、私は再び尋ねた。
女子はぶっきらぼうに「そうよ」と短く答えた。彼女の苛立ちが伝わってくるが、どうしてそこまで怒っているのだろうか。
赤い羽根自体に特別な価値があるわけではない。募金の象徴としては重要だが、盗む動機としては弱い。ならば、どうして消えたのか? 何かもっと複雑な理由があるに違いない。私は頭の中でいくつかの仮説を立て始めた。
「一つの可能性なのですが……」と前置きしながら、私は話を始めた。
「赤い羽根がなくなったのは、そちらに目を向けさせるためではないでしょうか?」
「どういうこと?」と女子が不思議そうに顔を上げた。
「手品のようなものです。手品師が観客の目を引きつけるために、意図的に目立つ動きをして、実際のタネを別の場所で仕掛けるように。赤い羽根がなくなったことで、みんなの注意がそちらに向けられた。その結果、募金の方に目が行かなくなった可能性はないですか?」
「募金に?」と、男子が話に乗ってきた。
「つまり、赤い羽根がなくなったことで、募金が少しずつちょろまかされていたってこと?」
「その可能性は十分に考えられます。募金の金額は途中であまり確認しないことが多いでしょうから、気づかないまま、少しずつ削られていたかもしれません」
女子は驚いた顔をして私を見つめた。
「そんな……考えたこともなかったわ。でも、確かに去年は、募金箱の中身を最後に一気に数えたから、途中で何が起こっていたかはわからないわね……」
「今年は、赤い羽根だけでなく、募金箱の管理もしっかり確認することをお勧めします」と私は助言した。
「残念ながら、性善説だけでは生きにくい世の中になってしまいましたからね」
車内は一瞬の静寂に包まれ、中学生たちはそれぞれ考え込んでいるようだった。