「本日、13時過ぎに商業施設でエレベーターが止まるという事故がありました。乗客はすぐに救助されたため、重大事故にはなりませんでした。小谷さん、この事故について……」
ラジオから流れるアナウンサーの声に耳を傾けながら、私はふと思う。今回の事故は幸いにも大事には至らなかったが、もし閉所恐怖症の方が乗っていたらどうなっていたのだろう。考えながら、そもそもエレベーターを避けるかもしれないと納得していた。
その時、後部座席から「密室空間、か」とひとりごちる声が聞こえてきた。どうやらこのお客さんは閉所恐怖症の可能性があるようだが、個人情報に踏み込むわけにもいかず、私の興味だけが募る。
「なあ、あんたは密室を経験したことがあるか?」と、髪を金色に染めた若い男性が突然話を切り出してきた。そういえば、私はそんな経験はない。自然に首を横に振った。
「そうだよな……。俺は経験があるぜ」と男性は、まるで自分の話を聞いてもらうのを楽しんでいるかのように続ける。
「密室を、ですか?」と、私はさらに興味を引かれた。
密室という言葉には探偵としての好奇心を刺激される。男性が話を続ける前に、こちらから質問するのは控えた方がいいだろうと思った。
「それも家の中で、しょっちゅうあるんだ。室内のドアが開かないことがあってな」と男性が語り始めた。
彼の話す内容は密室のミステリーとは少し異なるが、非常に興味深い。ドアが開かないという現象が、どのような背景を持つのかに引き込まれる。
「ドアは押して開けるタイプなんだが、押しても反応がないんだ。だが、しばらく放っておくと開くんだよ」と彼が続ける。
その話を聞いて、ドアの仕組みに関して何か理由があるのかと思い始める。引いている可能性はないと確信する。
「いくらボロアパートに住んでいるとはいえ、ドアの立て付けが悪いわけでもない。ほんと、不思議だ」と男性が言う。
金銭的に苦労していることは、服装から予想はしていた。それを聞いて、私はふと自分が幼少期に住んでいた家のことを思い出した。
あの頃、家族で住んでいたアパートも相当に古かった。築年数こそはっきり覚えていないが、冬になると窓の隙間から冷たい風が吹き込んできて、母が手作りの布団を窓際に置いていたのをよく覚えている。父はその当時、仕事が忙しく、家にはあまりいなかったが、そんな中でも母と二人、暖房の効かない部屋で寒さに耐えながら過ごしていたものだ。
「お客様、建物が古いとおっしゃいましたね。具体的にはどのくらい古いのでしょうか?」と、私は興味を持って尋ねる。
若者は腕を組みながら考え込み、「築30年はありそうだな」と答える。その情報をもとに、私は次に話すべきことを考えた。
「それなら、一つの可能性を提示できます」と私は話を切り出す。
「あなたが住んでいるのは古いアパートですね? つまり、最近の法改正に対応していない可能性があります。建築関係の法律に」
男性は興味津々で頷く。私はゆっくりと説明を続けた。
「平成15年には、シックハウス対策として24時間換気が義務付けられました。もし、それに対応していない古い建物なら、ドアの下にアンダーカットがないはずです。アンダーカットとは、ドア下部の隙間のことを指します。これがない場合、室内と外部で気圧差が生じてドアが開かないことがあるのです」
男性は少し驚いた様子で「じゃあ、時間が経つと開く理由は?」とさらに質問してきた。
「それも説明がつきます。古いアパートであれば、どこかに隙間がある可能性が高いです。隙間を通じて空気が交換され、気圧が均等になると、ドアが開くということです」と説明した。
彼は納得したようで、「大家に文句を言ってやる」と息巻いた。私は微笑みながら、最後に一言。
「まあ、大家に文句を言う前に、ドア下に隙間がないことを確認してくださいね」と付け足した。
タクシーが目的地に着くまでの間、彼は熱心に話し続け、私もその話を興味深く聞いた。目的地に到着する頃には、彼の問題が少しでも解決の糸口を見つけられたことに満足しながら、タクシーのドアを開けた。