「ここからは爺さんにも分からないだろうな。動機や釣部の爺さんとどうやって出会ったか。いくら賢くても、こればかりは推測するしかないからな」
やめろ。やめてくれ。これ以上、暁から犯行を認める言葉は聞きたくない。
「そうじゃな。さすがにわしもそこまでは分からん。問題なければ話してくれんかのう」
「さて、どこから話すかな」
「暁殿、まずは二人の動機が知りたいのう。わざわざ手の込んだ殺し方をしたのじゃ。それなりの理由があるのじゃろう?」
「まあ、そこから話すのがいいだろうな」
僕は喜八郎さんと暁の会話を聞くまいと耳をふさぐ。しかし、静寂な広間の中では二人の声が際立つ。どうしても聞こえてしまう。
「まずは俺の動機からいこうか。簡単に言ってしまえば夏央のやつにふられたからだ。それもこっぴどくな」
それは僕も初耳だった。
「俺は夏央と、あいつと付き合っていたんだ。一年くらい前からな。俺は夏央にぞっこんだった。俺たちは性格が似通っていた。それにお互いにアウトドア派で話があった。これは運命だと思ったね」
暁の声が広間に響き渡る。暁は遠い過去を思い出しているのか椅子に深々と座り、視線を上げて目をつぶっている。
「でも、この前ふられたんだ。単にふられたなら、こんなことはしなかったさ。俺に魅力がないんだと諦めもつく。現実は違った。あいつは俺のことを財布としてしか見てなかったんだ。それにあいつには別に彼氏がいたんだ、本命のな。俺は夏央と楽しい時間を過ごすために必死にバイトをした。それはあいつからすれば、養分が大きくなったとしか見えてなかったんだろう。そして、ある日こう言われたんだ。『今までありがとう。新しくもっとお金持ちの人を見つけた。もう付き合ってるんだ。気づいてたか? だから、暁とはこれでおしまいだ』ってな。それにこう続けたんだ。『でも、新しい財布ともすぐにバイバイかもな』。俺はやつが許せなかった。俺のあとにも被害者が出るかと思うと、俺の憎しみは倍増した」
暁は大きなため息をつく。僕は夏央にそんな一面があったとは知らなかった。いつも明るく陽気だから裏表がないと勝手に思い込んでいた。
「それは辛かったの。だからといって理性を失ってしまっては、獣と変わらん」
「老いぼれに何が分かる! 俺はもてあそばれたんだぞ。それも大切な青春時代にな。あんなやつとは出会わなければよかった……」
暁の声には哀愁が含まれていた。僕には彼を慰める言葉が見つからない。
「だからだよ、あいつを焼殺したのは。撲殺じゃあ腹の虫がおさまらなかったんだ。生きながら焼かれる、苦しく死んで欲しかったのさ。まるで魔女が火あぶりにされるようにな」
暁は何かに取り憑かれたかのようだった。
「本当は俺自身が手を下したかったが、アリバイの都合上、釣部の爺さんに任せざるをえなかったんだ。なにせ、動機の面から捜査されれば、真っ先に容疑者候補に挙がるのは俺と周平だ。周平、なんで俺がお前と一緒に火災報知器の音を聞いたか分かるか? あれは俺自身のためではなく、お前のためでもあったんだ。友人が俺の身勝手で冤罪で捕まっちゃあ困るからな。『夏の間』の事件では俺たち二人にアリバイが必要だったんだ」
暁は夏央を計画的に殺した。それは許されることではない。でも、そんななかでも、友人である僕に容疑がかからないように気遣っていたのだ。
「なるほどのう。だが、どのような事情があろうとも、殺人は許されることではない。法学部生の暁殿ならよく分かるじゃろう?」
「ああ、分かっているさ。許されないだけじゃあない。裁判にかけられれば、下手すれば死刑だろうな」
「じゃあ、うちの人はなんで天馬さんを殺そうとしたのかしら。暁さん、何か知らないかしら」薫さんが尋ねる。
「この館に来てからも散々釣部の爺さんの悪態を聞いてただろ。釣部の爺さんは天馬のことを『我が家の恥』だの『出来損ない』って言っていただろ? 大会社の社長として自分が成功しているんだ、小さな失敗でもプライドが許さなかったんだろうよ。そして、将来的に遺産が天馬にいくことさえ、嫌がっていた。我が家の恥はなかったことにしたい、消し去りたいって言ってたぜ。それが口癖だった。だから、絞殺に決めたのさ。『絞殺は自分の手に殺した感覚が直に伝わるから、ベストだ』ってな」
「どうやら釣部殿も正常に善悪の区別が出来なくなっておったようじゃの。さらに、
「じゃあ、やっぱり僕は釣部家の恥なんだ! 失敗作なんだ!」
天馬さんが狂ったように叫ぶ。薫さんが天馬さんを両手で押さえつける。
「天馬さん、落ち着きなさい。確かにあなたはうちの人の前では萎縮して上手く自己表現出来なかったわ。でも、この島に来てから学んだでしょう? あなたは釣部家の恥でも失敗作なんかでもないわ。同世代の人とは上手く付き合えるのよ。ネガティブな考え方に囚われてはダメよ」
「天馬、そのとおりだ。お前は俺たちとは上手くいったじゃないか。一歩前進したんだ。それに俺たちとの関係もこの島で終わりじゃあない。天馬が望むなら、俺たちが支えてやる」草次さんが力強く言う。
「ふむ、この館では悪いことが数多くあったが、良いこともあったようじゃな。天馬殿、友人は一生の支えになる。大事にするのじゃ」喜八郎さんが感慨深く言う。
「あの、感動的な場面で申し訳ないんだけど、僕は暁が秋吉さんとどうやって知り合ったのか気になるんだけど」
これだけはどうしても聞いておきたかった。秋吉さんと出会わなければ、今回の事件を起こさなかったに違いない。
「わしもそれが気になっておった。大会社の社長と一学生。普通は接点がなかろう。さらに言えば、その二人がお互いに殺したい人物がおるなんて、そうあるまいて」
「そういえば、その件はしゃべってなかったな。夏央にふられた直後だった。俺はやけになって、無相応な豪華なバーに行ったんだ。端っこで飲んでいたら、すぐに釣部の爺さんがやってきた。俺の服装がバーと釣り合ってなかったんだろう。釣部の爺さんがこっちに来て言ったんだ。『貴様のような若造が来るところではない』ってね。俺は酒の勢いで言い返した。『失恋したんだ。ほっとけ』ってな」
暁は一息にしゃべる。
「他人の失敗は蜜の味っていうだろ? あいつも俺の話を根掘り葉掘り聞いてきた。俺が夏央を殺したいほど憎んでるって言ったら、『オレも殺したい奴がいる』ときた。それからは奴と意気投合した。そして、俺たちは気づいたんだ。俺たち二人の名前と殺したい相手の名前に春夏秋冬の文字が入っていることに。あとは分かるだろう? 俺たちは新聞に広告を出した。もちろん、俺たちは主催者だ。偶然手に入れたと言って、相手を誘えばいい。この後の説明は不要だな」
「なるほど、そうじゃったか。そうなると、この館の持ち主は釣部殿であろうな。この館はかなり隅々まで整理されておる。特に書庫ではかなり几帳面にジャンル分けをしておる。執念を感じるくらいにの」
そうなると、秋吉さんも小説家を目指していたに違いない。あの書庫の中を見ればよく分かる。辞書が多かったのは、秋吉さんの時代にはスマホという便利なものがなかったからだ。
「釣部殿は一日目の晩餐会で席を決めるとき、磯部殿の方法に激怒しておった。『くじ引きを作るなら定規をあてて線を引いてからハサミできるべき』と苦言を呈しておる。彼の几帳面な性格が分かるエピソードじゃな」
喜八郎さんのセリフを最後に沈黙がその場を支配した。