「では、誰が夏央嬢殺害の犯人か。答えは釣部殿じゃよ。そう考えれば『秋の間』の一件も説明がつくのう。つまり、暁殿と釣部殿は結託しておったのじゃ。釣部殿が夏央嬢を殺す。そのかわりに、暁殿は『秋の間』での天馬殿殺人について、釣部殿と口裏を合わせる手はずじゃっただろう。本来なら天馬殿を絞殺して吊るすのみじゃった。恐らく釣部殿が天馬殿を吊るそうとしたときに、暁殿が後ろから絞殺したのじゃ。その後はみなも知ってのとおり、釣部殿を梁からロープで吊るしておしまいじゃ」喜八郎さんは一呼吸おくと話を進める。
「暁殿は釣部殿を『秋の間』で殺しておる。暁殿は釣部殿の殺人も事前に計画しておったのじゃろう。では、あえて危険を冒す必要があったのか? 釣部殿を殺すというのはかなりリスキーじゃ。じゃが、それに見合うリターンもあるのじゃ。それはなにか。例えば仮に天馬殿を殺して釣部殿と暁殿が口を合わせたとしよう。この場合、誰が天馬殿を殺したのかが問題になるじゃろう。他の者はみなグループ行動をしており、アリバイがあるのじゃ」
喜八郎さんの言葉に天馬さんはガタガタと身震いをしている。それは当然だ。危うく自分が殺されるところだったのだから。
「おいおい、仮に相棒が釣部の爺さんと組んでいたとしよう。本当にそうか、俺はにわかには信じがたいがな。それで、釣部の爺さんを殺してまで手に入れたいリターンとやらはなんなんだ」
草次さんはテーブルを指で叩きながら質問する。明らかにイラついている。
「僕にもそれが分かりません。だってわざわざ共犯者を殺すんですよ? 共犯者がいれば『秋の間』以降のみんなの行動を思いのままにできるじゃないですか。一人が何かを提案して、片一方がその案を支持する。こっちの方がよっぽど合理的です」
僕は自分の疑問をそのままぶつけた。
「確かに二人の言うことも十分に理解できる。さて、釣部殿の殺害に見合ったリターンとは何か。それは『アリバイをより強固なものにする』ことじゃ。わしらは各現場に『ことわざ辞典』があったことで、一人の人物がことわざに固執して犯行を重ねているようにミスリードされておった。『夏の間』での事件では、暁殿には諫早殿と一緒に火災報知器の音を聞いたというアリバイがある。もし、犯人が一人であればひとつでもアリバイがある暁殿には犯行が不可能なようにみえる。それが釣部殿殺害に見合ったリターンじゃよ」
「くそじじい、それも俺が犯人という前提に基づいての話だ。俺が釣部の爺さんと共犯関係にあったって証拠はあるのか?」
暁は椅子から立ち上がると、テーブルに手をついて喜八郎さんをにらみつける。その目つきは獲物を狙う肉食動物のように鋭かった。
「ふむ、当然の質問じゃ。結果から言おう。証拠はない」
「ちょっと待ってください。じゃあ僕たちは喜八郎さんの推測を長々と聞かされていたのですか!? 納得がいきません!」
「周平の言うとおりだ。結局は年寄りのたわごとを聞かされていたわけか! 相棒を犯人扱いした挙句、証拠がないときた。時間の無駄だったな。ばかばかしい。さあ、とっとと昼食にしようぜ」
「諫早殿も草次殿もなにか勘違いをしておるようじゃ。わしはこう言ったはずじゃ。『
「その言葉に差はないだろ。単なる言葉遊びに過ぎない」暁が冷たく言い放つ。
「大きな違いじゃよ、暁殿。証拠とは物的証拠、つまり指紋や返り血の類じゃ。警察が犯人を名指しするときに使う方法じゃ。わしが言う根拠とは『
喜八郎さんは頭を指でトントンと叩く。
「さて、最後は荒木殿の事件じゃな。これについては三日目の夜中から明け方にかけて犯行が行われておる。もちろん、誰にもアリバイはない。では、誰が荒木殿を亡き者にしたのか。ここまでくれば、みなもある程度察しがついておろう。暁殿か釣部殿じゃ。そのほかの者には、荒木殿を殺す動機はない。では、なぜ二人は荒木殿を殺す必要があったのか。それに彼はワインセラーで殺されておる。季節の間ではない。ここが重要じゃ」
「でも、喜八郎さん、わざわざ荒木さんを殺す必要なんてあるのかしら。私にはさらに危険を冒しているようにしか感じられないわ。だってそうでしょう? 事件を起こせば起こすほど、犯人が誰かバレる可能性が高まるのよ?」
冬美さんの言うとおりだ。僕にもリスクしかみえない。
「ふむ、当然の疑問じゃな。では、荒木殿を殺すことで何が得られるかが問題じゃな。さて、もし荒木殿が殺されていなかったら、どうなるじゃろうか。考えてみるのじゃ。荒木殿を探す理由がない以上、わざわざグループ行動をして探す必要がなくなるの。そうなれば、『秋の間』で天馬殿を殺すきっかけがなくのうてしまう。そこが重要なのじゃ。荒木殿を殺した理由の一つは『秋の間』に天馬殿を誘導し、現場に『ことわざ辞典』を置くことで、あたかも連続殺人犯が天馬殿を殺めたかのようにするためじゃ」
喜八郎さんはテーブルに置かれたコップから水を飲む。長時間しゃべっているのだ、のどが渇いて当然だ。
「さらに荒木殿殺害にはもう一つのメリットがある。荒木殿が行方不明になることで、どこかに隠れてわしらを襲おうと企んでいるのではないかと、恐怖心を植え付けることが可能じゃ。これにより、わしらに荒木殿を探す動機ができるわけじゃ。一石二鳥じゃな。さらに補足するならワインセラーで殺したのにも理由があるのじゃ。もちろん『春の間』や『夏の間』は封鎖されておる。『秋の間』を犯行現場にするのじゃから、天馬殿に荒木殿を見つけられるのは論外じゃ。ではなぜ『冬の間』ではないのか。荒木殿の名前には春夏秋冬のどの文字も入っておらん。彼の名前は荒木敬二じゃ。もし彼が『冬の間』で見つかれば、犯人がことわざに執着しているというわしらの思い込みがなくのうてしまう。今までの積み重ねが一瞬にして無駄になってしまうのじゃ」
僕は愕然とした。そんな理由で人を殺すことなんてあるのだろうか。
ふと暁を見やると、さっきまでの勢いはどこにいったのか、かなり大人しくしている。僕は喜八郎さんに対して暁が反論するのを期待していた。黙っていては自分が犯人だということを受け入れることを意味するのだから。
「では、荒木殿殺害を釣部殿か暁殿のどちらが実行したかじゃ。わしの考えでは暁殿じゃと思う。この一連の事件は共犯者同士が強く結託せねば成り立たない。それにもし『夏の間』で釣部殿が夏央嬢を殺したあとに暁殿が裏切ってしまっては、『秋の間』で天馬殿を殺すことができなくなってしまう。ここは暁殿が荒木殿を殺すことで自分は裏切らないということを証明したのじゃろう。恐らく最初から二人の中ではそう決まっておったのじゃろう。暁殿はかなり静かじゃのう。なにか反論があってもおかしくないはずじゃが」
喜八郎さんが暁に話をふる。暁、反論するなら今だ。喜八郎さんの推理をぶち壊してくれ。僕は心の中で祈る。
「……年寄りも馬鹿にはできないな。その爺さんの言うとおりだ。何もかも合ってやがる。まるで事件現場にいたかのような正確さだ。俺に反論の余地はない」
暁の口からこぼれ出たのは僕がもっとも聞きたくない言葉だった。