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矛盾

「さて、本題に戻るとするかの。『夏の間』での事件じゃが、暁殿は諫早殿と一緒に火災報知器の音を聞いておる。現場には着火装置の類はなかったのじゃから、暁殿には犯行は無理じゃ」



「おい待て、爺さん。さっきお前は相棒が犯人だって言ったよな。矛盾しているぞ!」草次さんの怒りはいつ爆発してもおかしくない。いや、すでに爆発している。



「わしは一連の事件が同一人物によるものとは言っておらん。あくまで殿と名指ししただけじゃ」

 僕には喜八郎さんの言葉がすぐには理解できなかった。



「『夏の間』での事件は別人による犯行じゃよ。ここで現場に置かれていた『ことわざ辞典』が活きてくるのじゃ。わしらは毎回現場に『ことわざ辞典』があったことで、『犯人はことわざに固執した異常者』だと錯覚しておったのじゃ。ここが暁殿ともう一人の犯人の計画の肝じゃ」



「ええと、この館での一連の事件は単独犯じゃないってことですか? もし仮に共犯者がいても、この島で会うのが初めてですよね。そう簡単にいくのでしょうか」

 天馬さんが恐る恐る質問する。



「そこについては後ほど触れるので、今は忘れて欲しい。まずは『夏の間』での真相を明らかにするのを優先させて欲しい」

 喜八郎さんの言葉が腑に落ちない。かなり重要な話だと思うのに、お預けにされた。天馬さんも同じようで、ぽかーんとしている。



「さて、別人が犯人だとして、いかにして夏央嬢を『夏の間』に誘導したかが問題じゃ。諫早殿の話によると、みなで季節の間を巡っている最中に、途中で夏央嬢が『忘れ物をした』と言って抜け出しておるのじゃ」

 確かにそのとおりだ。夏央は途中で別行動をしている。



「でも、それっておかしくないでしょうか。確かにあの時、夏央さんは途中で抜けましたが、犯人が『夏の間』へ誘導する方法が見当たらないのですけど」由美子さんがおずおずと聞く。



「おお、由美子嬢、まさにそこがポイントじゃ。諫早殿の話はとても興味深くての。暁殿は夏央嬢のあとを追うかのようにトイレにいったそうじゃな。しかも、暁殿は『夏の間』でなにかを拾って夏央嬢に渡したと聞いておる。現場には焼き焦げた紙片があったの? つまり、落とし物を渡したのではなく、その紙片を夏央嬢に渡したと考えるのが妥当じゃろう」



 なるほど、喜八郎さんの解釈だと夏央が落とし物をしたわけではなく、暁が落とし物を拾うふりをして紙片を渡したことになる。だが、肝心な紙片に書かれた内容は今となっては確認のしようがない。



「あくまで推測になってしまうが、紙片の内容は『犯人が分かった。夏の間で待て』の類じゃろう。それを『夏の間』で夏央嬢に渡したのちに、暁殿はトイレへ行くふりをして実行犯に夏央嬢が『夏の間』におると伝えたのじゃろう。つまり、夏央嬢は友が来ると思っていたから、不意をつかれたわけじゃ」



 確かに焼き焦げた紙片には「夏」という字が辛うじて読み取れた。これは「夏の間」か「夏央」をさしているに違いない。暁が犯人ではないと信じている僕にとって、喜八郎さんの推理にほころびがないのが、もどかしい。

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