「なるほど、そうじゃったか……」
僕たちが書庫での出来事を話すと喜八郎さんは考え込む。
「まあ、ダメもとで手荷物検査をしてもいいんじゃないか?」と秋吉さん。
「ぼ、僕もそう思います。辞書が出てこなくても、犯人へのけん制にはなると思います」天馬さんが秋吉さんに続く。
「お前は黙っとれ!」
秋吉さんはテーブルを思いきり叩く。勢いで机上のコップが倒れて水がこぼれる。
「あなた、落ち着きなさい。事件の連続でイライラするのも分かるけど、天馬さんにあたることはないわ」
「そうね。薫さんの言うとおりだわ。今は一致団結して犯人に対抗すべきよ。仲間割れしていたら、犯人の思う壺よ」冬美さんが援護する。
「ふむ、手荷物検査で決まりじゃな」
手荷物検査は失敗に終わった。犯人は手元に辞書を持っておくほど、馬鹿ではない。恐らくどこかに隠し持っているに違いない。隠しておくなら身近なところに違いない。だが、みんなの部屋を探しても誰も辞書を持っている人はいなかった。
「おい、朝食はまだか、朝食は!」秋吉さんがドンドンとテーブルを叩きながら怒鳴り散らかす。まるで自分が責められているような感覚に陥る。
腕時計で時間を確認すると、もう朝の七時を越している。確かに遅い。いつもなら執事の荒木さんとメイドの三日月さんが配膳ワゴンとともにやって来る時間だ。それに、空腹では頭が回らず、推理もできない。何かをお腹に入れなくては。
少し待っても、二人がやって来る気配は一向にしない。何かがおかしい。荒木さんは時間にルーズなタイプには見えない。正確な時計のような人だ。それとも、三日月さんが料理に手間取っているのだろうか?
更に待つと、ついに磯部さんの怒りが爆発した。
「客をなんだと思ってるんだ! 朝食を早く出さんか、早く! 姿を出さない主催者といい、客への態度がなっておらん!」
今回ばかりは磯部さんの意見に賛成だった。
「なあ、一回キッチンへ様子を見に行かないか? もし料理に手間取っているなら、由美子が手伝えばいい」
「ちょっと、草次。提案しておきながら人任せなんて! 自分が料理できないだけじゃない!」
とうとう草次さんと由美子さんまで喧嘩しだした。無理もない。みんな二日間のイライラと緊張感に参っているのだ。
「相棒、由美子さん、そこまでにしておけ。二人の未来は『星』だろ? 希望の象徴なんだろ? タロット占いを思い出せ。不吉な結果だけ当たって、いい結果が外れるなんてごめんだぜ」
暁らしからぬセリフだ。普段は自由奔放な暁もさすがに空気を読んだのか、おとなしい。
「悪かったよ、由美子」
「私こそ、ごめんなさい。取り乱して恥ずかしい姿を見せちゃったわ……」うつむきながら由美子さんが言う。
「まあ、なんにせよキッチンに行かなけりゃ、話は進まなそうだな。さて、みんなで――」
次の瞬間だった。キッチンの扉を開けて三日月さんがやって来る。荒木さんの姿は見当たらない。
「おいおい、心配かけさせやがって。何をしていたんだ?」と暁。
「遅れてしまい、申し訳ございません。今から朝食をお配りいたします」
そう言うと、三日月さんはテキパキと動き出す。なぜ遅くなったのか、説明は一切ない。
「ねえ、荒木さんは? いつもは荒木さんと一緒に来るでしょ?」僕は思ったことをそのまま尋ねる。
「どこにいるのか分かりません。あの人がいなかったせいで、時間感覚が狂ってしまいました。いつも時間に正確な人でえすから」
僕の問いに三日月さんは仏頂面で答える。
「なあ、執事まで姿を消すなんてまずくないか? もう事件はごめんだぜ?」と暁。
「相棒の言うとおりだ。荒木さんを探すべきだ。もしかしたら、手遅れかもしれないが――」
草次さんがそう言ったときだった。薫さんが二人の会話に割り込む。
「ねえ、あの執事さんが姿を見せないのは被害者だからじゃなくて、犯人だからじゃないかしら。どちらかの事件、もしかしたら両方かもしれないけど。それなら筋は通るはずよ」
「でも、仮に執事さんが犯人だとして、姿を隠しても私たちがグループで行動していれば向こうは手出しできないはずよ。それか何か逃亡手段を用意していたかもしれないけれど」と冬美さん。
「冬美さん、それはないじゃろう。荒木殿が犯人だとしても、移動手段は限られておる。この島へ上陸するには船しかない。そして、船を安全に乗りつけられるのは、この島唯一の桟橋しかない。わしらが島に到着したとき、他に船はなかった。漁船が来るのも明日の夕刻じゃ。隠れたとしても警察が来ればすぐに捕まってしまう。わしは荒木殿が事件に巻き込まれたとみる方がしっくりくるがの」
「そうと決まれば荒木さんを探すしかないですね。でも、どうやって探しましょうか。やっぱりグループ行動ですよね?」僕は念の為確認する。
「諫早殿の言うとおりじゃ。グループ行動は絶対条件じゃ。問題はどう決めるかじゃが……」
「そんなことに時間を割いている暇はないだろ。おい、小僧、天馬、オレについて来い!」
秋吉さんが勝手にグループを決めだす。暁も天馬さんも不意を突かれて言葉が出ない。秋吉さんが天馬さんを指名したのは意外だった。秋吉さんは天馬さんを嫌っているからだ。
「薫はそこの小娘と若造と一緒だ」
「つまり由美子嬢と草次殿じゃな」
「残りは五人だ。二人行動は危ないから、そっちは五人で動け! 以上、解散だ!」
秋吉さんはそう言うと嵐のように去っていった。
「天馬さん、気をつけるのよ」
「うん」
「暁さん、天馬さんのことをお願いします。あの人、すぐに暴力で解決しようとするから」
「分かりました。腕っぷしは俺の方が上です。もしものときは、なんとかしますよ。手加減は出来ませんけど」暁は薫さんの願いに応じる。
「ふむ、グループが決まったのは良いが、肝心な探す場所の分担を決めずに行ってしまったわい。釣部殿は『秋の間』へ向かったようじゃから、わしらは別の場所にするとしよう。薫さんたちは『冬の間』をお願いできますかな?」
「ええ、お安い御用よ。でも、そちらのグループはどこを探すのかしら?」
「三日月さんが一番この館に詳しいはずじゃ。『秋の間』、『冬の間』以外を探すわい」
「分かったわ。お互い気をつけましょう。荒木さんを見つけたら、広間に集合よ」
こうして、僕らは荒木さんを探しに別れた。