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広間での推理

「さて、『夏の間』ですべきことは終わったかの。荒木殿、部屋の鍵を閉めてくれるかの?」



「もちろんでございます」

 荒木さんがガチャリと鍵を閉める。



「みんな気づいておるかもしれんが、『春の間』、『夏の間』と事件現場は季節順になっておる。もちろん、次の事件現場が『秋の間』とは限らんが。なんにせよ、注意するにこしたことはない。これ以上の悲劇は見たくないからの」



「おっしゃるとおりですわ」と薫さん。



「こうなった以上は誰が犯人でもおかしくないな。オレは自室にこもらせてもらう。小僧たちは出歩いているところをやられたしな」秋吉さんがトゲのある言葉を使う。



「釣部社長の言うとおりだ。俺も同じく部屋に戻るぞ」

 自室に戻るのだろう。秋吉さんと磯部さんは広間の方に去っていった。



「で、俺たちはどうするよ」暁が聞く。



「暁殿、歩き回るなどとは言うまいな?」

「もちろんさ。俺たちの考えが甘かったんだ……」暁はしょぼくれていた。



「さて、わしは冬美さんや荒木殿と一緒にいるわい。……冬美さん、そうにらむでない。あなたを信じておる。安心するのじゃ。仮にわしが犯人じゃった場合、二人きりでは冬美さんが危ないじゃろうて」



「そうね。じゃあ、決まりね」

  喜八郎さん、冬美さん、荒木さんに三日月さんは一緒になって行動するらしい。



「僕たちも五人で固まろう。それが一番だ」



「そうだな。場所は……広間にいるのが無難だな」


 僕たちは広間に着くと、椅子に腰かける。

「……」

 しばらく沈黙が続いた。それを破ったのは暁だった。



「俺が悪かった。軽率だった。自分が『春の間』で殺されかけていながら、季節の間に行こうと提案した俺に責任がある。もしかしたら、他の三人も死んでいたかもしれない」

「相棒、自分を責めすぎるな。確かに提案したのは相棒だ。でも、それは結果論だ」草次さんが優しく言う。



「そうだが……」



「二人が話している途中に割り込んで悪いんだけど、夏央はなんで冬の間の手前で引き返したんだろう? それに暁がついて行くって提案しても無視したし。一人じゃ危ないことは承知のうえでだよ?」僕は疑問を呈する。



「そこなのよ、腑に落ちないのは。なんで一人行動にこだわったのかしら」と由美子さん。



「そう言えば、天馬は自分の部屋にいたんだよな? 不審な人とか見なかったか?」草次さんが天馬さんに水を向ける。



「うーん、これといってはないかな。僕も部屋にこもっていたから、周りの様子は全然分からないんだ」



「そうだよな。火災報知器の音が聞こえた後は広間に来て、それから周平と偶然会って、俺のあとに『夏の間』に来た。これで間違いないよな?」暁が確認する。



「うん、暁君の言うとおりだよ」



「どこかに新たなヒントがあればいいんだけど……」と僕。



「おい周平。『春の間』と『夏の間』を連続で見たい。連続で見ることで、何か見つかるかもしれない」



「いいよ。ちょっと待ってね……。はい、写真の一覧」



 僕はスマホをテーブルに置いてみんなが見えるようにする。



「『春の間』は、『睡眠薬の入った瓶』と『辞書』だね」と天馬さん。



「やっぱり、辞書が目を引くわね。異様よ」



「由美子の言うとおりだ。こいつは俺たちへのメッセージとも挑発とも取れる。二件目の事件現場にもあったし。まるで『捕まえられるなら、捕まえてみろ』って感じだな」草次さんは苛立たしげだ。



「辞書が一つ目の共通点だね。それと第二の事件。こっちは『燃えた木の棒』、『ライター』、『紙切れ』、『コート』、『タロットカード』、『辞書』。こっちでも犯人は凶器を捨てて逃げている。これが二つ目の共通点。ほんと、質の悪い犯人だね」と僕。



「犯人は凶器からは足がつかないと高を括るってやがる。すぐにふんじばってやる!」

 暁が手を握る。拳がわなわなと震えている。夏央を殺されて僕と同じく激昂しているに違いない。



 この場では言えないが、由美子さんのタロット占いが気になる。「死」「塔」といずれも事件を暗示しているように思えてならない。特に「塔」については「塔で火災が起きる」という現実と一緒だ。仮に由美子さんが犯人なら、タロット占いを使って恐怖心を煽れるかもしれない。しかし、それなら、草次さんも共犯になる。第二の事件で火災報知器が鳴ったときは、由美子さんと一緒だったと証言している。



 でも、由美子さんは違う気がした。あくまでも直感だけど。なぜならタロット占いでみんなが悪いカードを引くたびにポジティブに解釈していたからだ。



 では、タロット占いの場にいた別の人物、すなわち犯人が利用したとしたら? あの場にいたのは僕に暁、夏央に天馬さん。草次さんに由美子さんだ。もし、その中に犯人が混ざっているとしたら?




「ねえ、タロットカードで思い出したんだけど。確か『周平は一番最後』って聞いたんだけど、天馬さんの未来はどんな結果だったの? 僕はその場にいなかったから、知らないんだけど」

 犯人なら、次に天馬さんを狙うかもしれない。そしてそのときは、やはりタロット占いの結果と類似させるに違いない。それとなく聞いたつもりだけど、うまくいくだろうか。



「確か『感情を開放する』だったよな? たぶん、親父の釣部から解放されて、感情を開放できるだろうって。なあ由美子?」



「確かにそう言ったわ。でも、周平さんが聞きたいのは『なんのカードだったか』よ。周平さん、違う?」

 図星だった。由美子さんにはバレバレだった。こうなったらストレートに聞くしかない。



「そうだよ。犯人はタロット占いの結果を利用して、僕たちの恐怖心を煽ってるんじゃないかと思って」



「やっぱりね。周平さんは嘘をつくのが下手ね。でも、そこは素敵なところでもあるわ。天馬さんの未来は『吊るされた男』のカードだったわ」由美子さんが答える。



「つ、吊るされた男?」

 あまりにも不吉すぎる。



「そう。でも、悪い意味ばかりのカードじゃないの。吊るされた男って言っても、別に自殺みたいに首を吊っているわけじゃないわ。足をロープで縛られて逆さづりにされてるの。実際カードを見せられれば、話が早いのに。ともかく『逆さづり』なの。ここがポイントよ。だから、『手放す』や『逆転』とかの意味があるの。どう、満足かしら」



「ありがとう」



「でも、周平さんの考えどおり、犯人が占いを利用しようとしているなら、この中にいることになるけれど……」由美子さんは不安げに僕らを見わたす。



「あ、あの、僕、お母さんに結果を言ったんだけど……」天馬さんが言う。



「天馬が母親に言ったんだ、どこの誰が知っていてもおかしくないな」



「相棒の言うとおりだ。それに俺はここに犯人がいるとは信じたくない」暁の願望がこぼれでた。



 しばらくすると、夕食の時間になった。やはり、広間に来ない人もいる。秋吉さんと磯部さんだ。夕食はとても気まずい空気が漂っていた。



 夕食を食べ終わったときだった。薫さんが窓辺へ向かう。窓を開けるとタバコを吸いだした。意外だった。



「待てよ、そうだ、タバコ! 喫煙者ならライターを持っていてもおかしくない! どうだ?」暁があたりを見渡す。



「でも、私はマッチ派よ」薫さんが手に持ったマッチ棒を見せる。



「お母さんはいつもマッチなんだ。ライターは使わないよ」天馬さんがフォローする。



「だが、一つの可能性としてはありだろ? 他に喫煙者はいないのか?」暁がみんなの反応を待つ。



「暁殿、喫煙者を犯人と断定するのは早計じゃ。計画的な犯人のことじゃ。喫煙者じゃなくても、事前にライターを持ってきておっても不思議ではなかろう」



 暁はがっくりしたようだった。無理もない。友人の仇を絞り込めそうだったのだ。



「今夜は自室から出てはならん。また明朝会おうぞ」

 喜八郎さんの言葉を合図に、みんなぞろぞろと広間を去っていった。



 僕はすぐには寝つけなかった。今日は色々なことが起こりすぎて疲労が酷かったが、それよりもショックの方が上回った。「春の間」での暁の殺人未遂に、「夏の間」での夏央の焼死。なぜ、僕の友人ばかりが被害者になるのか。



 もちろん、犯人が意図的に僕の友人ばかりを狙っているわけではないだろう。おそらく、何らかの理由か意図があるに違いない。もし、犯人が分かれば警察に引き渡して、その罪に相応しい罰を受けさせてやる。



 ふと、ナイトテーブルに置いた『初心者のタロット占い』を手にとる。暁の未来は「死」のカード、夏央の未来は「塔」のカード、そして僕の未来は「悪魔」。はたして、僕の未来は当たるのだろうか。何かによって絶望するのだろうか。それとも、僕自身が「悪魔」のカードになぞらえられて殺されるのだろうか。そのどっちもごめんだ――

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