「秋の間」は相変わらず幻想的だった。
「やっぱり、ここの絵は素敵だわ。誰かさんは『血の色みたい』なんて表現していたけれど」由美子さんが草次さんの方を見ながら言う。
「じゃあ、他にいい表現があるか?」
「そうね……夕焼けみたいな朱色なんてどうかしら」と由美子さん。
「なるほど、いいな。相棒の例えは物騒だったしな」暁がうなずく。
「冬美さんに『もっと詩的な表現をしろ』なんて言ってた暁が何言っているんだか」
僕はあきれた。
「でもよ、草次の表現も嫌いじゃないぜ。ストレートで素人にも分かりやすい」夏央がとんでもないことを言い出す。
読書が趣味の僕からすれば、「血の色みたい」はいただけない。由美子さんの表現の方がしっくりときた。彼女には文才があるに違いない。
「秋の間」をじっくり堪能すると、「冬の間」へ向かう。その途中だった。夏央がポケットをまざぐりだす。
「げ、忘れ物した。先行ってろ!」言い終わると同時に夏央は駆け出した。
「おい、一人は危ないぞ。俺がついて行く」暁が後を追おうとする。
「心配するなって。すぐに追いつくから」
「そこまで言うなら……でも、気をつけろよ」暁は引き下がる。
「冬の間」に着くと富士山の絶景が再び僕たちを迎えた。
「それにしても、こんな状況下で一人行動するなんて、よっぽど大事なものを忘れたのかなぁ」僕は疑問に思った。
「スマホでも忘れたんじゃないか? 夏央の奴、スマホ依存症だからな」と暁。
「でもよ相棒、スマホを探しにいくのなら、俺たちがついて行っても問題なさそうだぜ。それに多かれ少なかれ俺たちはスマホに依存しているんだ。有名人なんかSNSでエゴサしている人もいるくらいだ」草次さんが続ける。
「特に今どきの若い人なんかは顕著だな」
「ちょっと、私たちがもう若くないみたいな言い方じゃない。なんか年寄りくさい発言ね」由美子さんが口をとがらす。
「悪かったな。でも、事実だろ」
険悪な雰囲気になり始めた。このままでは二人が喧嘩しそうだ。
「まあまあ、落ち着いてよ。ほら、目の前の富士山の絵を見れば、そんな小さなこと忘れるよ」
僕は慌てて話を逸らした。
「冬の間」を出たときだった。今度は暁だった。
「わりぃ、トイレ行ってくるわ。先に広間に行ってくれ。すぐに戻る」
止める間もなく暁が走り出した。
「今度は暁か……。一人行動が危ないってこと、忘れるはずないのに。なんで僕の友人はこうも自由人が多いのかな……」
「まあ、相棒のことだ、大丈夫だろ。『春の間』の一件もあって、人一倍警戒するだろうし」
草次さんは暁に全幅の信頼を寄せているらしい。楽観的な答えが返ってきた。何も起こらなければいいのだけれど。
先に帰ってきたのは暁だった。
「待たせたな」
「まったくだよ」僕はホッと胸をなでおろす。
「それにしても、夏央遅くないかなぁ?」
夏央の方が先に離脱したはずだ。僕は少しづつ不安になってくる。
「どこに落としたのか分からなくて手間取ってるのかもな。それか、俺らを見失ったか」
暁も同じことを思ったみたいだ。
「ねえ、探しに行かない?」
「そうだな。でも、入れ違いになったらどうする?」と暁。
「安心しろ。俺と由美子は広間に残る。二人で探しに行ってくれ。これならどちらも一人にならないし、行き違いにもならない」
「でも、今度は僕たちと夏央が行き違いにならない? 戻る時間を決めようよ。それでどうかな」僕は提案する。
「一理あるな。周平、探すのは十五分くらいにするか?」
僕はうなずく。
「相棒もそれでいいか?」と暁。
「まあ、そこが妥協点だな」
「じゃ、またあとで」
僕たちは草次さんたちに手を振りながら、別れを告げる。
「気をつけてね」由美子さんが手を振り返しながら言った。