「さて、手荷物検査の結果はどうじゃったかの?」
女性陣を代表して冬美さんが答える。
「収穫なしよ。そもそも女性が物騒なものを旅行に持ち込むわけないわ」
「それもそうじゃな。こちらも、これといった収穫はなしじゃ。当たり前じゃが、わしは剃刀を持ってきておる。他の男性陣は電動式シェーバーじゃ。わしの剃刀は必要なとき以外はどこかに鍵でもつけて閉まっておくのが無難じゃろう。さて、どこにしまうとするかのう」
「大島様、キッチンに包丁等の刃物がございます。それらと一緒にしまうのは、いかがでしょうか」荒木さんが即座に反応する。
「荒木殿、助かるわい。そうなると誰が鍵の番をするかが問題じゃが……」
「私と荒木さんでどうですか。ツーロックになっています。それぞれが鍵を持てば、そう簡単には開けられません」三日月さんが提案する。相変わらずムスっとしている。
「確かに包丁を使うのは三日月さんだけじゃ。それが妥当じゃろう」
「さて、これで打てる手は打ったわけだ。後は事件が起きないことを祈るぜ」と夏央。
「夏央待てよ、それは早計だぜ。ここにいない人が危険物を持っている可能性も考慮すべきだ」暁の指摘は的を得ていた。
「そこまで考えていなかった」夏央はピシャリと額を叩く。
「まあ、諦めるしかないんじゃないかな。部屋にこもった人たちの分は。特に秋吉さんは、そんな話題を出したらカンカンに怒るんじゃないかな」僕は諦観していた。
「わしもそう思う。これ以上刺激して、逆上されてはかなわん」
僕たちは出来るだけのことをすると、昼食をとり始めた。「春の間」の事件後ということもあり、あまりおいしく感じなかった。
「夕食は十九時でございます。皆さんはご自由にお過ごしください。もちろん『春の間』は鍵がかかっておりますので、ご承知おきください。これにて失礼いたします」荒木さんは一礼すると広間を去った。
「さて、どうする? やっぱり固まって行動するのが無難だよな?」
「相棒の言うとおりだな。でも、ずっと同じ場所じゃあ気分が滅入るから、館の中でもぶらつこうぜ」暁が提案する。
「周平、まさか書庫に行くとか言い出さないよな?」暁が念を押してくる。
「さすがにそれはしないよ。一人じゃ危なすぎるし。それでどこに行くの?」
「残りの間でも見てまわろうぜ。俺は『夏の間』がお気に入りだしよ」と暁。
「そういえば、あの部屋の油絵を気に入ってたよな。サーフィンが好きなんだろ? 俺は賛成だな」
「私も賛成だわ。もう一度『秋の間』の紅葉が見たいわ」由美子さんも同意する。
こうして、暁と夏央、草次さんに由美子さんと一緒に季節の間を見てまわることになった。
「夏の間」に着くと見事な油絵が視界に入る。緻密に書き上げられたさざ波は今にも動き出しそうだ。
「しかし、何度見ても飽きないぜ」
中央にある椅子に腰かけながら、暁が言う。
「この絵を見ていると、相棒を見習ってサーフィンを始めたくなったぞ」
テーブルを挟んで向かいに座っている草次さんが言った。
「それはサーフィン仲間が増えて嬉しいな」
「まあ、無事にこの島を出られたらの話だが……」草次さんは悪い方に進むのではないかと懸念しているらしい。
「しけたこと言うなよ。事件が続くとは限らないぜ。俺以外に被害者は出て欲しくない」
「海の絵を前にして『しけたこと言うなよ』ね。海の悪天候の『時化』とかけているのか?」と草次さん。
「まさか! 俺はそんなつまらないジョークは言わないぞ」暁が即座に否定する。
「本当か? それとも場を明るくするためにわざと言ったのか?」と夏央。
「夏央、そういうことにしておいてくれ。これ以上、触れないでくれ……」
暁は珍しく恥ずかし気な表情をしてうつむく。なんにせよ、みんなが事件を忘れつつあるのはいい傾向だ。
「おい、夏央。今落とし物したぞ」暁は何かを拾いつつ言う。
「うん?」
夏央は怪訝な表情を浮かべながら受け取る。しかし、それは一瞬だった。
「ああ、暁助かったよ。大事なものを無くすところだった」ポケットにつっこみつつ言う。
「盛り上がっているところ悪いけれど、そろそろ『秋の間』へ行かない? もう一度あそこの鮮やかな紅葉を見たいわ」と由美子さん。
「由美子の言うとおりだな。さあ、次行こうぜ、次」