「そう言えば、偶然にも由美子さんの占いどおりになりそうだったな。俺の未来は『死』のカードだった」暁は自嘲する。
「偶然だよ、偶然。でも、こういうこともあるんだね。占いを信じる人の気持ちが分かった気がする」
僕は超常現象や宇宙人の類は信じていないが、今回ばかりは少し不気味だった。
「本当に偶然か? 由美子さんが俺の占いをしたときに、何かしらのトリックを使って、未来の箇所に『死』のカードを持ってきた可能性だってある。ほら、トランプを使ったマジックであるだろ。一番上のカードをうまい具合に自分の思い通りに操作して、あたかも超能力に見せかけるやつ。あれの応用を使えば可能じゃないか?」
「でもよ、それを使ったとして、由美子さんにメリットはあるのか? まさか自分で犯行を予告していたとでも言いたいのか? それじゃあ、『塔』のカードは何を意味しているんだ?」夏央が暁に異を唱える。
「夏央、必ずしも全員のカードでそのトリックを使う必要はない。俺が標的であれば、俺のときだけトリックを使えばいい」
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ。冷静にいこうよ冷静に。僕の考えでは『死』のカードの件は偶然だと思うよ。だって由美子さんの犯行なら、わざわざ必死に助けるわけないから」僕はとりなす。
「まあ、そう言われればそうか。ただ、相棒がいたから助けざるを得なかったという可能性もある。看護師であることを知っているからな。まあ、可能性としてはないに等しいが」と暁。
「なんにせよ、警察が来ればあっという間に解決するよ。もうそろそろ昼食の時間だし、広間に行こう。みんなで考えれば、いい案も思いつくかもしれないし」
僕は空元気を出して言った。
広間に行くと人はまばらだった。
磯部さんに秋吉さん、天馬さんに薫さんの姿がない。
「みんな、『次は自分の番かもしれない』って思っているみたい。まあ、当然の結果だわ」
僕の考えを察したのか冬美さんがため息まじりに言う。
「昼食は自分の部屋で食べるらしいわ。荒木さんと三日月さんがわざわざ個室まで運んだのよ。釣部さんなんかは『毒が混じっているかもしれない』と言って、天馬さんに毒見させたらしいわ。そうよね、荒木さん」
「さようでございます。さすがに私も止めようとしたのですが……」
「それって、私を疑っているのかしら。失礼な人だわ」メイドの三日月さんがムスッとした顔で言う。
「ところで相棒、具合はどうだ」
「ぼちぼちってところだな。さすがにまだ全快とは言えないが」と暁。
「まあ、後遺症もなさそうで安心したぜ。なっ、由美子」
「そうね……でも、しばらくは要観察よ。すぐに後遺症が現れるとは限らないわ。それにしても犯人が睡眠薬を現場に置いていったのは助かるわ。次に誰かが襲われたら、助けられる保証はないもの」
「そこなんだよなぁ、腑に落ちないのは。だって、自らの首を絞めるようなもんだぜ。警察が調べたら、犯人が誰かはすぐに分かるぜ。それとも、犯人はよっぽどの間抜けなのかもしれないな」草次さんはそう言うと、あたりを見渡す。
すぐに草次さんの意図が分かった。ここにいるかもしれない犯人を挑発しようとしているのだ。しかし、誰もそれらしい反応をしない。無実なのか、それとも個室にこもっている人が犯人なのか。あるいはかなりの演技者なのか。いずれにせよ、草次さんの作戦は失敗に終わった。しばらくの間、沈黙が続いた。
「しかし、状況は悪い方向へ向かっておる。事件のせいで我々はものの見事に分断されてしまった。これ以上の事件は防ぎたいのじゃが、誰か妙案はあるかの?」
「でも、これ以上犯行が続くとは限らないわ」冬美さんは疑問を呈する。
「確かにそうじゃ。じゃが、用心し過ぎても損はあるまいて。『石橋を叩いて渡る』じゃよ、冬美さん」
「石橋を叩きすぎて壊さなければいいけれどな」暁がつぶやいた。
しばらく、みんなが頭をひねっていた。僕には良案が思いつかない。
「なあ、手荷物検査をしたらどうだ? ほら、ミステリーでよくあるじゃんか」
「それよ、それ! 草次、たまには良いこと言うじゃない」
「まるで、いつもはぼんくらみたいな言い方だな」草次さんは不満げだ。
「普段、頭が冴えている方じゃないのは確かよ」
二人のやりとりは、緊張していた場を和ますには十分だった。
「確かに妙案じゃ。古典的手法ではあるが、案外役に立つかもしれん。草次殿の言うとおりじゃ。もし、みなが賛成なら実行したいのじゃが、どうかの?」
「おおむね賛成よ。でも、男は男同士、女は女同士でするのが条件よ。それくらい当然よね?」冬美さんが確認する。
「冬美さん、心配には及ばん。わしもそうすべきじゃと思う。異性に見られたくないものもあるからの」
「じゃあ、それで決まりだな。俺って天才だぜ!」
「さすが相棒だぜ」暁は草次さんの背中を叩きながら褒める。
「『善は急げ』じゃ。早速とりかかるかの」