「それにしても、不幸中の幸いだったね。由美子さん曰く死んでもおかしくなかったらしいから」
暁が歩けるほどに回復すると、僕たちは救護室へ向かった。僕と夏央が肩を貸す。救護室に着くと部屋をながめる。荒木さんが言っていたとおり、必要最低限のものしかなさそうだ。あくまで一時的な処置にしか使えそうにない。きっと急患はヘリコプターで病院に搬送されるに違いない。
「くそ、俺が犯人の顔さえみていれば、こんな状況にはならなかったのに……」
暁は歯噛みする。確かに犯人を見ていれば、このような状況にはならなかっただろう。でも、暁を責めてもどうにもならない。
「春の間」での一件以降、みんな誰が犯人か分からない状況に戦々恐々としていた。疑心暗鬼になるのも無理はない。隣にいる人物が犯人かもしれないのだから。
「でもよ、ひとまず暁が無事でよかったぜ」夏央が暁の背中を叩きつつ言う。
「由美子さんには、あとからお礼を言うよ。彼女がいなかったら、俺は死んでいたかもしれないからな……。ただ、なにせこの状況だ。彼女が俺と会ってくれる保証はないが」暁は自信なさげに言う。
「暁、それは心配しすぎだよ。だって、暁は被害者だよ? 犯人なわけないから、由美子さんも快く会ってくれるよ。それに由美子さんは暁の体調を気にしているだろうし」
僕は慰めつつ思った。きっと由美子さんと一緒にいる草次さんも、回復した暁の姿を見ればホッとするだろう。なにせお互いに相棒と呼び合う仲だ。
犯人について、ある考えが脳裏をよぎる。第一発見者は天馬さんだ。よく「第一発見者を真っ先に犯人と疑え」と聞く。それも一理ある。自分が第一発見者を演じれば、発見時間を自由に操作できる。
しかし、あの天馬さんにそんなことが出来るだろうか? 彼は僕と同じで嘘をつけないタイプだと思う。もし、あれが演技であれば、アカデミー賞ものだ。それほど真に迫っていた。
違う疑問が頭をもたげる。では、草次さんはどうだろうか? 第一発見者は天馬さんだが、もし他の人物が犯人だとすれば次に疑うべきは草次さんのように思える。なぜか。僕より前に「春の間」に着いていたのは草次さんだ。悲鳴があがってからすぐに「春の間」についたということは、彼はすぐ近くをぶらついていたことになる。
もちろん、偶然という可能性の方が高い。しかし、犯人だとすれば誰かが暁を発見した後にすぐ駆けつけることで、犯人ではないというアピールにもつながる。それに何か証拠を残してしまっていた場合に都合がいい。なにせ、さりげなく証拠隠滅が可能だ。しかし、彼が犯人だとすると、動機が見当たらない。暁と草次さんは馬が合っている。会ってすぐに意気投合し、相棒と呼び合う仲だ。
もしかしたら、僕の知らないところで衝突していた可能性もある。そんなことはないと信じたいが。
動機から考えると、磯部さんが候補に挙がる。二人は島に到着して早々、和洋折衷建築の話で喧嘩をしている。そんな些細なことでこんな事件を起こすとは考えにくいが。
もう一人可能性がある人物がいる。それは秋吉さんだ。彼と暁は朝食の場でかなり派手に言い争いをしている。暁は釣部さんに対してかなり挑発的な物言いだった。しかし、いくらプライドの高い秋吉さんといえど、あの時の復讐としてこんな事件を起こすだろうか。
では、凶器の面からアプローチしてはどうだろうか。睡眠薬なんてものは、すぐに用意できる代物ではない。つまり、犯人は計画的に殺すつもりだった可能性も高い。
そして一番の疑問は、なぜ犯人が凶器を現場に放置したかだ。もし仮に――そうならないことを祈るが――次の犯行を実行するのなら、凶器を手放すのは不自然だ。他の手段があるのだろうか。ただ、確実なのは瓶に指紋がついていないということだ。帰りの漁船が到着すれば、警察もすぐにやって来る。当然、指紋検査をするはずだ。犯人は手袋をしていたに違いない。
由美子さんも犯人候補にあがる。彼女は看護師だ。仕事柄、睡眠薬を入手しやすい。しかし、彼女が犯人であるとは考えにくい。もし犯人なら、暁を助けるのにあそこまで必死になるだろうか。
僕はすべての人に疑いを持ち始めた。これでは他の人と同じだ。頭を振りかぶる。僕たちは一致団結して犯人を捜さなければならない。疑心暗鬼していては犯人の思う壺だ。
「それにしてもよ、不意をついたとは言え暁をねじ伏せたんだ。力のある男の可能性が高いぜ」
夏央は違う角度から犯人像を考えているようだ。夏央の考えも一理ある。
「その場合、疑わしいのは草次さんや執事の荒木さん、釣部さんに磯部さんといったところだな」
「相棒は絶対に違う。……いや、そう信じたい」
暁は弱々しく言う。最後の言葉は願望だった。