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再び書庫へ

 翌朝の朝食は意図的に配置が決められた。昨日の夕食で隣になった人とまた隣では面白くないという理由だった。



 僕にとっては違う意味で面白くなかった。僕の隣が磯部さんと秋吉さんになったのだ。最悪の組み合わせだ。この二人にはあまりいい印象を持っていない。



 磯部さんと秋吉さんはすっかり意気投合していた。間に挟まれた僕は食べることに集中しようとした。しかし、二人の会話を聞き流そうとしても、どうしても耳に入ってくる。磯部さんは「長い物には巻かれろ」らしく、秋吉さんにひたすら媚びを売っていた。



「それで社長、今は夏で観光シーズンですから、さぞかし懐があったかいんでしょうねぇ」



「そうなんだ。夏は書き入れ時だからな。観光会社と鉄道会社を営む釣部グループによってはうれしい悲鳴だよ。いつもより値段をあげても、家族連れは気にしないしな」秋吉さんはワッハッハと豪快に笑う。



 その言葉を聞いて僕は少し腹が立った。僕たちがひいひい言ってバイトで稼いだのが無駄になったのは、釣部グループの値上げによるところが大きかったからだ。まあ、商売だからしかたがないし、結果僕たちはこうして離島でバカンスを楽しんでいる。



「それにオレは釣部グループの社長だ。別荘や小さな離島なんかいくつも持っているんだ。今度どこかの別荘をお前に貸してやってもいい」



 上から目線で秋吉さんが言う。口ではなんとでも言えるが、本当に貸すかは怪しい。

「ありがとうございます。さすが我々一般庶民とは住む世界が違う」磯部さんがごまをする。



「当たり前だ。オレを誰だと思っている」と秋吉さん。



「そういえば、最近の釣部グループって落ち目だよなぁ。ライバル会社が勢いを増してるし」秋吉さんの向かいに座っている暁がわざとらしく言う。



「小僧、なんて口の利き方だ。世界の釣部グループだぞ」秋吉さんがすぐさま反応する。



 『世界の』は誇張しすぎだと思うし、ライバル会社が次々と同業他社を合併して台頭しているのは事実だ。今や釣部グループと双璧をなしている。それにしても、暁の喧嘩早い性格はどうにかならないのか。



「あなた、そこまでよ。天狗になりやすいのが、あなたの欠点よ。それにその子のいうとおりじゃない。うちのグループは苦境に立たされているのよ」暁の隣に座る薫さんが静かに指摘する。



「事業には浮き沈みがあるからな、そういうときもある。だがな、オレには秘策がある。小僧、今にみていろ。ぎゃふんと言わせてやる」



「どうせ秘策っていってもくだらない考えだろうよ」暁が挑発する。



「なら、お前にだけ先に秘策の内容を教えてやる。特別にな。それも秘策は一つじゃない、三本柱だ。まずは、インバウンド需要を利用して、外国人にウケる日本風のホテルを増やす。それも日本らしさが感じられる観光スポットの近くにだ。次に今流行りのキャンプに乗っかって、我がグループが所有する広大な土地をキャンプ用地に転用する」



「ふーん、ありきたりだな」



「小僧、最後まで人の話を聞け。最後はこうだ。今までホテル業は富裕層をメインターゲットにしていたが、お前ら庶民でも利用できるように格安ホテルを作るんだ。ありがたく思え」



 秋吉さんがふんぞりかえる。格安ホテルは助かるけれど、言い方はなんとかして欲しい。それに、今回みたいに連休中は値上げするに決まっている。



「へー、それが秘策の三本柱ってやつか。でもそれって、なりふり構ってられないってことだろ? しかも、インバウンド需要やキャンプなんていつ流行りが終わっても不思議じゃあない。建設を進めている間に流行が終わっていたら、大赤字間違いなしだ。『虻蜂取らず』になるな。おとなしく今の事業に専念した方が身のためだぜ。社長がこんなんじゃあ、社員はさぞかし苦労するだろうな」



 暁は秋吉さんの痛いところを突いたらしい。秋吉さんはカンカンで、すっかり頭に血がのぼっている。拳を握り、今にも暁を殴りそうだ。ますます喧嘩がヒートアップしそうなときだった。



「みなさま、朝食はお楽しみいただけましたでしょうか」

 荒木さんがやって来た。ナイスタイミングだ。僕はホッと胸をなでおろす。



「小僧、今にみてろ。前言撤回させてやる」秋吉さんが捨て台詞を吐く。



 磯部さんと秋吉さんの会話には辟易としていたので、朝食が終わった時は二人の会話から解放されてホッとした。脱兎のごとく席を離れた。



 朝食後は昨日の若者ものグループの談笑に喜八郎さんと冬美さんが加わっていた。



「なあ、爺さん。法学部出身なんだろ? 卒論の題材は何にしたんだ?」



「確かに気になるな」

 暁と夏央が喜八郎さんを質問攻めにする。



「この歳になると、忘れっぽくなってな。さすがに題材は覚えておらん」喜八郎さんは続ける。



「しかし、自分の力で考えることが大切じゃ。わしがアドバイスできるのは、それくだいじゃ。『考える力』を養うことは、後々の人生に活きてくるからの」



「ちぇ、自分で考えろときたか。使えないな」



「暁、それは言い過ぎだよ」僕は暁をいさめる。



 実際問題、喜八郎さんのアドバイスは適切だと思った。「考える力」、それは社会人になっても大事な資質の一つだ。社会人に限らず、人間として大事なものだ。「考える力」があれば、ネットの情報など周りの意見を俯瞰して考えて、流されなくなる。空気を読み過ぎる僕には金言だった。



「僕はそろそろ、抜けるよ。書庫に行きたいから」



「そう言うと思ったぜ。よっ、本の虫!」暁が茶化す。



「でも、自宅にもかなりの本を持っているんだよね? やっぱり、ここの書庫はすごいの?」天馬さんが尋ねる。



「すごいなんてものじゃないよ。そこらへんの図書館以上の所蔵量だよ。それに……」

 僕は天馬さんの質問に答えていたが、途中でやめた。自分の想いを熱弁し過ぎて、恥ずかしくなった。



「ともかく、書庫へ行ってくるよ」




書庫へ着くと、目当てのタロットの本を探す。昨日のタロット占いを受けて、興味が湧いたのだ。確か二階に「趣味」の棚があった。きっとそこにあるに違いない。螺旋階段をのぼると、早速目当ての棚へ向かった。さて、どこにあるかな。



 かなりの本があるので、探すのに苦労した。十分ほど経って諦めかかた時だった。やっと見つけた。『初心者のタロット占い』、これだ。



 椅子に腰かけると、僕はむさぼるように読んだ。本を読む手が止まらない。とても興味深い内容だった。昨日、由美子さんのやっていた方法以外にも、色々な手法があるらしい。あまりに面白かったので、時間があっという間に過ぎていた。もっと深く知りたい、そう思ったので本腰を入れるために自室に持ち帰ることにした。あとでゆっくり読めばいい。



 階段をおりる途中、壁面の棚を見たときだった。大量にあった辞書の中から一冊が消えて、空白ができていた。昨日まではあったはずだ。僕以外にも読書好きがいるのだろうか? それは考えにくい。辞書は読書するためのものではない。それに今はネットの時代だ。辞書がなくても、スマホを使えばすぐに答えがでる。不思議に思いながらも、僕は書庫をあとにした。



 自室に戻ると、本をナイトテーブルに置く。続きは寝る前に読もう。まだ日にちもある。そう思ったときだった。



「うわあぁぁあ」

 悲鳴が静寂を切り裂いた。

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