「オレは二階にいくぞ。いい部屋を先にとられたくはないんでね。薫、ついてこい」秋吉さんは荷物を持つと勢いよく階段をのぼり始める。
「ええ、分かったわ……天馬さんはご自由にお過ごしください。あの人が近くにいると、楽しめないでしょ?」薫さんはボソッと付け加えた。
なるほど、薫さんは前妻の子・天馬さんの気持ちも分かっているらしい。素敵な親子関係だと思った。
「わしは春夏秋冬の間をもう一度堪能してくるわい。お二人はいかがされるかの?」喜八郎さんが連れの二人に問う。
「俺は散策がてら外観をゆっくり見てくる。さっきはすぐに入ったからな」と言いながら、磯部さんは玄関の方に向かう。
「私はお部屋へ行きますわ。夕食まで、ゆっくり過ごしたいのよ」
どうやら喜八郎さんたちは別行動らしい。
「それで俺たちはどうするよ、相棒」と草次さん。
「まあ、特に行きたいところもないしな……。そうだ、年齢が近い者同士、夏央と由美子さんと一緒にワイワイするのも悪くないな。天馬もどうだ?」暁は続ける。
「誰かさんは……例の書庫に行くんだろ? 本の虫さん」暁がからかう。
僕はうなずいた。読者好きとして書庫と聞いて、行かずにはいられない。
「やっぱりな!」と暁。
「『また、小さいながらも書庫もございます』ねぇ……」
僕は書庫の中でひとりごちる。これのどこが「小さい書庫」なのだろうか。期待を大きく上回っている。書庫は二階建てになっており、中央に螺旋階段があった。これだけ広ければ何千冊あるか分からない。もしくは何万冊か?
バカンスでなければ、僕はここで一生を過ごしてもいい、そう思えるほどシックで落ち着ている。階段から離れたところには、小説家の書斎にあってもおかしくないほどのアンティークな机が置いてある。いつかは小説家になりたい身としては、羨ましい限りだ。
まずは二階から本を見てまわろう。螺旋階段を上る途中の壁面にも本が所狭しと並んでいる。どうやら、持ち主は相当欲張りでスペースを有効活用したいらしい。
階段をのぼきると、そこにも本の世界が広がっていた。本の海という表現もできそうだ。持ち主は相当几帳面な性格なのだろう。ジャンルごとに整然と並んでいる。純文学にミステリー、SFにファンタジー。僕は中でも純文学が好きだ。さて、ここの持ち主の趣味はどんなんだろうか。
純文学の棚に着くと、辺りを見渡す。三島由紀夫の『金閣寺』に、遠藤周作の『海と毒薬』。もちろん、有名どころは抑えてある。海外作家の小説は右隣の本棚に区分けされている。かなり徹底的だ。
では、左隣の本棚は? こちらはエッセイの棚だった。僕は気づいた。遠藤周作の『海と毒薬』の横に、彼のエッセイ集が並んでいる! つまり、持ち主はジャンル分けしつつも、可能な限り関連性のある本を隣に置いているのだ。ここまでの徹底ぶりには感心を通り越して、一種の執念を感じる。
しばらく読書に没頭していたが、やめにした。ここには読書をしに来たのではなく、バカンスを楽しみに来たのだ。名残惜しいが、今日はここまでにしよう。幸いにもまだ数日ある。
階段をくだっている途中、ふと気が付いた。階段の壁面にも本が並べられているのだが、辞典がやけに多い。それも単なる辞典ではなく、ことわざ辞典が群を抜いている。僕は思った。きっと、持ち主も僕と同じく作家志望に違いない。そうであれば、納得がいく。今はネットですぐに調べられることを考えると、持ち主は年配に違いない。
広間に出るとテーブルのうえで、暁たちが何やら盛り上がっている。僕はその輪に加わるべく、歩き出した。