「秋の間」。僕は先入観を持たずに見よう、そう思った。「夏の間」は「春の間」と違って油絵だった。今度も何かあっと驚くような趣向が凝らされているに違いない。
「さあ、どうぞ『秋の間』へ」荒木さんが扉をあける。
「先頭を歩くにふさわしいのは、やはりオレだな。一般人は後からついて来るがいい」
そう言うと釣部さんが先陣をきる。なんでも一番じゃないと気が済まないに違いない。
「おっしゃるとおりです、社長」磯部さんが媚びへつらう。
「なるほどな」最初に部屋に入った釣部さんがポツリと言う。
僕は釣部さんに続いて部屋に入る。そこには意外な光景が広がっていた。燃えるような紅葉。壁一面が真っ赤に染まっている。またしても、別の意味で予想を裏切られた。「秋の間」はド直球だった。
「しかし、鮮やかな景色だな。赤というよりは朱色という表現の方が正しそうだな」釣部さんがつぶやく。
「どれどれ。ふーん、ありきたりじゃん。つまんないの」夏央の第一声だった。
「まあ、そうなるよな。まるで血みたいに真っ赤だな」夏目さんが続く。
「ちょっと草次、そういう表現はよくないわ」白羽さんがたしなめる。
「確かにその表現はいただけないわ。もっと詩的に表現してくださらない?」
「じゃあ、『詩的な表現』とやらをしてくれよ、おばあさん」と暁。
「おばあさん?」
冬美さんはカチンときたようだ。彼女はとても六十代に見えないほどの美貌の持ち主だ。怒るのも無理はない。
「いいぞ、いいぞ。もっとやれ!」草次さんがけしかける。
「そこでにしていただけますでしょうか? 皆様に楽しんでいただくのが、今回の目的なのですから」
「そうじゃ、荒木殿の言うとおりじゃ」
喜八郎さんがコツコツと杖で床を叩きながら言う。一瞬にして二人は言い争いをやめた。喜八郎さんの言葉には有無を言わせない凄みがあった。
「……俺が悪かった」暁が頭を下げる。
暁が素直に謝ることは珍しい。喜八郎さんの言葉には暁を謝らせるだけの力があった。僕はホッと胸をなでおろした。
秋の間は他の部屋と共通で、中央に机と椅子が据えれれていた。そして、天井の梁はむき出しだった。
僕たちは「秋の間」から「冬の間」に向かう。
「それにしても意外だったな」と僕。
「なにがだ?」
「暁が謝ったことだよ。普段、そんなことしないじゃん。暁らしくないなって」
「まあ、俺だって空気は読めるんだぜ。誰かさんほどじゃないけど」暁はいたずらっぽく、こちらを見る。
「それにな、あのまま言い争っていたら、相棒が俺に加勢するだろう。由美子さんはあの婆さんに加勢するに違いない。すると、どうなる? 俺、相棒対婆さん、由美子さんだ。これじゃあ、相棒と由美子さんの仲が悪くなっちまう。それを避けたかったのさ」
暁はそこまで深く考えていたのか。珍しく先のことまで考えている。普段からそうだといいのだけれど。
「まあ、なんにせよ、良かったよ。バカンスはみんなで楽しまなきゃ」と僕。
「俺は全員と仲良くできる気はしないな。特にあの社長と知識をひけらかす爺さん。あれは無理だ」
「僕も暁に同意するよ。あの二人は好きじゃない。あの二人同士は馬が合いそうだけど。あ、もうすぐ『冬の間』だ。どんな工夫があるのかな。楽しみだね」